ステータス
「モンスター共の、そして邪神の力は、あまりにも強大でした。もちろん、我らとて負けてはいません。両者の力は拮抗していたのです。だけど、飛び交う悪しき術や、危険な呪いの数々に、人間もモンスターも次第に疲弊し、パワーを失っていったのです……」
綺麗な、だけど悲しげな聖女様の声。
俺たちはすっかり彼女の話に聞き入っていた。
「やがて人間とモンスターとの戦争は勢いを落とし、事実上の休戦状態となりました。減りはしないけれど、増えもしないナワバリ……そんなふうな日々が、我らに訪れ、また続いていました」
そして――聖女様は、飛び切りに憎々しげな顔で言った。
「そう。続いて、“いた”のです」
そうだ……。
俺はがくっと項垂れた。
大臣連中もしょげ返ってしまっている。
「数年前からです――人間の領土に、モンスターの姿が再び表れ始めたのは」
そこから、人間界の――王都の現状に、繋がっていくんだ……。
「ヤツらは時に暴れ、時に懐へ潜り込み、少しずつ、少しずつ、その勢力を拡大させていきました」
――モンスター共の増加のペースは、非常に緩やかなものだった。
それ故に、人間国の対応は一手も二手も遅れてしまった。
ロクに動くこともできない俺たちを嘲笑うかのように、ヤツらはぶくぶくとその身を肥え太らせていき、そして――
「気付けば、我ら人間界は、モンスター共の跋扈する魔界と成り果ててしまっていたのです! 道を歩けば変な獣、店に入ればオバケ、空を見上げりゃ謎の怪鳥……連中の侵入を許していないのは、ここ王都と少数の強国くらいのモンですよっ!」
心底悔しそうに、腹立たしげに喚く聖女様。
そのお怒りももっともだ!
同意を示すべく、俺は強く頷いた。
ヤツらはほんとにクソったれだぜ……。
まず第一に、モンスターはビックリするくらいに自分勝手だ。
平気で畑の野菜とか持ってくし、勝手に人の家に上がってきて、食べものとかを盗んでいくらしいし。
それなのに、あいつら、ちっとも悪びれやしないんだって!
そうだ、そこが二つ目――とことん頭が悪いってトコだ!
自分勝手な振る舞いを止めろって言ったって、全然聴きゃしない!
すっとぼけた顔で、あー、だの、うー、だの言うばかりっ。
とことん俺らを見下してやがるみたいなんだ!
それから、それから、後は、えっと。
と、ともかく、数えきれないくらい酷い部分があるんだよ、あいつらにはなあ!
人に合わせるってことを知らない、自己中心的な獣集団なのさ!
だからこそ、自信を持って言えるぜ。
小鬼やらトカゲやら巨人やら、いろんな姿のモンスターがいるけど、共通している所は一つだけ。
それは、ヤツらがどうしようもねえ、ヒッドい連中だってことさ!
……まあ、全部人から聞いた話とか、噂話で、本物のモンスターに会ったことはまだ一度もないんだけど。
広い室内に、怒りのエネルギーが満ちていく……。
お爺さんもお姉さんも関係ない、どいつもこいつも怒り狂った顔をしているぜ。
「――だけど! ここで手をこまねいてばかりいる我らではありません!」
その時、力強い聖女様の声が響いた。
再び彼女の方へ視線が集まる――美しいかんばせを凛とさせ、聖女様は言った。
「つい先日、私の夢の中に不思議なお告げが届きました。世にも美しく、上品な、涼やかな声が――私の心の中に吸い込まれるようにして、響いたのです」
ニヤリと笑う聖女様。
「“光を纏いし勇者、世に出現せり。彼らの力を借り、邪なる侵略者を打ち払うべし”――と」
しん、と場が静まる。
その声の主……まさか、女神さまなのか……?
いや、間違いなくそうだろう。
夢に現れてお告げをするだなんて、そんな凄いことが人間にできるワケがない。
――そんな思考を打ち破るように、聖女様は口を開いた。
「そして、不思議な声は、遙か辺境の地――ウェハースに住まう、ある若者の名を示しました」
「そ、それが、俺というワケですねっ!?」
「…………あー、ええ、まあ。その通りですね、ええ」
あ、あれ?
何だか、また、さっきまでのやる気ナシモードに戻ってしまわれたような気が。
「それでですね。それでですねえ、んー、ちょっと、ちょっと、じいや」
「聖女様、次はアレですぞ……ごにょごにょ」
「ええー? アレって、アレのことですか? あんなチビガキ相手にやるだけ意味ないですって、時間の無駄ですよ」
「そ、それはわたくしも同意見ですが、一応は規則ですので……」
「……はあ。確かに、聖女たる者、形式には乗っ取らねばなりませんね。じゃあ、仕方がありませんか……」
おい、こんどこそハッキリ聞こえたけど、あいつら俺をチビガキって呼ばなかったか!?
何が何やら分からず、立ち尽くす俺――に、うろんな目を向ける大臣。
そ、そんなに見られたって困るぜ。
待ちぼうけを喰らってるのは、こっちの方だってのに。
やがて、聖女様はこちらへ向き直り――そして、俺に何か軽蔑したようなまなざしをぶつけ、言った。
「……それでは、トルテよ。これより、あなたの身に秘められた真の力を計るべく――ステータス測定の儀を執り行います」