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女神と邪神



 言われて、俺はこわごわ首を持ち上げた――

 途端に突き刺さる、視線、視線、視線!


 額から滑り落ちた汗が唇に当たる。

 凄い、凄過ぎるっ。


 あの端っこの方に座ってるのは、確か行政を担当してる大臣で――

 その隣が、魔法技術の研究を取り仕切る大臣だっけ?

 それから産業に携わる大臣に、立派な外交官……。

 どいつもこいつも、毎日のように新聞で顔を見かけるようなド偉い大臣ばかりだ!


 つまり今、この部屋に、王都を運営する全権力が集まってやがるってワケか。

 うっかり粗相でもしてみろ……あっという間に牢屋行き間違いなしだぜ。


 それにしても。


 たっぷりと髭を蓄えたお爺さんの、怪訝そうな目。

 上品なお婆さんの、いかにも興味なさげな目。

 筋骨たくましい青年の、明らかにこちらを見くびった様子の目……。


 なんだか、この雰囲気……。

 どうも、あんまり歓迎されていないような。


 “別にお前のことなんかどうだっていいぜ”とでも言いたげな。

 ぜんぜん期待してない感じの、この、イヤーな感じ……。

 うう、さっきからこんなんばっかだなあ。


 もしかして。

 茹る頭で思う――大臣も、あのメイドたちと同じなのか?

 俺のことを見た目だけで、大したことないヤツだと侮ってるのか?

 いや、そんなバカな。

 こんなに偉い人たちが、そんな愚かなことをする訳……。

 

 ええい――知るもんかっ!


 ここに来て開き直ったのか、段々勇気が湧いてきた。

 いや、勇気と言うよりは、単にヤケクソになってるだけかもしれないけど!

 とにかく、俺はお腹の底から思い切り叫んだ――


「せ――聖女様の命より馳せ参じました、う、ウェハース村のトルテですっ! 我が力の全てを、民草と天命のためにっ――」

「ああ、はいはい、分かりました、分かりました。もうその辺で構いませんよ」

「尽くさんと……えっ?」


 のに、何だかあっさりと切り上げられてしまった。 


「見るからに臆病そうな顔、貧弱な身体つき。魔法力はパッと見ゼロ、頭の回転も悪そう。知識はまあ、庶民ですし、期待できそうもない……って所でしょうか」

「……え、えっと?」

「はあ、一体なぜ女神さまは、こんなヤツを……」


 小声で何事か仰られているが、流石に聴き取れない。

 ど、どうしたんだろう。


「それで、出身は……あれ、じいや。ウェハース村ってどこでしたっけ」

「王都の端っこの端っこの、そのまた端っこにあるヘンピな村のことですぞ」

「ああ、あの質のいい羊毛くらいしか取り柄のない退屈なド田舎ですか。なるほど、どうりで、こんなおのぼりさん丸出しのチビ助が……おっと」


 聞き耳を立てようとするけど、やっぱり、よく聴こえない……。

 暫くすると、聖女様は気を取り直したみたいにパチパチ瞬きをした。


「――それで、確か次は、ええと、何でしたっけ?」

「聖女様、経緯ですぞ。このチビを呼び出した理由を……」

「ああ、理由ですね。そうそう、理由です」


 ぽかんとする俺をよそに、どこか気の抜けたふうの聖女様。

 そんな彼女の傍に立つお爺さん大臣の一人が、小さく耳打ちする。


 あ、あの爺さん、今、俺のことをチビって呼ばなかったか?

 などと疑問を差し挟む暇もなく、聖女様は口を開いた――死ぬほど面倒臭そうな顔で、袖口から取り出したあんちょこを眺めながら。


「えー、勇敢なる若き戦士、トルテよ。あなたを王都に呼び出したのは他でもありません。我ら人間の世界を、邪悪なるモンスターたちの魔の手より守るためです」

「は、はあ、へえ……」


 棒読みで喋る聖女様。

 戸惑う俺のことなんか目に入ってないみたいに、彼女はつらつらと喋る。





「――はるか遠い昔、この世界における唯一の善良なる存在――私たち人間は、争いも悪事もなく、平和に暮らしていました。花は咲き乱れ、小鳥は唄う。そんな理想郷が、かつてこの地には広がっていたのです」


 言って、聖女様は少し黙った。


「邪悪なる存在――邪神と、その配下の魔王共が現れるまでは」


 その言葉で、力の抜けかけた俺の背中がシャキッとする。

 そうだ、あのヤバいくらいに残虐で、ずるがしこい怪物ども!

 あいつらのせいで、俺たちの世界はめちゃくちゃにされているんだっ。


「ヤツらは美しい自然と生き物を穢し、破壊し、混沌をもたらしました。むろん、人間たちも反撃を試みたのですが……しかし、心優しい我らに、敵をやっつけるパワーなんて、そんなにたくさんは備わっていなかったのです」


 何より恐るべきは――と、聖女様はあんちょこを捲った。 


「――邪神の存在でした。バカでマヌケで、ニワトリ並の賢さしか持ってないモンスター共を、彼は見事に操って見せたのです!」


 激しく聖女様は言う。

 先程までいまいち気が乗っていない様子だったのに、いつの間にか、熱心な様子になっていた。

 それにつられて、俺もつい身を乗り出してしまう。


「その結果、各地で巻き起こる悲しみの渦……人間は絶望に沈むばかりでした」


 ううっ……。

 何つう酷いモンスターたちだ!

 そして、なんと哀れな人間たちだ!

 全く、腹が立つぜ。


「ですが、そんな現状を黙って見過ごされていいわけがありません! 人間にも、大いなる力を持った善なる存在が居たのです!」

「そ、そうです! その通りっ」


 つい、俺まで声を出してしまう。

 聖女様はとうとう豪華なフカフカ椅子を蹴っ飛ばし、立ち上がった。 


「それは――女神さまです! 偉大な力を持った、サイコーにクールでめちゃ強な神様! それが我らの信ずる神様なのですっ!」


 ほっぺたを真っ赤にして、聖女様は熱弁を振るう。


「女神さまは我ら、か弱き人間に聖なるパワーを授け、モンスターと対等にバトルができるようにしてくれました! 今、我らがこうして生きていられるのも、かつてモンスターと戦った、英霊たちの――ひいては、女神さまのお陰なのです!」

「お、おおー! 凄い! 女神さまのお陰! ばんざーい!」


 ビシーッ!

 天高く人差し指を掲げ、叫ぶ聖女様。

 キラキラの髪の毛がプカンと浮かぶ――まるで、教会に飾られた一枚の名画みたいだ。

 興奮してパチパチと手を叩く俺――気付けば周りの大臣方も同じような様子だ。


 鮮やかに輝く、エメラルド色の聖女様の瞳――

 でも、その光は、途端にぷっつりと途切れてしまった。


「……だけど、そんなに全部が上手く行ったわけじゃありませんでした」



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