変われない
厳かな雰囲気ただよう、長い長い廊下。
あちこちに見える金銀珠に、豪華な調度品。
天井からぶら下がる、硝子製と思しき大きなシャンデリア。
何もかもが規格外、生まれて初めて見るものばかりだ――そんな中を、俺は兵士たちに囲まれて歩いていた。
……それにしても。
一体、いつになったら聖女様のおわす部屋に着くんだ?
城の中に案内されてから、既に一時間以上が経過しているってのに。
いつまで焦らすんだよ、畜生めっ。
緊張のあまり、足が上手く動かない――それを誤魔化すように内心で毒づく。
く、クソっ、これじゃあまるでバカみたいだぜ。
だけど、兵士たちは少しも気にしていない様子だ。
俺は小さく息を吐いた――落ち着け、落ち着け。
ぎゅう、と服の裾を握り締める。
こんな調子じゃ駄目だ。
一体何にビビっているんだよ、俺は?
もう、“あの頃”とは違うんだぞ――
「……ねえ、見て。あそこの小さな男の子……」
そう思った瞬間――嫌な感じのするひそひそ声が、どこかから聞こえてきた。
反射的に、ぱっとそちらへ顔を向ける。
重たげな鎧の群れ、その向こう側から覗く白いエプロンドレス――
そこに居たのはメイドと思しき数人の女の子たちだった。
どうやら、豪奢な城とはあまりに不釣り合いな俺を訝しんでいるらしい。
そばかすの浮かぶ顔に不審を張り付け、彼女らは囁くように言葉を交わし合う。
「何、あのガキ。みずぼらしい格好ね」
「見るからに庶民って感じー……」
「おまけに、てんでちんちくりんじゃない」
小さく飛んでくる嘲り、罵倒。
ただでさえ血の昇っていた頬が、更にかあっと熱くなる。
我慢、我慢するんだ。
こんな所で騒いだら、どうなるか分かったモンじゃないぞ。
ぎゅっと拳を固めて羞恥心を堪える。
しかし、そこへ追い打ちを掛けるように彼女らの言葉は続く。
「兵士さんたち、何してるのかな? あんな大勢で」
「……ねえ、もしかして」
メイドたちの一人――そばかす顔の女の子がぽつりと呟いた。
「――あの子が、“勇者様”なんじゃないの?」
何気ない調子で放たれた言葉。
一瞬、しんと場は静まり返り――
「ぷっ、あははははっ! ちょっとちょっと、何よそれっ!」
「ないない、幾らなんでもそれはないって!」
「よりによって、あんなのが勇者? 冗談キツいわよっ」
「大方、城下でパンでもくすねて、それで捕まったんじゃないの?」
勢いよく、彼女らは笑い出した。
もはや声を潜めることも忘れているみたいに大きな声で騒ぎ立てる。
……が、我慢だ。
我慢っ……。
「それにほら、見てよ! あの子、私よりも背が小っちゃいのよ?」
「年は、うーん、八つか九つくらいかなあ?」
「あらっ、それなら私の弟とあんまり変わらないじゃない」
我慢、我慢……。
「ちょっとちょっと、駄目よ、あんなちびっ子と弟を一緒にしちゃあ」
「ん、それもそうねえ。流石に可哀相だわ」
……が……。
「あと、何だかマヌケっぽい顔をしていないかしら?」
「あっ! そう言われると、確かに!」
「まさしくバカ面ってヤツね……うふふ」
……………………。
「貧乏臭くて、チビで、マヌケ面で」
「うわー、並べてみると悲惨ねえ」
「負け組ってヤツ?」
「そうそう、それそれ。ドンピシャって感じ」
「きゃははっ。負け組の勇者様かあ、それはそれで面白――きゃっ」
も、もう、我慢できねえっ!
ずいと進み出て、メイドの一人の腕を掴む――頬に血が昇っていくのを感じた。
そのまま感情に任せて叫ぶ。
「お、おいっ。お前、お、お前らなあっ……」
「……何よ。私たちに何か言いたいことでもあるの?」
腕を掴まれたメイドは、一瞬だけぎょっとした後――凄く、ほんとに凄くイヤそうなまなざしをこっちに向けてくる。
その表情はちっとも悪びれちゃいない。
言いたいことがあるかって?
当たり前だぜっ。
ムカムカするやら、イライラするやら、いろんな気持ちがグツグツ煮立つ――でここまで言われっ放しで、黙っていられるもんか!
そう思い、口を開こうとして――
「……え、えっと」
なぜだか、何にも言えなかった。
ロクに喋ったこともない相手に、なんでそんな酷い悪口を言うんだ、とか。
こっちは死ぬほど緊張してるってのに、好き勝手なことを、とか。
そもそも、外見だけで人を判断するのは最低だぞ、とか。
言いたいことはたくさんあるのに、口が上手く動かない。
目の前のメイドが不審そうに眉根を寄せている。
後ろに居る女の子たちがヒソヒソと言い合っている。
その光景を見ているだけで、頭がクラクラしてきた。
ああ、クソっ……。
まただ。
また、これだ。
別に、突然喋れなくなっちゃったとか、そういうんじゃないのに。
どうして、どうして、いつも。
「用がないなら、離してくれないかしら。私たちにも仕事があるのよっ」
メイドは強い口調で言い放ち、ぐいと俺の手を振り払う。
そのまま早足で他のメイドたちのもとに戻った彼女は、何事か――きっと耳を塞ぎたくなるような酷い言葉だろう――を呟きながら、どこかへ歩き去っていった。
呆然と立ち尽くす俺の肩へ、掌が乗せられる。
「トルテ様。もう、構いませんかな?」
そこに立っていたのは、どこか呆れた様子の兵士長、アラザンだった。
しまった――さあっと血の気が引いていくのが自分でも分かる。
「あ……ご、ごめんなさいっ。あの、で、でも、最初にイヤなこと言ったのは、俺じゃなくって、アイツらで……」
早口で言い訳を捲し立てる俺に、アラザンは溜息を吐き、言った。
「この城は、聖女様のおわす清き場所です。どうか、余計な騒ぎは起こさぬよう」
「……はい……」
短い忠告に、すっかり項垂れて答える。
彼はもう一度溜息を吐き、戻っていった。
俺もその後を付いていく――突き刺さる兵士たちの視線に、すっかりしょげ返ってしまう。
ほんとに、どうして。
どうして俺は……。