勇者の旅立ち
雲のちらつく青空を、軽やかに鳥の群れが駆け抜ける。
沸き起こる得体の知れない感情に生唾を飲み込んだ。
ぽつり、ぽつりと頬に浮かぶ汗は、降り注ぐ陽の光だけが原因ではないだろう。
頬を手の甲で拭い、見やる。
突き出た塔は天を突かんばかりに高い――
見上げるだけで首が痛くなりそうだ。
いかにも頑丈そうな石造りの城壁に張り付く、たくさんの窓。
至る所に飾り付けられた宝石や珠飾りが、キラキラと輝く。
その最下部――俺の目の前には大きな扉が雄々しく突っ立っていた。
学のない俺ですら一目で分かる、見事な作り――
途方もなく豪華で絢爛、大きな城が俺の目の前に鎮座していた。
……お、お城だなんて、生まれて初めて見たぜ、俺……。
ドキドキする胸に手を当てて、俺はゆっくりと深呼吸をした。
緊張でどうにかなってしまいそうだ。
「――失礼」
「あ、え、はいっ」
震える肩へ、唐突に手を置かれる。
ついマヌケな声を挙げてしまう――パッと振り返った。
「……小さな背丈に黒い髪、それから、大きな栗色の瞳」
そこに居たのは、物々しい雰囲気の兵士たちだった。
幾つもの鎧の群れ――その先頭に立つ大男が口を開いた。
「あなたが、トルテ様でいらっしゃいますね?」
「へ……あっ、そ、そうです!」
動揺してあわあわと返答する。
うう、は、恥ずかしいぜ――羞恥に頬が赤く染まるのを感じる。
「そ、その通り! お、俺がトルテですっ」
しかし先頭に立つ一際体格の良い彼は、俺の醜態をまるで気にも掛けぬまま、見た目通りの無骨な声で言う。
「本日、トルテ様の案内役を務めさせて頂く、兵士長のアラザンです。お見知りおきを」
短い自己紹介の後、彼――アラザンは城の方に手を向け、言った。
「では、こちらへ――聖女様がお待ちです」
「は、はいっ……」
聖女様が、お待ちです、だって?
へ、平気な顔してとんでもないこと言いやがってっ。
その一言だけで、もう、頭がクラクラしてくるってのに。
聖女様ってのは、この国――王都キャラメリゼを修める物凄い御方だ。
具体的にどのくらい凄いかって言うと、王様よりも凄い。
王様よりも凄いってことは、王様よりも偉いってことでもある。
つまり、キャラメリゼで一番権力を持っている人って訳だ。
――いや、今となっちゃ、世界で一番と言っちまってもいいかもしれないけど。
ともかく。
これから俺は、そのとんでもなく偉い聖女様に会わなくちゃいけないのだ。
そう、俺が。
……この、俺が!
聖女様に会って、話さなくっちゃいけないんだ。
無愛想な兵士が、黙って門の方に手を上げた。
すると、物々しい音を立てて、ゆっくりと巨大な扉が開いていく。
一体どういう仕組みなんだろう――
などと疑問を浮かべる余裕など、もはや俺には残っていない。
「それでは、トルテ様――いや、“勇者様”。どうぞ、こちらへ」
低く、力強く、しかし丁寧に兵士が俺へ道を示した。
ろくすっぽ返事もできないまま、もたもたと足を動かす。
それに合わせ、周りの兵士たちも一斉に移動を始めた――俺を取り巻くように。
あまりにも現実離れした光景に、頭の芯が痺れていく。
霧の掛かったように鈍る思考の片隅で、思う。
ああ。
本当に、本当に、どうして。
どうして、こんなことになったんだ――