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幽霊と暮らす日常・後編

誠は春香に見守られながら黙々と仕事をこなす。経理の仕事はお金の計算だけに、パソコンに打ち込む数字に間違いがあると計算が合わなくなる。


誠は集中してテキパキと仕事をするが、春香も生前はOLとして働いていたので、誠がやっている仕事の内容は理解している。そのため、話し掛けたりして邪魔になるような事はせず、少し離れた場所からジッと見守るだけだった。


しかし、時間が経つと春香は飽きてしまったのか、オフィス内をフワフワと浮遊しながら他人の仕事の様子を見回るようになった。


更に時間が経つとそれにも飽きて、オフィスの壁を通り抜けてどこかに飛んで行ってしまった。


誠は黙々とパソコンに向かっていたが、チラチラと春香の様子を伺ってはいた。周りをウロチョロされると気が散るのだが、どこかに飛んで行ってしまうと、それはそれで心配になるのだから始末が悪い。


経理の仕事は午前中が勝負である。昼ごはんの時間が遅くなるのは日常茶飯事で、今日も午後1時半を過ぎてようやく昼休憩である。


春香は生きていた時に勤めていた会社では庶務の仕事をしていたため、昼休憩は12時からきっちりと取れていた。


春香は当然のように12時前に戻って来たのだが、誠の仕事はまだ山積み状態で、昼ごはんを食べられるまで1時間半ほどイライラしながら待っていた。


それでも、誠は何とか午前中の仕事を終わらせて、1時半から1時間ほど休憩を取る事が出来た。


「やっと昼ごはんだぁ〜」


空中で春香が嬉しそうに宙返りを披露するが、幽霊の春香は食べる事は出来ない。それでも、誠がごはんを食べられるのが嬉しいようである。


春香が生きていた頃は、春香は毎朝誠のアパートに来て朝ごはんを作っていたが、誠が食べる昼の弁当も早起きして作っており毎日持って来てくれていたので、誠は昼ごはんに困る事はなかった。


春香が死んでからは弁当を作ってくれる人がいなかったので、会社の近所にあるコンビニで弁当を調達するようになった。


この日も誠はコンビニに行き、一番安いのり弁と缶コーヒーを購入した。


予想していた事だが、春香が呆れている。


「のり弁なんて、揚げ物ばっかりじゃない」


春香は文句を言うが、独身サラリーマンの昼ごはんなどこれでもマシな部類だと誠は思った。世の中には昼ごはんはうどんや蕎麦だけのサラリーマンも多いし、昼ごはん抜きというのも珍しくない。コンビニ弁当とはいえ、ごはんとおかずがあるだけで充分だと誠は考えている。


誠は会社に戻り休憩室のテーブルで昼ごはんを食べる。休憩室には遅めの昼ごはんを食べる同僚が3人ほどいた。


「よう三宅、今から昼飯か?」


誠に声をかけたのは営業課の佐久間康弘である。誠より一つ年上で、年齢が近いため二人は仲が良い。


「佐久間さんも午前中は外回りに時間がかかったみたいですね」




休憩室に誠以外に誰もいなければ春香の相手が出来たのだが、誠は佐久間とお喋りしながらの昼食タイムとなった。


ようやく誠にかまってもらえるとウキウキしていた春香は、不満そうな膨れっ面で空中にプカプカ浮かんでいる。


結局、昼休憩の間、誠と春香は言葉を交わす事は出来なかった。春香は不貞腐れているが、職場で一人になるタイミングなどなかなかあるはずがない。


誠の仕事は、午前中に比べると午後に入ってからは幾分落ち着いてくる。


午後の仕事も順調に進んだが、誠に相手をしてもらえない春香はどこかに飛んで行ってしまった。


誠とすれば他人からは見えないとはいえ、元カノの幽霊に見守られながらの仕事は落ち着かない。集中力を欠いて思わぬミスをしないとも限らない。誠の仕事はお金の計算である。パソコンに入力する金額を間違えると大変な事になる可能性がある。


誠の退社時刻は午後5時であるが、さすがに定時で退社出来る日は少ない。それでも、普通なら5時半、遅くとも6時には退社出来る。今日も定時の段階でまだ全ての仕事が終わっていなかったので、少し残業をする事になった。


春香もそれくらいはわかっているようで、念のため5時には会社に戻ってはいたが、誠が残業時間に入っても文句を言わず仕事が終わるのを待っていた。


午後5時40分、誠は今日の仕事を終えた。仕事が終わるとすぐに退社する。


「やっと帰れるわね」


文句こそ言わなかったが、待たされていた春香は内心イライラしていたのだろう、誠が会社を出て自転車にまたがると嬉しそうに話しかけた。


「晩ごはんはどうする?」


自転車で走る誠の真横を飛びながら春香が言った。


誠は周囲の様子を伺って、近くに人がいないのを確かめた。辺りはまだ夕焼けの時間帯で暗くはないが、歩行者も自転車に乗る人の姿は見えない。地方では車道にはクルマがビュンビュン走っているが、意外と歩行者や自転車が少ないのである。


「帰りにスーパーで買うよ」


誠は言葉どおりに帰宅するルートから反れてスーパーマーケットに立ち寄った。


惣菜コーナーでカツ丼と鶏の唐揚げを買い物カゴに入れた。


「全然野菜が無いじゃない? 唐揚げをやめてサラダを買いなさい」


横から春香が文句を言う。


独り身の男の食事など、好きな物だけを食べるのが普通である。誠も食事くらいは横から口を挟まれたくないのが本音であるが、サラダを買わないと、帰ってから春香がずっとグチグチと文句を言いそうなので、唐揚げを戻しサラダを買う事にした。


カツ丼とサラダではやや物足りない、かといって揚げ物を買うと春香が怒るので、妥協案としてハマチの刺身も買った。


更に、翌日の朝食用にパンを二つを加える。


レジで1000円を少し越える支払いを済ませて店を出た誠は、真っ直ぐにアパートへと帰った。


「はぁ……ようやく誠と話が出来るわ」


「そうだね」


誠も二人きりになるとリラックスした様子で春香と話をする。


「話しかけられても、返事も出来ないってのはキツいよ」


誠が苦笑いしながらため息を吐いた。


「仕事中に気が散ったらいけないから、なるべく話しかけないようにしてたわよ」


「そうだね。ご配慮ありがとうございました」


春香の言葉に誠がにっこり微笑みながらおどけて見せた。


他人がいる時に春香が誠に話しかけたとしても、他人には何も聞こえないし、春香の姿も見えないのだから、誠は春香に返事をするのはもちろん、春香の方を見るのもはばかられる。これは誠とすればかなりのストレスとなる。


「あぁ、疲れたぁ〜」


誠はアパートの部屋の床の上にゴロンと横になった。


「すぐ晩ごはんにする?」


「そうだなぁ……先にシャワーを浴びてさっぱりしようかな」


春香の問いに誠は寝転がったまま答えた。


「じゃあ、さっさと浴びてしまいましょう」


春香がバスルームに向かった。


「春香、ちょっと待って」


誠がバスルームのドアを通り抜けて行こうとするのを呼び止めた。


「何よ?」


ドアの前で春香が振り向いた。


「一緒に来るのはいいけど、それなら春香も裸になれよ」


誠だけ裸になって、実体のない幽霊だから水に濡れない春香はシャワー中でも服を着たままというのはズルい。春香が誠の裸を見に来るのなら、まずは春香自信が裸になるべきだと誠は考えていた。


「ふうん……誠、私の裸を見たいんだ……さわれないけどね」


春香がニヤリとしながら言ったと同時に、それまで着ていたOL風の衣装が消えて裸の春香が現れた。


「うわっ! いきなり脱ぐなよ。心の準備がまだ……」


誠は想定外だったのであたふたしている。


「脱げと言われたから脱いだのに、ったく、あなたという人は……」


春香は怒ったフリをして顔をしかめて見せてから、スタスタと扉を通り抜けてバスルームへと消えた。そして、再び扉から上半身だけが現れて誠に向かって手招きをした。


「カモ〜ン♪」


甘ったるい声で誘う春香に誠は赤面してしまった。


春香の裸など見慣れているはずであるが、何年かぶりだったのと、幽霊の春香は死んだ時の年齢のままの姿なのに対し、誠は流れた年月と同じだけの年齢を重ねている。そのあたりの恥ずかしさなのか、誠はなかなか服を脱げずにいた。


「ちょっと、脱げと言われて脱いだのに、そっちは脱がないってどういう事?」


戸惑う誠に春香の言葉が少しキツくなった。


「わかったわかった、すぐ行くから中で待ってろ」


誠は早口で言うと春香は笑顔に戻りバスルームに消えて行った。


(若い時の体のままなんだな)


四年前と変わらぬ春香の体を見てしまった誠は妙にドキドキしてしまった。体は正直なもので下半身はしっかりと反応している。


ここでまごまごすると春香がキレそうなので、誠は意を決したかのように、勢いよく服を脱ぎ始めた。そして、全ての衣服をあっという間に脱ぎ捨てる。


そして、バスルームへ向かいドアを開けた。


「……お邪魔します」


自分の部屋なのに、なぜか断りを入れてしまうくらい誠は緊張していた。


「フフ……いらっしゃい」


春香が優しい笑顔で迎えてくれたので、誠は幾分リラックス出来た。春香はかなり気の強い女だが、優しい時はとことん優しい。誠はホッとした様子でバスタブに入りシャワーカーテンを閉めた。


ユニットバスなので、二人で使うには狭すぎるのだが、春香は幽霊で実体がないので問題ない。しかし、肌の温もりこそ感じられないが、全裸の女性を間近に見るのは久しぶりなので、誠は視線を反らしがちである。


春香はそんな事はお構い無しに誠の体をじっくりと見つめた。


「誠ったら、こんなに大きくしちゃって、やっぱり私の体って魅力的なのね」


「ジロジロ見るな、見世物じゃないぞ」


誠は羞恥心から春香に背を向けてしまった。


「いいのよ。私、嬉しいから」


春香はご機嫌になり誠の体をすり抜けて誠の正面に回り込んだ。


「私、何でも通り抜けられますから」


春香はニヤニヤしながら誠の下半身を見つめた。


誠は妙に羞恥心を感じながら、どうにかシャワーを浴びた。


「私、先に出るから早く体を拭いて出て来てね」


春香は上機嫌で裸のままバスルームから出て行った。


春香は幽霊のため、ドアも壁もすり抜ける事が出来るので、どこにでも侵入出来る。その気になれば誠のプライバシーなどあったものではないが、春香も24時間体制で誠に密着するような事はしない。


誠は一人でシャワーを浴びた後、バスルーム内で体を拭いて、パシャマを着てから春香が待つ居間へと戻った。


「何よ、もう服を着ちゃったの?」


なぜか裸のままの春香が口をとがらせた。


「なぜ裸のままなんだよ」


誠は春香が裸のまま待っていたのか理解できなかった。


「決まってるでしょ。これから誠のシコシコタイムなんだから」


「えっ?」


春香は自分をおかずにしろと言っている事はわかるが、誠はそれを待ってましたとばかりに受け入れる度胸はない。


「私が来てからの数日間、溜まりっぱなしでしょ?」


元々、誠は春香とは男女の関係だから恥ずかしがる必要はないのだが、幽霊とはいえ春香に会ったのは四年ぶりだし、春香は四年前の姿のままなので誠は初対面に近い感覚を覚えてしまうのである。


確かに、春香の言うとおり溜まってはいるのだが、女の子に自分をおかずにしろと言われて、喜んでおかずにするほど誠は節操のない男ではなかった。


「いや、あの……」


「ったく、今更恥ずかしがるような関係じゃないでしょ」


「まぁ、そうだけど……」


「今更、服を着ろなんて私の方が恥ずかしいわ」


「わかったよ」


それから、誠は溜まっていた物を発散する事になってしまった。


数十分後、発散を終えた誠は脱力感に浸りながらぐったりと床にへたり込んでいた。


「疲れちゃった? もう寝る?」


いつの間にかスウェットの上下を着ていた春香が優しく誠に話しかけた。


「うん、久しぶりに春香の体を見て興奮したかな」


最初は恥ずかしがっていた誠も素直になっていた。


「もう寝なきゃ、明日の朝起きれない」


誠が静かに言うと春香はうなずいた。


「春香、おやすみ」


「うん、また明日ね」


誠は挨拶を交わしてから居間の電気を切った。そして、寝床に入りほどなくして寝息を立て始めるのであった。


(私がずっと側にいるから気疲れしてるのね。ゆっくり眠ってね)


眠りについた誠を優しく見つめながら春香は心の中で言った。


幽霊の春香が来て以来、退屈だった誠の日常は大きく変化していた。疲れながらも、どこか楽しんでいる誠の姿に春香は嬉しさと共に、どこか切なさを感じていたのである。

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