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幽霊と共に過ごす日常・前編

朝6時半、外はもう明るくなっており、早くから仕事がある人はすでに出勤を始める時間帯である。


朝8時に出社しなければならない三宅誠も、そろそろ起きなければならない時刻である。


「誠、起きろ。起きろ、おきろぉぉぉぉっ!!」


朝の弱い誠は7時過ぎに起きて、顔を洗い大急ぎで朝ごはんを食べてから歯磨きをする。それから、服を着替えて大慌てでアパートを出るのがだいたい7時40分ごろ、会社まで自転車で10分くらいなので何とか遅刻しなくて済む。


「こらぁ!さっさとおきなさぁぁぁいっ!」


さっきから怒鳴っているのは、先日から誠の周りをウロチョロしているのは幽霊となって出現した元カノの野上晴香である。


幽霊はお腹も空かないし眠くもならないようで、一晩中ずっと部屋の中をフワフワ浮遊していたが、それでは誠が落ち着かないので、寝ている間は大人しくじっとしているか姿を消しておくように言った。そのため晴香は退屈してしまい、誠が寝ている間は外に出てイケメン男子の部屋へ侵入したりして時間を潰していた。いくら誠以外には晴香の姿が見えないからといってもやりたい放題である。


晴香は元々早起きなタイプゆえ、8時出社なら6時には起きるようなライフスタイルである。したがって、誠も早起きさせようとあの手この手で起こそうとするが、誠はなかなか起きてくれない。


「おらおらおらおら! 何時だと思ってるんだコラ!!」


晴香がしつこく怒鳴っているうちに誠はようやく目を覚ました。


「起きる、起きるから少し黙ってて……」


誠はまだ眠りたそうな感じで、目を擦りながら布団から出た。洗面所に向かい顔を洗って居間に戻ると、寝床の横に転がっていたスマホで時刻を確かめた。


「まだ6時半じゃないか」


誠は欠伸をしながらダルそうに言った。


「まだじゃなくて、もう6時半でしょ」


晴香が呆れたように言ったのだが、誠には晴香が呆れる理由がわからない。


「ちょっと、トイレ」


誠は一晩溜め込んだ尿を放出するためにトイレに向かった。晴香が来た当初は大喜びで誠に付いて行っていたのだが、トイレだけは付いて来ないでくれと懇願したため、晴香は居間で大人しく待っている。


トイレを済ませると次は朝ごはんである。


「せっかく普段より30分も早起きしたんだから、ちゃんとした物を食べなさい」


トイレから出て来た誠に晴香が両手を腰に当て叱りつけるように言った。晴香が死んでからの誠の朝ごはんは、パンとコーヒーだけといった軽食で済ませている。また、起きる時刻が出社時間ギリギリの時は朝ごはんを食べない。


「私が幽霊じゃなかったら、朝ごはんなんて毎朝用意してあげるのに……」


晴香が悔しそうに言うが、誠からすれば晴香を死なせた事を非難されているようで胸が痛む。


「そういう話はやめようぜ。僕が非難されてるようだ」


誠は深く考えず言ってしまったが、言った後でしまったと思った。


「悪かった。晴香を死なせた事については僕が悪い」


誠はすぐに晴香に頭を下げた。


「悪いわよ。あと数十年残ってたはずの私の人生を終わらせたんだから」


本気とも冗談とも判断がつかないような言い方である。しかし、はっきり言ってくれた方が誠としては気分的に楽なのも事実である。晴香もその事をふまえた上での発言だった。


誠は台所に行き、前日にスーパーで買ったアンパンとクリームパンにコーヒーを持って居間に戻った。そして、飽きれ顔の晴香に睨まれながら朝ごはんを食べた。


誠は朝ごはんをさっさと食べるとスーツに着替えた。ネクタイも晴香が生きていた頃と同じ物である。


「いい加減、ネクタイくらい買いなさいよ」


晴香が呆れているが、誠はおしゃれには興味がないので、ネクタイなど使えなくなるまで新調する気はなかった。


着替えを済ませると歯磨きをして、忘れ物がないか背広のポケットの中もしっかりチェックする。そして、忘れ物がないと確認してからいよいよ出勤である。


誠は事故以来クルマの運転を控えているため自転車通勤である。会社までの道のりをママチャリを漕いで走る。


会社までそんなに遠くはないものの、晴香にはキコキコとママチャリで走るがじれったく感じるのだろう。誠を置き去りにして、さっさと飛んで行ってしまった。


(幽霊って物体じゃないから、空気抵抗がないのであんなに速く飛べるのかなぁ?)


晴香が物凄いスピードで飛んで行ったので、誠は呆れながら感心していた。


自転車通勤はマイカー通勤に比べ時間はかかるものの、クルマだと気付かない街の変化に気付いたり、すれ違う人と挨拶を交わしたり、気分次第で寄り道をしたり出来て案外楽しいものである。


時間に余裕をもってアパートを出たので、今日は普段よりのんびりと走って会社に向かった。


誠が自転車で通りを走っていると、向こうから集団登校中の小学生が数人やって来る。毎日だいたい同じ時間にこのあたりを通るので、彼らとは顔なじみである。


「おはようございます」


「はい、おはよう。気をつけて行きなさい」


すれ違いざまに挨拶を交わす。


自転車通勤でなければこのような交流は無かったはずだ。


「やあ、おはよう。今日は昼から雨が降るかなぁ?」


信号待ちをしていると、これまた顔なじみのおじいさんに声をかけられた。このおじいさんは、毎朝この時間に、この先にあるコンビニに自転車で朝ごはんを買いに行くようだ。


「今日は40%でしたから、降るか降らないか微妙ですね」


誠はこのような人々との交流を楽しんでおり、自転車通勤に不便さを感じてはいなかった。


やがて、誠は会社に到着した。出社時刻である8時の約10分前である。


誠が勤める会社は不動産管理やビル経営をしており、誠は経理を担当していた。


誠は出社して事務所に入ってからぐるりと事務所内を見渡した。先に来ているはずの晴香を探してみたのだが、それらしい姿は見えない。


(またイケメンの男を見つけて追い掛けてるのか、どこかの高校の男子トイレを覗きにでも行ったのかな?)


誠は晴香の姿が見えなくても気にはならなかった。


8時になって、誠は机に向かいパソコンを立ち上げた。そして、必要な書類をプリントアウトする。


「さぁ、今日も頑張りなさいよ」


いきなり後ろから声を掛けられた誠はビックリして振り向いた。


「どう、似合う?」


そこには、スーツ姿の晴香が立っていた。晴香は誠が出社した時から事務所にいたのだが、家を出た時は寝間着のスウェットだったのが、スーツ姿に変わっていたので気付かなかったのである。広い事務所には30人くらいがいるので、スーツ姿で他の事務員に紛れ込んでいたら気付かないものである。


誠は晴香に話しかけるわけにもいかないので、黙って仕事を続けた。


(やはり晴香がずっと見ていると落ち着かないな)


誠は晴香を気にしないようにしなければと意識していたが、意識すればするほど気になってしまうのである。


(これはけっこうキツいなぁ)


誠は心の中でため息を吐いた。


今日は永い一日になりそうである。

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