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ヒヤヒヤ初デート

誠は嫉妬から怒り狂った晴香を前にスマホを耳に当てて話し始めた。


「あのさ、僕の理想の女性は今も晴香だから……これからもずっと……」


誠の言葉をフワフワ浮遊しながら膨れっ面で聞いていた晴香はプイッと向こうを向いてしまった。


「口では何とでも言えるわよ」


晴香が向こうを向いたのは誠の言葉に頬が熱くなるのを感じたからである。晴香は生きていた時から意地っ張りである。誠と喧嘩をした時でも、最後は誠が謝ってご機嫌取りをしないと仲直りしなかった。


死んで幽霊になっても性格は変わってないんだなと誠は心の中で苦笑いした。


「でも、やっぱりムカつくわ」


晴香が誠の真正面に移動して来て、左手を腰に当て右手で誠を指差しながら言った。


「じゃあ、僕はどうすればいいんだよ?」


誠は相変わらずスマホを耳に当てながら言った。他人から見ればスマホで通話しているように見えるだろう。


「それは……」


晴香は怒りながらも、ちょっと困ったような表情になり視線を泳がせた。


晴香としても、誠には幸せになってほしいのだが、目の前で他の女の子とイチャイチャされるのは我慢ならないのである。


「わかった、わかったわよ。彼女を待ちぼうけにさせたらいけないから、さっさと戻りなさい」


晴香は少し赤くなった頬を膨らませたまま言った。


「あの……やっぱり、付いて来るのかい?」


誠が一番気になっている事を質問した。


「当然よ!」


晴香はピシャリと言い放った。誠は晴香の言葉のトーンから、絶対に曲げない意思を感じ取った。


「それはちょっと……」


誠も晴香にピッタリと密着マークされた状態ではデートなど出来るはずもない。隣に樹里がいるにしても、晴香が視界に入るとどうしても気になってしまう。大袈裟に言えば、晴香のご機嫌を伺いながらデートするような感じになってしまいそうである。


「わかったわよ。私は姿を消して付いて行くわ。それならいいでしょ? 姿を消してると、私の声は誠には聞こえないから、たとえ話し掛けられても返事出来ないけど」


「別に晴香に話し掛ける事はないから。姿が見えないならまだいいか」


誠はこれで妥協するしかなかった。


「じゃあ、私は消えておくわ」


晴香は言った後、まるで電気のスイッチをオフにした時のようにパッと姿が見えなくなった。


「おーい、聞こえるか?」


誠は小さな声で言ってみた。しかし、晴香は何も言わない。


「やっぱり、姿が見えないと声は聞こえないのか」


誠は納得したようにつぶやいた。そして、樹里を待たせている事に気付いて、慌てて駅に戻った。


「ごめん、待った?」


誠は小走りに樹里の所に向かった。


「いいえ、私も戻って来たばっかりですから」


樹里は爽やかな笑顔で言った。


「それで、今日はどこに行くつもりですか?」


「ジャーン!」


誠はポケットから紙切れを二枚取り出して樹里に渡した。


「あっ、これサッカーのチケットじゃないですか!」


誠が取り出したのは地元のプロサッカーチームの試合のチケットだった。誠はこれまでの樹里との会話で、樹里がサッカーマニアであり、地元チームのサポーターだと気付いていた。


「正面スタンド指定席ですか……ここ、料金高いですよね。安いサポーターズシートでよかったのに」


「僕はサポーターズシートのノリには付いて行けないし、ゆったり試合を見れる席がいいからね」


誠はサッカーは代表戦をテレビで見る程度である。Jリーグに応援しているチームがあるわけでもなく、まして、地元チームが参加しているJ2リーグのチームなど、全然知らないのが本当のところである。


「試合は昼過ぎて2時からですよ。それまでどうするんですか?」


「スタジアムの前の駅の反対側にショッピングモールがあるから、そこで時間を潰そうかな」


「そうですね。そこでお昼を食べてから行きましょう」


樹里は自分の好きなサッカーの試合に誠と行けるのでウキウキである。


誠には見えないが、おそらく姿を消している晴香が樹里にパンチを連続で叩き込んでいるか、樹里の目の前で中指を立てているのだろうと想像していた。


誠と樹里は列車に乗ってスタジアムの最寄り駅に向かう事にした。スタジアムへは列車を途中駅で乗り継いで向かわなければならない。


スタジアムは県庁所在地にあり、列車を二度乗り換えてようやく到着した。試合まではまだ時間があるので、誠と樹里は駅を挟んでスタジアムの反対側にあるショッピングモールに行き、ブラブラして時間を潰してからレストランに入りランチを食べた。


「三宅さん、次回は私にデートプランを任せてもらえますか?」


ランチを食べながら樹里が言った。


「えっ?」


何をやっていても、姿を消している晴香が気になってしまい、全くデートに集中出来ない誠は樹里の言葉を聞き逃していた。


「次回は私にデートプランを任せてもらえるか聞いたんですよ。三宅さん、今日はずっと何か落ち着かないみたいですが、体調崩してるんじゃないですか?」


「いや、体調は上々だよ。落ち着かなく見えるのは、初デートで緊張してるからだよ」


誠は咄嗟に言い訳をしたのだが、ただだまってうなずいていた樹里が信じたのかどうかはわからなかった。


昼ごはんを食べ終わりレストランを出た二人はスタジアムに向かった。駅の横にある地下道で線路を渡りスタジアムの入口にたどり着いた。


「初めて来たけど、ここはサッカー専用スタジアムなんだね」


誠は感心したように言った。自分の生まれ育った県にサッカー専用スタジアムがあるのは知らなかったからである。


「スタジアムはいつJ1に昇格してもいいように立派なのが造ってあるけど、昇格よりJ3落ちを心配する事の方が多いんですけどね」


樹里が苦笑いしながら言った。


スタジアム周囲には地元チームのサポーターと思われる、赤いユニフォーム姿のサポーター達が入場門に向かって歩いている。一方、緑色のユニフォーム姿のサポーターはアウェーチームのサポーターだろう。四国のチームなので、さすがに関東にはサポーター数は少ないようである。


「今回の対戦相手は強いのかな?」


Jリーグについて、知識がほとんどない誠が樹里からすればあまりにも基本的な質問をした。


「うちが10位で向こうは8位だから実力的にはほぼ互角ですけど、前回アウェーで0−4で負けてますから、今回は絶対勝たなくてはなりません」


樹里が地元チームを自然に「うち」と言うあたり、熱心なサポーターなのだろうなと誠は思った。


そうこうするうちに試合が始まった。誠と樹里が座っている席はサポーターズシートと違い、お行儀良く観戦しなければならないので、樹里としては物足りないようであったが、サッカーに興味のない誠が一緒なので、誠に合わせて大人しく観戦していた。


「向こうのディフェンス、右サイドが穴なんだから、そこに切り込まないと……」


「何でいつもディフェンスの枚数が足りないのよ!」


「左サイドにスペースを作りすぎ。そこを狙われてるのに、何で対処しないの!」


「なぜ、そこでマークが外れてるの……」


「相手のシュートが下手くそだから0点で済んでるけど、全然ダメ!


試合中、樹里はずっと愚痴をこぼし続けていた事から、どうやら、地元チームが劣勢のようである。サッカーに詳しくない誠が見ても、ボールを持っている時間は圧倒的に相手チームの方が多く、地元チームはボールを奪ってもすぐに相手に奪い返され、相手チームのゴールに近付く事すらままならなかった。


試合は0−0のまま後半に入ったが、後半も半ばすぎ、ついに相手チームにゴールを許すと、そこから立て続けにゴールを許してしまい、0−3で地元チームが敗れてしまった。


試合を終えた地元チームの選手がサポーターズシートに挨拶をしているが、サポーターズシートの人達は容赦なくブーイングを浴びせている。


「あぁ、もう! 何なの、この試合、観に来てる人を馬鹿にしてるとしか思えないわ!」


樹里は吐き捨てるように言うと、スタンドの最前列に駆け出した。そして、サポーターズシートに挨拶を済ませ引き上げて来た選手にブーイングを浴びせている。


同じように最前列のフェンス際まで行ってブーイングを浴びせる人達がたくさんいたが、誠は地元チームにそこまで思い入れがないので、その状況を客観的に観察していた。


試合が終わり、混雑した列車に乗って朝に来たルートを逆戻りして、二人が待ち合わせをした駅に帰って来た。


「三宅さん、今日はサッカー観戦にご招待ありがとうございました」


朝に待ち合わせした駅前の同じ場所で、樹里が誠に頭を下げてお礼を言った。


「晩ごはん、一緒にどう?」


「すみません、今日、晩ごはんを外で食べると言ってなかったから、母が晩ごはんを作ってると思います」


樹里が誠に申し訳なさそうに言った。


「じゃあ、家まで送るよ」


誠もそれくらいの気遣いは出来る。


「いえ、うちは目の前のコンビニの裏なので……」


樹里が苦笑いしながら言った。


「そっか……」


誠は会話がうまく噛み合わず、困ったような表情を見せた。


「今度は三宅さんが絶対に喜ぶようなプランを考えておきますから、楽しみにしてて下さい。じゃあ、また今度。失礼します」


樹里は丁寧に頭を下げてから、自宅があるというコンビニの方に向かって歩き出した。


誠は樹里の姿が見えなくなるまで見送ってから、自宅アパートに帰って行った。


(何か物足りなかったなぁ)


誠はアパートへの道を歩きながら、デートにしては物足りなさを感じていた。もう少し、ロマンチックな雰囲気にならなかったものかと考えていたのである。


やがて、アパートの部屋に帰って来た誠は居間にどっかりと座り込んだ。


「晴香、もう出て来てもいいよ」


誠が晴香を呼んだのだが、晴香は姿を現さなかった。

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