くじ引き3
体育の時間になる。今の季節はバレーボールをやることになっているらしい。チーム対抗戦だから、余る人間が出てくる。武尊は自分のチームの番になるまで轟と話をしてみることにする。珍しく一人で座っているから、その隣に腰を下ろす。
「珍しいね」
「何が?」
先に口を開いたのは轟だった。武尊は短く返す。轟は薄く笑う。
「僕のこと嫌いなんだと思ってた」
「まあ、好きではないかな」
「高野原さんの隣だから?」
「は?」
武尊は思いっきり眉根を寄せた。轟がくすくすと笑う。
「二階堂君は、高野原さんが好きなんだと思ってた」
「はあ!?」
武尊は驚きを通り越して呆れる。
「なんでそう思ったの?」
「だって、僕が教科書見せてもらってる時とかすごく機嫌悪かったし」
「あれは―」
―なんでか自分でも分からない
あえて言うなら警戒心のない千穂に苛立ったとしか言えない。しかし、これは口にするわけにはいかなくて、武尊は渋面になる。
「それとも本川さんが本命かな?」
山田さんとも仲いいよね、と轟は続ける。
「なんで、俺が誰を好きかの話になってるわけ?」
「だって、楽しいじゃない」
「俺は楽しくない」
「そう?」
恋バナはテンプレだと思うけどなーと轟は笑った。
「話変わるけどさ」
「強引だね」
「―。轟ってさ、見える人間だよね」
「直球だね」
くすくすと轟は笑った。それがなんとなく気に障る。轟は武尊の方に顔を向ける。
「そうだね。見える人間だよ」
君と同じ、と轟は笑みを深める。
「それを聞いてどうするの?」
「どうしようね」
武尊は肩をすくめる。
「見える仲間同士仲良くしようってわけでもないでしょう?」
「そうだね」
武尊は視線をコートに入っている大島にやる。長身を生かしてスパイクを打ちまくっている。
―絶好調だな
大島を見た感想がそれである。
「じゃあ、なんで来たの?」
わざわざどうして自分の隣に座ったのか轟は尋ねて来た。武尊は考える。
「親に知らせないところは同じだと思って」
「体育祭?」
「そう」
武尊はもう轟を見てはいなかった。視線はずっとコートに向けられている。
「僕は落ちこぼれだからね」
「誰と比べて?」
「弟」
「弟がいるんだ」
「そうだよ」
武尊とは違い、轟は武尊の方を見て話す。
「二階堂君は兄弟いるの?」
「いないよ。一人っ子」
「そうなんだ」
轟は笑った。武尊はちらと轟を見る。
「髪伸ばしてるのも家の決まり?」
「そんな感じ。変?」
「いや?似合ってると思うよ」
武尊は正直に答えた。髪を伸ばしている男性も街には多いが、轟は群を抜いてしっくり来ている。自分には似合わないだろうなと思いながら武尊は答えた。
「二階堂君も金髪似合ってるよね」
「どうも」
―別に似合わなくてもいいんだけどな
父親へのちょっとした反抗心で染めたのだが効果はなかった。それどころかよく似合っていると笑ったのだ。
―子供しつけるつもりあるのかな
そのまま黒に戻すのも恥ずかしくて金髪のままでいる。
―いつ黒に戻そう
受験が近づいたらかな、と考える。
その間に大島が最後のスパイクを打ち込んで試合が終わった。次は武尊と轟の番だった。
「どうぞお手柔らかに」
轟とは敵チームになる。轟は武尊に笑顔で挨拶をした。
「そっちこそ」
二人はコートに入った。
「そういえばさ、轟と何しゃべってたんだ?」
大島が昼休みに武尊の机に伸びながら尋ねた。体育の時間のことだと武尊はすぐに合点がいく。
「別に。親を体育祭には呼びたくないよねって話」
「意見が一致するところが見つかって少しは仲良くする気になったか?」
「まあ、前よりは?」
「嘘くさいな」
「じゃあなんで聞いたのさ」
「興味があって」
大島も言うようになってきた。そう思いながら千穂は行く末を見守る。ちらと視線を動かせば、佐々木は知らぬ存ぜぬで携帯をいじっていた。
―携帯、そんなに楽しいのかな
千穂は内心首を傾げる。電子機器にはそう強くはない。
「大島は体育祭のこと、親に伝えたの?」
「言った言った。後から知るとうるさいからな」
本当口うるさくてと顔を歪める。
―うちも未海がうるさいな
なんで言わなかったのと腰に手を当てて言ってくる妹の姿が簡単に想像できた。
「千穂はもう言った?」
遠い目をしているとあかりからそう言葉がかかる。千穂は現実に戻ってくると首を横に振った。
「まだー」
「もう、今連絡しちゃえば?」
武尊が隣から口をはさんでくる。
「めんどくさいなー」
千穂は渋る。武尊は笑った。
「どうせすぐ忘れて叱られるんだから」
「うるさいな!」
千穂はむくれながら携帯を手に取る。確かに今しなかったらずっとしない気がしたのだ。ぽちぽちと画面を押しながらメールを作成する。
「えーと日にちと場所はー」
机からくしゃくしゃになってしまったプリントを引っ張り出す。それを見てメールを打つ。最後にもう一度日付と場所を確認してからメールを送信する。千穂は満足げに笑った。
「これで怒られない!」
わーいと両手をあげる。
「そんな千穂にポッキーを進呈しよう」
優実がポッキーを掴むと千穂の口に入れた。それを千穂はくわえる。ポッキーの先を指で掴みぱきっと折る。噛めば甘いチョコレートの味が口に広がった。
「美味しい」
千穂はにっこりと笑う。
「ポテチもあるからね」
優実は千穂を餌付けしたくなったようだ。ポテトチップスも掴むと千穂の口元に持ってくる。
「一人で食べられるよー」
千穂はポテトチップスは断った。
「はいこれ」
すっと視界にプリントが入ってくる。視線を上げれば佐々木がプリントを差し出していた。
「はい」
千穂は素直に受け取る。
「6限目に出場種目決めるから考えておいて」
「もめそう~」
ひゅーと優実が口笛を吹く。
「山田と二階堂は休めると思うなよ」
大島が主張する。
「私は100m走で十分だわ」
あかりがプリントを覗き込みながら言った。
「私も」
千穂は頷いた。リレーは苦手なのだ。特にバトンパスがうまくできない。
種目が書いてあるプリントを眺めていると昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「じゃあ、またあとでね」
優実とあかりは手を振ると自分の席に戻って行った。