2.くじ引き1
朝のホームルームでプリントが配られる。そこには体育祭の日付と場所が書いてあった。さすがにビルの中で体育祭をするわけにもいかず、本番はどこかの運動場を借りるようだ。
「ちゃんと親に連絡しとけよー」
―プリントなんて、配ったって親に渡せないのに
千穂はじっとプリントを見つめた。この寮生が多い学校で、プリントの意味はないように思えた。そんなことを考えていると、カシャカシャと音が聞こえたから視線を上げそちらにやる。視界に入ったのは、貰ったプリントを早速丸めている武尊の姿だった。武尊はすぐ後ろにあるごみ箱にひょいとプリントを投げた。
「二階堂~せめて親に連絡入れてから捨てろ」
斉藤がげんなりした顔で注意する。武尊はどこ吹く風だ。
「父親伝手に知ってるだろうから必要ない」
―そっか、この学校作ったの武尊のお父さんだっけ。
学校を作るのも大変だったろうなと千穂はのんきに考える。
「連れないなー」
そう武尊に言葉をこぼしたのは轟だ。
「轟だって、体育祭だなんて連絡入れないつもりだろう?」
「よく分かったね」
「いや、だから、連絡してくれ」
斉藤が頭を押さえる。
千穂が見やれば轟はにこにこと笑顔を顔に張り付けており、武尊は不機嫌そうに前を向いていた。
―私を挟んで会話しないでほしい
―なんか居づらい
千穂は眉根を寄せた。
「あ、ごめんね」
千穂の表情に気付いた轟が謝る。千穂は、別に気にしてないよと嘘をついて前を向いた。
「高野原さんは、親に連絡するの?」
「うん、一応言っとこうと思う」
千穂は視線は前のまま頷いた。斉藤がその言葉を聞いていたらしく、ぱあと顔を輝かせる。
「偉いぞ!高野原」
「え?あ、はい」
その勢いに千穂は答えがグダグダになる。
「ちゃんと全員親に知らせるように」
絶対だからな!と釘をさす。
「教えたら面倒なことになるに決まってる」
武尊がぽつりとつぶやいた言葉は、千穂の耳まで届いていた。
―武尊、陸さん苦手そうだもんな
陸は勢いがすごい。武尊のペースは終始陸に崩されていた。
―でも、お母さんが苦手って、なんか可哀想
そういうものなのかなと思わないわけではない。自分たちの年代は反抗期が来ると言われているし。
―反抗期かー
―お母さんに反抗しようなんて思わないな
そんなことを考えているうちにホームルームは終わった。
「私が活躍するときが来たな」
ふふふふと優実が笑う。
「優実は帰宅部だから複数種目出られるものね」
あかりがくすくすと笑う。
そうなのだ。運動部に所属している生徒は一つの種目にしか基本出られない。圧倒的差が出ないようにするためだとか斉藤は言っていた。
「それってずるだよなー」
山田が何個も種目出るってえぐいよなと大島が牛乳を飲みながら言う。
「最近は学食に行かないのね」
あかりが問いかける。ああと大島は声をこぼした。
「轟勢がでかくてな」
「学食じゃないと足りないとか言ってたくせに」
武尊が不機嫌そうに言った。
「だって、居づらいじゃんあいつの側って」
「そうなの?」
優実が興味津々と言ったふうに目を輝かせる。
「こう、いつもニコニコしてるところとか俺は苦手だな」
「へー意外」
優実は椅子の背もたれに背中を押し付け、椅子の後ろ脚に体重をかけた。
「だから胡散臭いって言ってるじゃん」
「二階堂は嫌いすぎだから」
ははっと大島は軽やかに笑った。
「まあ、地球上の人間全員と仲良くやれなんて無理な話だけどな」
嫌いな奴くらいいてもいいんじゃね?と大島は気にするふうはない。
「複数種目に出られるって言ったら二階堂もだよね」
佐々木が携帯から視線を上げずに言う。
「それもそうね」
あかりがにっこりと笑った。それだけで嫌な予感がする。
「俺、普通に徒競走で良い」
選抜種目に選ばれなかった生徒は100m走ることになっている。武尊はそれで十分だと言う。
「ダメだって!お前はとにかく出まくれ」
大島がぐいと顔を武尊に近づける。その勢いに、いつもなら払っているのに武尊は押し返せなかった。
「嫌だよ、めんどくさい」
ふいと顔を背けて意思表示をする。大島は逃げることを許さなかった。
「運動ができる人間の義務だ!」
「普通にリレーのアンカーとかできそうだけどね」
「大島がやったらいいんだよ」
佐々木の言葉に、武尊はリレーのアンカーを大島に投げた。大島は胸を張る。
「俺は走るの得意だから別にいいぜ」
「じゃあ、俺は要らな―」
「アンカーが誰かと二階堂が選抜種目に出る出ないは別の問題だ」
「最近諦め悪くない?」
武尊はたじたじになる。この前まで予習やテストの山を人質にとれば手の平で転がすことなど難がなかった大島だと言うのに、ここ最近はそれが効かなくなってきた。
「付き合いが長くなってくれば言いたいことも言えるさ」
「え?そんなに仲いいと思ってなかった」
「仲いいだろ!」
いつも昼飯一緒に食ってるじゃん!と大島は叫ぶ。武尊はきょとんとしている。
「いや、なんでいつも俺なんかとご飯食べてるのかと不思議に思ってた」
「俺はお前と仲良くやりたいんだよ!」
「なんか恥ずかしい言葉だね」
「佐々木、おちょくるな」
俺は大まじめなの!と大島は視線を武尊から外さない。じっと睨みつけるように見つめる。それに武尊は頭を掻いた。
「そうなんだ。俺らって仲いいんだ」
「そうだよ!」
大島は力強く頷いた。
「それで、武尊はどの競技に出るの?」
熱いシーンに優実が水を差す。武尊の注意は大島から優実に完璧に移る。
「走るのが多いんだっけ」
「男女混合の多種目競技とかあるけど」
「それはやだな」
「私と武尊が組めば百人力じゃない?」
「まあ、優実だったらいいけど」
「え?その組み合わせ最強じゃね?」
取り残されていた大島が復活する。きらりと目を光らせた。
「じゃあ!その競技は二人で決定だな!」
「大島の一存では決められないよ」
佐々木がポッキーをくわえながら言った。
「いや、これは全員賛成するだろう」
がたっと大島は立ち上がった。ぐっと手を握る。
「やるからには優勝狙うからな!」
「大島ってこんなに熱かったっけ」
「得意分野が来て嬉しくなってるんじゃない?」
武尊の疑問に佐々木が答える。ふっと優実が笑った。ゆらりと立ち上がると大島とガッと手を組んだ。
「運動しかとりえのない私たちが輝ける場所!」
「それが体育祭!」
「私も協力するよ!目指せ優勝!」
大島と優実はあははははと笑う。
「えと、これは、どういう状況?」
千穂は口をパクパクとさせる。それを見てあかりが苦笑する。
「そうねー似た者同士が徒党を組んだって感じかしら」
昼休みが終わるまで、大島と優実は笑っていた。