実験5
夕食と入浴を済ませ、いつもの面々はいつも通り千穂と壱華の部屋に集まった。
「見えてそうだった?」
二人の報告に樹が声を上げる。二人は頷く。
「報告は別に小鬼たちから聞いた方がいいと思うけど」
「でも、あれは見えてる人の反応だったよね」
千穂が同意を求めて武尊を見る。武尊はまた頷く。
「見えてたし、払ってた。触れるんだよ」
「見えてるやつで触れるってことは、完璧こっち側だな」
啓太がそう結論を出す。
「じゃあ、敵である可能性が高まったってこと?」
壱華がクッションを抱きしめながら尋ねる。
「あかりは親は経営者ではなさそうだって言ってたよ」
「りょーけのごしそく?とか言ってた気がする」
千穂が武尊の言葉に付け足すが、口にした言葉を完全には理解していなかった。
「いいとこの坊ちゃんってことだね」
「それ、武尊もじゃん」
千穂にそう言われて武尊は眉をひそめた。
「そうかもしれないけど、その言い方は嫌だ」
「じゃあ、もう言わない」
言い出したのは武尊なのだが、千穂はそう答えた。
「いいとこって、どこの出なんだろう」
樹がホットミルクの入ったマグカップに手を伸ばしながら言う。
「ねーねー、そいつの特徴教えてよ」
武尊が連れてきていた碧が轟の情報を請う。武尊と千穂は顔を見合わせて、うーんと唸った。
「特徴と言っても、いつもへらへら笑ってるってくらいしか印象がないな」
「あ、でも、髪の毛と目は特徴的な色だよね」
「どんな色してるの?」
碧が千穂の言葉に飛びつく。ぴょんとテーブルの上で立ち上がった。千穂は、えっとねと切り出す。
「灰色かな」
珍しいよねと笑う。碧は腕を組んだ。
「灰色かー」
「何かあるの?」
武尊の言葉に碧は腕をほどいた。
「そういう一族がいるとかいないとか聞いたことあるような無いような」
「それ、一番困る回答」
武尊が眉をひそめた。
「このことについても今日聞いてみようよ」
碧は可能性を協力してくれる妖に投げた。
「じゃあ、今から行く?」
壱華が首を傾げる。そうだなと啓太が頷いた。樹もそれがいいと思うと賛同の意を示した。
「・・・それじゃ、行こうか」
武尊の言葉に全員が頷いた。
「あいつ見えてるぞ」
小鬼が武尊との距離を測りながら言った。
「「やっぱり」」
武尊と千穂は声をそろえて言った。そして顔を合わせ、二人とも渋面を作る。
「はいはい、百面相はいいから」
壱華が手を打って二人の注意を引く。
「ねーねー、そいつさ、灰色の目と髪なんでしょう?そんな一族いなかったっけ」
碧が質問する。小鬼たちは知ってるか?と顔を見合わせる。しばらくがやがやとしゃべっていたがそれはすぐに落ち着く。一匹が代表して答えた。
「俺たちは知らないな」
「別の誰かは知ってるの?」
武尊がすかさず尋ねる。小鬼たちはまた顔を見合わせたが、また同じ小鬼は代表して言った。
「もしかしたらあの熊なら知ってるかもしれない」
あいつ長生きだし、と付け足す。
「体育館か」
少し面倒だなと啓太がつぶやいた。
「結界張っちゃえば問題ないわよ」
壱華が心配いらないと胸を張る。
「じゃあ、このまま体育館行っちゃおうか」
樹の言葉にみな頷く。武尊は後ろを振り返る。
「ありがとう、見えてるって分かって助かった」
その言葉に、小鬼たちは喜色を隠さなかった。
「まあな!また何かあったら言えよ!」
誇らしそうに胸を張る様は愛らしかった。
「またね」
バイバイと千穂は手を振った。小鬼も手を振り返してくれる。それにふふふと笑いながら千穂はエレベータに乗った。そのまま体育館の階へと移動する。
壱華がエレベータの中で結界を完成させる。壱華を中心に半球を形どる白い光が現れる。
「千穂と樹が前で後ろに啓太と武尊かしら」
エレベータの中で壱華が確認を取る。
「それでいいと思うよ」
「そうだな」
武尊と啓太が頷く。エレベータを出ると壱華の指示通りに結界に入る。五人で狭い結界の中に入る様はどこか滑稽だった。前二人の歩幅に合わせて歩くため、武尊と啓太は歩くのに少々難儀した。
体育館につくと、そっと鉄製の扉を開く。
「鍵掛かってないね」
安全管理大丈夫かなと樹が顔をしかめる。
「前もって開けててくれたのかもしれないね」
―教頭とか
あの男も何をどこまで知っているのか分かったものではない。信用ならないと武尊は思っていた。
―胡散臭いのばっかりだな
自分の父親もそうだし、轟もそうだし。と武尊は顔がどんどん不機嫌になっていく。
「こんばんはー」
千穂がそう挨拶をする。それが合図だったようにぽつぽつと光が現れる。妖の目だった。
「熊さんいますかー」
「誰が熊だ」
奥から唸るような声が聞こえる。天窓から指してくる光の当たる場所に、その妖は姿を現した。相変わらず立派な牙だ。
「でも、やっぱり熊に一番近いと思うよ」
千穂は警戒心もなくてくてくと熊に歩み寄る。
「久しぶりだね」
そう笑う千穂に、熊は明らかに渋面を作った。
「俺は会いたくなかった」
「まあ、そう言わずに」
千穂はどうどうと熊を落ち着かせるようにする。樹がこわごわと言った。
「なんでそんなに仲いいの?」
仲がいいと言われて千穂は首を傾げた。武尊を見ると肩をすくめられただけだった。
「まあ、攫った攫われたの関係ですし」
「それ、普通仲良くできないよ」
「まあ、それは今はいいだろう」
啓太の言葉に、千穂と樹は会話をやめる。
「今日は聞きたいことがあってきたの」
壱華が切り出す。
「聞きたいこと?」
熊は警戒するように繰り返した。そう、と壱華は頷いた。
「轟っていう、髪も目も灰色の人間がやってきたの。何か知らない?」
「灰色」
熊は低く唸った。
「知ってるの?」
樹が目を輝かせる。すごいとその顔には書いてあった。それに少し気をよくしたのか警戒する空気がわずかに緩んだ。
「西に、結界術に秀でた一族がいると聞く。確か、灰色の目と髪が目印だったはずだ」
「結界術か」
啓太がつぶやく。それにどうしたと視線が集まる。
「いや、結構千穂だけ結界に隔離されたりするから、あいつが結界術に秀でてるんだったらまた一人にされるかなと思って」
「それ困る!」
千穂はつい叫んでしまう。
「だろう?」
啓太がニヤッと笑う。
「なるべく一人にならないほうがいいかもね」
「私と一緒に寝ることにしましょうか」
武尊の言葉に壱華が提案した。
「そうする!」
千穂はぶんぶんと首を縦に振った。
「じゃあ、決まりね」
壱華の笑顔に、千穂はほっと胸をなでおろす。
「とりあえず、しばらくの動向は決定したと」
啓太が満足そうに頷く。
「そんな奴が何しに来たんだろうね」
碧が武尊の肩に乗りながら疑問を口にする。視線が熊に集まる。
「さすがに目的なんか分からないぞ?」
「ですよね」
あははと千穂は笑った。その頼りない笑みに、熊はため息を吐くとぽつぽつと言った。
「・・・人間というものは面倒な生き物だ。一族と言っても強い弱いで扱いが変わったりする」
「強いか弱いかは分からないけど、一族の中で問題ありだってこと?」
武尊の言葉に熊は頷いた。
「もし、銀の器を狙っているならその可能性が高いだろう」
まあ、始めから狙ってない可能性もあるがなと熊は締めくくった。
「確かに、理由がなければ千穂を狙うこともないか」
ふむ、と武尊は考えるようにする。
「何しに来たか、聞き出せるのが一番なんだけどな」
啓太が頭を掻く。
「正直に話すわけないじゃん」
樹が突っ込む。啓太は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「とりあえず、あいつが霊感持ってるの分かったし、西側の出身だと分かったわけだし、今日は十分じゃない?」
武尊の言葉に皆は頷いた。
「今日は戻ろう」
五人は熊に礼を言うとまた壱華の結界に入って部屋に戻っていった。




