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 体育祭7

 ぴりと静電気が走るような感覚に襲われる。それに一瞬硬直した武尊はふと扉越しの会話を拾った。

『だったら、少し髪を分けてもらえるとかしないかな』

―髪を分ける?

どういうことだと思考に体は固まり続ける。

「武尊?」

隣の壱華が心配そうに声をかける。武尊はしっと口元に人差し指をあてた。

「なんか話してる」

そう言われ、壱華は扉に耳をつけた。武尊もまねて扉に耳をつける。

『髪?!』

「髪?」

千穂のひっくり返った声に、壱華が眉根を寄せる。

―何の話をしてるのかしら

とりあえずすぐさま千穂が危険な目にあうことはなさそうだと壱華は判断した。そのまま会話に耳を澄ませる。

『そう。髪は立派な呪具だよ』

―呪具として千穂の髪が欲しいのね

壱華はすぐさま轟の考えを理解する。視線をあげてみれば、武尊は分からないという顔をしていた。それに少し笑いたい気分になったが耐える。

『そう、なんだ』

千穂自身もよくわかっていないのか歯切れの悪い言葉を返している。

―しっかり!ちゃんと断って!

壱華は心の中で千穂を応援した。

『消耗品ではあるから、定期的に貰わないといけないけど』

『なんかめんどくさいなー』

―めんどくさいじゃなくて、断って!

壱華は危機感を抱く。この流れだとめんどくさくないならあげてもいいと言っているようなものではないか。それは良くないと壱華は唇をかむ。ひやりとした空気が下りてきて視線をあげる。ひっと悲鳴を上げそうになった。

―武尊、怖い

不機嫌だとしっかり顔に書いてある武尊がそこにいた。

―千穂が言ってたのはこれなのね

空気を支配する怒り。これは確かに恐ろしいと内心頷く。

『そうかな』

『うんー、一度で終わらないのがなー』

―だから、あげちゃだめなんだってば!

気持ちがはやる。空気がさらに冷たくなる。

―千穂!武尊怒ってる!怒ってるから!

しかし、心の声は届かない。

『髪の毛って、一回どれくらい必要なの?』

『二、三本あればいいかな』

『それだけでいいの?』

『それくらい、君の力は強いんだよ』

『じゃあ、いいよ』

プチっという音が壱華には聞こえた気がした。寄りかかっていた扉が突然前に開く。壱華は慌てて体を引いた。

 シャラン

だいぶ聞きなれてきた音が耳に届く。目の前で武尊が剣を構えていた。

「ダメに決まってるでしょう!」

―よくわかってらっしゃる

武尊の叫びに、壱華は内心何度もうなずいたのだった。


 後ろには壱華がいる。武尊の手にはあの金色の剣が握られていた。

「・・・どうして?」

千穂は困惑も含めてそんな言葉を口にした。武尊は説明を始める。

「そんな際限のない約束してどうするの。それに、同じことを企んでる人間に毎回おすそ分けしてあげるつもり?」

前例を作ることは良くないと、武尊は言っている。千穂は俯いた。

「だって、轟君、悪い人じゃなさそうだし」

足をプラプラさせてすねたような顔をする。

「悪くない人みんなに恵んであげるつもり?」

「それは―」

終わりのない話だと、言われて気づく。誰だって、強くなりたいものだ。それを、一度でも手を差し出したならずっと手を差し伸べ続けなければならないのだ。壱華を見やれば、壱華も頷いていた。千穂は俯く。

「じゃあ、どうしたらいいの?」

「どうって、追っ払うに決まってるでしょう」

しゃんと剣が鳴った。見れば武尊は剣を構えている。千穂は慌てる。

「待って!」

倒す必要はないと千穂は思っていた。彼は困っているだけで絶対的な敵ではない。だって、彼自体が揺れている。こんな荒っぽく失敗しそうなやり方で実行してしまうほどに。

「武尊には轟君は敵だって剣が言ってるの?」

そう言えば、武尊は顔をしかめる。

「―言ってないけど」

「じゃあ、倒さなくていいじゃん!」

―殺さなくてもいいでしょう?

 なるべく武尊には人を手にかけては欲しくなかった。それは難しい願いではあるけれども。

「降参」

二人がいがみ合っていると、真ん中に立っていた轟が両手を上げた。その潔さに、二人は目を丸くする。

「は?」

「僕は高野原さんを諦めます」

「信じると思ってるの?」

「君を相手に彼女をどうこうする気にはなれないよ」

僕だって、命は惜しい。と轟は笑った。

「高野原さんが、君にしかその剣が使えないって言ってたのがよく分かったよ」

「本当に?」

武尊は剣は構えたままに轟をにらみつける。

「諦めるよ。そして君たちと一緒に戦うよ」

「は?」

「そう言う約束だったんだ」

「待って?どういうこと?」

「あれ?聞いてない?」

轟は首を傾げた。

「君のお父様と約束したんだ。銀の器を手に入れるのに失敗したら、君たちの仲間になって一緒に高野原さんを守るって」

「は?」

武尊は剣を取り落としそうになる。それだけで彼がどれほど動揺したかが伝わってくる。千穂も頭の周りでクエスチョンマークを飛ばしている。

「―その約束、分が悪くない?」

「もちろん最初は守る気なんてなかったけど」

何回でもチャレンジするつもりだったよ?と轟は笑った。でも―と続ける。

「君相手に何度も挑戦するものではないなと思ったんだ」

武尊に向かって、轟はそう言った。

「別に帰ってもいいんじゃない?」

「それもありだとは思うけど、帰ったって居心地悪いだけだし」

「こっちの方が居心地がいいってこと?」

俺がいるのに?と武尊は眉を顰める。

「こっちの居心地はこれから知って行こうかな」

「のんきだな」

武尊は剣先を落としながらそう言った。しかし、視線は轟から外さない。

「えと、仲間?」

千穂はどうにかそう言葉を発した。轟はにっこりと笑った。

「そう、仲間」

「信じられると思う?」

あっちこっちに結界を張ってたくせにと武尊はまだ轟を疑っていた。

―今までの敵とは違うとは思ってたけど

悪意というか敵意がない。今までの敵からはビンビンに危険が感じられたが、轟からはそれを察知できなかった。

「本当そう」

千穂は笑った。

「私、轟君が仲間だったらいいなって思ってたんだ」

その笑顔に、轟は苦笑した。

「ばれてたんだ」

「体育館にいる熊さんに聞いたの」

灰色の一族は結界術が得意だって。にこにこと千穂は轟に歩み寄る。

「千穂!」

武尊の制止を無視して千穂は手を伸ばした。

「よろしくね」

「千穂~」

武尊は頭を抱えて座り込む。壱華もあっけにとられた顔をしている。轟は一瞬困った顔をしていたが、すぐに笑って千穂の手を握った。

「よろしく」

彼の顔には爽やかな笑みがあった。


 急いで集合場所へと走っていく。しかし、競技はもう終わっていて、四人はしずしずとテントに戻った。

「おーい千穂ー!」

声が掛かり千穂は落としていた視線を上げた。テントで優実が手を振っていた。千穂はぱたぱたと駆けよる。見れば啓太も樹も、未海も美緒も壱華の母も兄弟の母親もテントの際に立っていた。関係者は鋭い視線で轟を睨んでいる。

「優実ちゃん!」

「千穂ーどこ行ってたの?」

「扉が壊れて更衣室の中から出られなくなってたの」

「なにそれ、超災難じゃん」

「怖かったよー」

優実がよしよしと千穂を抱きしめ頭を撫でる。言い訳は当然武尊と壱華が考えてくれた。

「てか、なんで更衣室」

「練習で汗かいちゃったから着替えたくて」

轟が眉をハの字にして笑う。

「中から出られなくて高野原さんに助けを求めたんだけど、説明が遅れて二人して閉じ込められちゃったんだ」

「連絡手段は持ってなかったのかよ」

呆れたと大島が問いかけてくる。

「練習に邪魔だから持ってなかったんだ」

―本当は結界の中だったから圏外だったんだよね

千穂は優実の腕の中からちらと轟を見上げる。

―嘘が上手だなー

そんなことを思いながら見つめていた。

「心配したよ!怪我はないの?」

未海が詰め寄ってくる。千穂は一歩下がりたかったが、状況が状況でできなかった。

「平気だよ。元気!」

へらっと千穂は笑って見せた。

「本当、心配したんだから」

未海はぎゅっと千穂に抱き着く。長身二人に挟まれて、千穂は少々圧迫感に苦しんだ。

「それで、競技の方は?」

痛い視線を浴びながらも、轟は平静を保ち白々しく尋ねる。大島と優実が顔を合わせると、ニヤッと笑った。それで、なんとなく悟る。

「俺たちが代打で出て一番だった!」

な!と大島が機嫌よさげに優実を見る。優実もうんと頷いた。

「余裕の一番だったね!」

「でしょうよ」

武尊が他の出場者を憐れむようにそう言った。

「このままいけば、俺たちの勝ちだぜ!」

「このままいけるかな」

武尊は大きく張り出されている両チームの点数を見上げた。点差は30点ほど。

―うまくできてるもんだな

そのわずかな差に、武尊は感心した。

「ほら、そろそろ千穂を放して。先生にも帰ってきたって連絡しないといけないでしょう?」

あかりがぽんぽんと優実の腕を叩く。その動作に、優実はやっと千穂を解放した。

「斉藤も探してたから、顔見せてあげたほうがいいよ」

優実に言われ、千穂は頷く。

「行こうか」

轟が笑顔でそう言った。

「俺も行く」

見つけたって連絡する。と武尊が名乗り出る。それに大島がまた呆れた顔をする。

「だから、二人になってほしくないならさっさと付き合えって言ってるだろう」

「違うって何度も言ってるでしょう!」

武尊は余計なことを言うなと大島の足を踏もうとしたが、そこは華麗によけられてしまう。それに武尊は舌打ちした。

「違くないと思うんだけどなー」

「からかわない」

佐々木がポンとタオルで大島をはたく。それに、へいへいと大島は返した。

「またいなくならない?」

優実が離れても、まだ未海が離れていなかった。心配そうな顔に、大丈夫だと千穂は笑った。

「大丈夫だよ」

今度は武尊も一緒だし、と付け足すと未海はしずしずと千穂から離れた。

「じゃあ、ちょっと言ってくる」

心配をかけた面々に笑顔を残し、千穂は轟と武尊と人混みに消えていった。

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