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 体育祭4

「千穂がいない?」

 体育祭の進行係からまだ千穂と轟が集合場所に来ていないと連絡が入ったのは、武尊がテントに戻ってきた時だった。

「千穂、轟と二人三脚の練習するって言って、どこかに行っちゃったわ」

あかりが説明する。

「集合時間を間違えてるのかな」

佐々木がうーんと唸る。

「とりあえず、走れそうなところ探そうぜ」

大島は一人早く行動に移った。さっとテントから出ていく。

「せっかく頑張ってたのに、不戦敗はかわいそうだよね」

そんなことを言いながら、優実も探しに出かけた。その背を追おうとして、あかりは武尊に目を止めた。胸に手を当てている。

「―どう?危なさそう?」

「―今の時点では何も」

「そうなの」

あかりはちらと優実の背を見る。まだそう遠くには行っていない。

「結局、彼は敵なの?無関係なの?」

「よく分からないんだよね。怪しいところはあるんだけど」

「速く言ってくれれば行かせなかったのに」

「ごめん」

確証がなくて、と武尊は謝った。あかりはため息をついた。

「もしかしてと思いながら確認しなかった私も悪かったわ」

とにかく探しましょう、とあかりは優実の背を追いかけ始める。

「え、えと、私はどうしましょう」

未海が一人困っていた。眉がハの字になっている。そういうところはよく似ている姉妹だと武尊は思った。

「とりあえず、美緒さんたちにも連絡して探してもらえないかな」

「分かりました!」

未海もテントから飛び出して駆けて行く。未海を見た何人かの人間が彼女の方へ振り返っていた。

―未海たちに探してもらうのは目立ちすぎるかな

そう考えなおしたものの、もう未海は走って行ってしまった後だった。

「どうしたの?」

走ってく未海が見えたけど、とリレーが終わった壱華が武尊に尋ねる。

「千穂が集合場所に来ないんだって」

「なんですって?」

「轟に最後の練習に誘われたって」

「そのまま消えたの?」

「今のところそう」

「―外に出られてたら面倒ね」

壱華がすっと目を細めた。さすがは慣れているというべきか、冷静だ。

「啓太と樹にも手が空いてるなら探すように言っとくわ」

「頼んだ」

壱華は二人に連絡を取る為にさっと姿を消した。武尊はそれを見送って目を閉じる。剣は何も伝えてこない。

―危なくないってこと?それともまた気絶してる?

そっと胸に触れてみる。そこは静かだった。武尊自身危機感がない。

―まだ、無事ってこと?

希望的観測を抱く。しかし油断はしていられない。剣からの連絡を取りこぼさないように注意しようと思いながら武尊は駆けだした。


「千穂ー」

 後ろから壱華が叫ぶ声が聞こえる。

「これくらいの、小さな女の子なんですけど」

武尊も道行く人に千穂を見なかったかと尋ねて回る。しかし、目撃情報は一つも得られなかった。これが普通なのか、轟に何か弄られているのか武尊には分からなかった。

 運動場を出て開けている場所を手分けして探していた。未海と美緒が武尊と壱華と運動場を挟んで逆側を、運動場の中を啓太と樹が、という布陣である。

「逆サイドなのかな」

武尊は壱華にそう話しかけた。

「見た人が一人もいないって事はそうなのかしら」

二人して周囲を見渡す。人通りは多い。左を向けば小さなグラウンドがあるが、そこに二人は居なかった。

―本当にただ練習するつもりだったらここだと思ったんだけどな

まだバトンパスを練習している生徒もいるくらいだ。

―どこかに連れ去られた?

人が多いとはいえ学校という箱から出た今のこの状況は、千穂をさらうには好都合だと武尊は思った。

「剣は?」

壱華は短く尋ねた。武尊は首を横に振る。

「何も」

「そう」

長いわね。壱華はそうつぶやいた。武尊は頷く。

「そうだね」

―また意識を失ってるのか?

漆にさらわれた時は千穂の目が覚めるまであの熊を含めた妖たちは待ってくれていた。

―それも悪趣味だと思うけど

食べるなら驚きおののく姿を見ながらがいい。そういう考えだったのだろうと武尊は当たりを付けていた。

―今度はどうだろう

鋭く目を細める。空気がぴりついたことに武尊本人は気づいていない。

「とにかく探しましょう」

壱華に促され、武尊は思考から帰ってくる。

「そうだね」

剣が何かを知らせてくれるまで、地道に探し続けるしかないのだ。武尊はまた運動場に背を向けて千穂を探し始めた。


「いないねー」

 ぎーっと扉を閉めながら樹がため息をついた。

「こんなに目星がつかないのって初めてじゃない?」

「そうかもな」

啓太がきょろきょろと廊下を見渡しながら答えた。観客席の中にある更衣室やらなんやらを啓太と樹は片っ端からあたっていた。しかし、どの部屋にもいない。

「中は、千穂の友達も探してくれてるんだよな」

啓太が記憶を漁ってそんなことを言う。

「確かそうだけど」

テントに戻ってきたり、集合場所に来たら連絡が入るようになってるよ、と樹は話す。啓太は考える風にする。それに気づいて、樹は長身の兄を見上げた。

「何か思うことでもあるの?」

「いや、やり方が乱雑だなと思って」

「どういうこと?」

樹は眉を顰める。啓太は視線を横に流したまま答えた。

「あかりって子に、目撃されるやり方を取ったこととか」

「まあ、自然と轟を疑うよね」

「他にさらわれた可能性はないのか?」

「轟じゃないってこと?」

「まあ、今の時点で一番怪しいのは轟だけどな」

「じゃあ、その線で動くでしょう」

水を差さないでと樹は薄暗い廊下を歩きだす。啓太はその背を追った。


「いなかったよ」

 さすがに女子更衣室には入れない為、大島と佐々木は優実に捜索を任せていた。一通り部屋の中のロッカーまで調べた優実が更衣室から出てくる。男子更衣室を先に調べ終えていた二人は廊下で優実を待っていた。

「どこ行ったんだろうな」

てか、中探してて見つかるのか?練習するって言ってたんだろ?と大島はため息をついた。佐々木も少々疲れてきているようで、どちらかと言えば普段から無表情な顔をしているが、今は能面のようだった。優実も困ったように眉根を寄せていた。そんな三人に走り寄るのはあかりだ。

「先生に言って、放送かけてもらうことにしたわ」

「それがいいかもね」

 こんなにきれいにいないなんて怪しいもん、と優実は肩をすくめた。

「変な奴に攫われてなかったら良いけど」

「人攫いかよ」

大島が物騒だなとつぶやく。

「まあ、経営者の子供とか多いのは事実だから、狙われることもあるのかもね」

佐々木も考える風にする。

「でも、轟がいたのによく攫えたな」

佐々木はそうつぶやいた。

「だよなー、二人していないって事ことは二人ともってことだろう?」

危険だし目立ちそうだよな、と大島が壁から背を離す。

「とりあえず、次の部屋探そうぜ」

こっち半分は俺たちの分だ、と大島が歩き出す。三人はそれを追って速足で歩き始めた。


「どうしよう」

 未海は泣きそうな顔をしていた。それを美緒が叱咤する。

「ほら、探して」

背を手で押して止まっている足を動かせる。未海は一度美緒の顔を見たが、すぐに気を取り直すと道行く人に尋ね始める。その姿を眺めて、美緒はため息をついた。

―まさか、姿を消すなんて

油断していたと素直に思う。友人たちも近くにおり、壱華や武尊もそばにいるから安全だろうと高をくくっていた。空を仰ぐ。雲一つもない快晴だ。それが憎らしくもある。

 耳を澄ませば、中の放送が外に漏れているのが聞こえて来た。

『高野原さん、高野原千穂さん。轟さん、轟琉聖さん。至急本部までいらしてください』

―これで見つかるだろうか

もっと、迷子の放送の時のように特徴を話して不特定多数に探してもらった方がいいような気がした。

―お友達も探してくれてるのよね

それは心強いと思う。探す人間は多い方がいい。美緒はきょろきょろとあたりを見渡す。人は多い。出入りも激しい。この会場の中にいるのかもう外にいるのかも分からない。

―今更かもしれないけど、壱華ちゃんに結界を張ってもらった方がいいかしら

外に出られないようにする結界だ。今の自分にはこの会場を包んでしまえるほど大きな結界は張れない。壱華にもできるか怪しい。しかし、頼んでみるしかない。美緒は携帯に手を伸ばした。

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