体育祭3
「まったくぶつぶつとうるさくて」
壱華はテントの中に腰を下ろしてため息をついた。
「うちのお母さんもお姉ちゃんのこと心配してたよ」
「心配されてるの?!」
「そりゃそうでしょ」
武尊がまだタオルで顔を仰ぎながら表情も変えずに姉妹の会話に入り込む。千穂はその言葉が気に入らなくてむくれる。
「・・・だから、怖くないよって」
武尊はちらと千穂の顔を見てからそう言った。何か言い返してやろうと千穂が口を開こうとした時、一際明るい声が響いた。
「武尊ー!ここにいた!!」
その声に武尊が固まる。その反応だけで千穂と壱華は誰がやってきたのかを悟った。
「武尊!聞こえてるでしょ!ちゃんと反応しなさいよ!」
「奥様!目立ちますよ!」
「いいじゃない別に。金髪の時点で悪目立ちしてるんだから」
その会話に、武尊は両手で顔を覆った。
「もう嫌だ」
「どうしたんだよ二階堂」
呼ばれてるぜ?と大島が不思議そうにする。武尊が一向に動かないものだから、大島が代わりに振り向いた。そして、またも固まる。
「え!誰!あの美人!!」
「・・・・・・」
「・・・顔をよく見たらわかるんじゃないかな」
無言の武尊に代わって千穂が答える。大島は目を細めてじっとその人を見た。肩にかかるほどのまっすぐの髪に、はっきりとした顔立ち。大きな目は少々きつめだ。
「!二階堂の姉ちゃんか!!」
「あれ?一人っ子じゃなかったっけ」
「親戚の!!」
佐々木の言葉に、大島は答えを変えた。見れば、武尊が力なく首を横に振っていた。
「あれ、母親」
その声は消え入るように小さかった。案の定、大島が音を立てて固まる。佐々木も顔を強張らせた。
「えと、誰だって?」
先に佐々木が現実に戻ってきて問いかける。やはり聞き間違いだと思ったらしい。武尊はまた蚊の鳴くような声で言った。
「母親。俺を産んだ人。母さん」
声は小さいが理解をさせようという意思はあるようだ。何度も言い換えて理解を促す。
「・・・―若いね」
あははと佐々木は力なく笑った。武尊は顔を手の平で覆ったまま続ける。
「大卒でその後ぷらぷらしてて、父さん落とすのに数年かけてる」
「あーそんなに年齢は特別若いわけじゃないんだ?」
こくんと武尊は頷いた。
「本当、化け物」
「あ!なんか今悪口言ったでしょう!!」
テントの外にいる陸が声を上げた。それを美由がどうにかなだめようとする。
「奥様!あとからでもお話しできますよ!今は離れましょう!!」
「え?今も後も同じよ」
取り付く島もない。美由が力なく撃沈していくのを子供たちは気配で察した。が、未海だけは違った。
「武尊さんのお母さん、美人だね!」
そりゃ武尊さんも美人になるよね!と瞳をきらめかせる。武尊はまだ力が入らないようで無言で首を横に振った。
―美緒さんの方がよほど素敵だ
あれはただ容姿が整っただけの子供だと武尊は判断していた。
「あ、ごめんなさい。武尊呼んでくれない?」
陸は誰かに声をかけたようだ。武尊?と聞き返す声が聞こえた。
「二階堂武尊。ほら、そこにいる金髪の」
それで声を掛けられた誰かさんは察したようだった。
「二階堂~!呼ばれてるぞ!」
同じクラスの男子からの呼びかけに、武尊は意を決したように立ち上がった。不機嫌極まりない顔でずかずかと歩いて行く。
「ここ、生徒しか入っちゃダメなんだけど」
「そんなの無視するためにあるようなものでしょう?他の人だって入ってるし」
からからと陸は笑った。
「で、何」
また美由さんに迷惑かけて、と武尊はため息を吐く。
「顔見とこうかと思って」
「顔なら夏休みに見たでしょう」
「だって、あんたがこんなにいない夏休みなんて初めてだったもの」
寂しかったわ~と今度は陸がため息をついて見せた。
「父さんとどこか出かければよかったじゃん」
「貴昭さんは忙しいの」
なのに今年は武尊までいなくて、と陸は泣きまねを始めた。
「それで、高校の体育祭は楽しめてるの?」
「とっても!」
武尊の話題転換に、陸は泣きまねを取りやめぱっと輝かしい笑顔になる。
「若い子がたくさんいるっていいわね!」
こう!エネルギーに溢れてるわよね!と陸は武尊に向かって力説する。
「楽しめてるなら何より」
「さっきのリレー惜しかったわね」
「見てたんだ」
「もちろんよ!」
あんたを見に来たんじゃない、と陸は笑った。そう言われれば、武尊の仏教面も少し緩んだように見えた。
―嫌がってるのも照れ隠しなのかな
千穂は抱え込んだ膝の上にちょんと頭を乗せながら二人の様子を見ていた。
「他にはどれに出るの?」
陸はパンフレットを開いて武尊に見せる。武尊は素直にこれとこれとと指さして教えていく。陸は一つ一つに頷きながら印をつけていた。その様子を、美由が嬉しそうに見ていた。
―幸せな家庭の図だな~
家政婦さんがいることを除けば普通の家族だ、と千穂は付け足す。一通り武尊と接触して満足したのか、陸は手を振って去って行った。武尊はげんなりとした顔で戻ってくる。そこで大島が我に返る。
「しまった!二階堂の友達ですって挨拶するの忘れてた!!!」
「いいよ、またうるさくなるだけだから」
武尊は心からよしてくれと思っている口調で言った。
「挨拶は置いておいて、そろそろ二人とも行けば?また走るんでしょ?」
「その言い方、なんか馬鹿にされてる気がする」
「まさか」
佐々木が二人を促す。武尊と大島は立ち上がって集合場所へと姿を消した。壱華も時計を見て立ち上がる。
「私も武尊たちの次だから」
そう言い残して壱華も去って行った。
「高野原さん」
声が掛かる。千穂が上を向くと轟が見下ろしてきていた。
「最後にもう一度確認しとこうかと思って」
そう言って、手に持った紐を持ち上げて見せる。それに千穂は最後の練習がしたいのだと理解して立ち上がった。あかりは戸惑う。見送っていいものだろうか。武尊の平素の反応からして一般人ではないのだろうとあかりは思ってはいたが、ただのやきもちにも見えて完全に黒だとはできていなかった。それに対して未海は興奮していた。
「え?誰?超かっこいい!!」
「あ、えと、クラスメイトの轟君」
「そうなんだ!私、高野原未海って言います!」
お姉ちゃんがお世話になってますと千穂にとっては面白くないことを言う。轟はふふふと笑った。
「高野原さんの妹なんだね」
可愛いねと笑顔で言われ、未海は顔を赤らめた。
「千穂」
轟の注意が未海に向いているうちにとあかりは千穂を呼んだ。千穂は視線を落とす。目で大丈夫なのかとあかりは訴えるが通じない。
「練習どうするの?」
「あー、どうしよう」
小声で交わす。ちらとあかりは轟を見る。
「お姉ちゃんと二人三脚するんですか!」
大変でしょう?と未海はまた千穂にとって面白くないことを口にする。
「み―」
未海!そう声を荒げようとして千穂は失敗する。
「最後の確認で練習しときたいなと思って」
来た!と千穂は体を強張らせる。轟はにこにこと笑っている。そこに悪意は感じられない。危険は感じない。それもあかりは感じ取ったようでニコッと笑った。
「武尊たちには私から伝えておくわ」
「あ!えと、お願い!」
千穂はぱたぱたと轟の背について行く。―当然、ただでは済まなかった。




