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 体育祭2

 天気は良好、体育祭日和というものだ。千穂は生徒用のテントの中でまぶしげに青空を仰いでいた。―観客席には日よけがない為、生徒用にテントが張ってあった。

「あ!いた!お姉ちゃん!」

その声は妹の未海のものだ。千穂は後ろを振り返った。

「よく分かったね」

ここが、と千穂は感心したような顔をしている。未海はそれに呆れたという顔を返す。

「だって、高校生のテントここでしょ?」

クラスも少ないし、と未海は見つけて当然という顔だ。千穂はそれに顔をしかめる。

―また馬鹿にして

姉の威厳を見せてやろうと口を開こうとしたが未海の方が速かった。

「壱華はたくさん出てるんだね」

未海は体育祭のパンフレットに目を通していた。何やら書き込んであるから、誰がどの競技に出るかメモしてあるのだろう。千穂がパンフレットを覗き込むと、案の定マーカーで線が引いてあった。

「壱華ちゃんは、足速いからね」

「なんか、走るのばっかりだね」

「樹はダンスがあるって言ってたよ」

「見たいなー」

未海は視線をパンフレットから外さない。自然と千穂もパンフレットを見続けた。不意に、パンと空砲が鳴った。二人は顔を上げる。リレーで大島がスタートダッシュを決めたところだった。

「お姉ちゃんのクラスは何色?」

「青」

「速いね」

「バスケ部だからね」

大島から武尊にバトンが変わる。バトンパスが流れるように決まって、千穂はほけっと見惚れた。

「すごい」

体育館での練習と言っても限界がある。みんなあんなにスピードなど出ていなかったと千穂は思い返す。

「武尊さんも速いねー」

「運動神経良いから」

そう言えば、体術武術は一通り習ったとか言ってたっけ。千穂は武尊の言葉を思い出す。

―一通りってなんだ、一通りって

言い方からして複数のもの習っていたことは推測できる。そして、それをこなせるのが武尊なのだ。

「神様は不平等だ」

「千穂ー!ジュース買ってきたから分けようよー!」

明るい声が唇を尖らせている千穂にかかる。優実だ。見れば、両腕にペットボトルを抱えていた。

「あれ?どなた?」

優実が未海に気が付いて首を傾げる。瞳は興味津々と輝いていた。うるさいことになると思いながら、千穂は優実に紹介した。

「妹の未海だよ」

「初めまして」

未海はペコっと頭を下げた。優実の瞳が一層輝く。

「千穂の妹ちゃんか!私は千穂の友達で、山田優実って言うんだよ」

にこにこと笑いながら未海に近づく。

「ジュースたくさん買ってきたから一本上げるよ。どれが好き?」

優実はどうしてそんなに買ったんだと思わせるだけのペットボトルを抱えていた。未海は困った顔をしていたが、受け取るよう千穂が促す。

「もらっちゃいなよ」

「そう?」

「遠慮しないで」

ね!と優実は笑った。それに未海はおずおずと手を伸ばした。

「じゃあ、オレンジジュースを・・・」

「どうぞどうぞ」

未海は、ありがとうございますとペットボトルを受け取った。

「千穂の妹って言うから、もっと小柄な子想像してたよ」

「ちっちゃくないもん!」

「よく言われます、似てないって」

千穂の叫びは無視されてしまった。

「今のところは似てないね」

「今のところというのは?」

「一緒にいて、中身も分かってきたら似てるところ見つかるかもと思って」

「なるほど」

どこか似てるところあるかな、と未海は考え始めた。そこにあかりが駆けてくる。珍しく息を切らしていて余裕がない。三人の前で止まると、ゼーハーゼーハーと息を整えながら言った。

「優実、あなた、次の競技出るでしょう?探されてたわよ」

「うわ!まじ!」

ごめんと言い、優実は腕に抱えているペットボトルに狼狽する。それに気づいた未海が手を伸ばす。

「あの!それ!預かります!」

「え!まじ!ありがとう!!」

優実はたくさんのペットボトルを未海に預けると慌てて走って行った。それを見送っても、あかりの息切れは治まらなかった。千穂が心配そうに話しかける。

「あかりちゃん、大丈夫?」

「ええ、ちょっと、頑張って走りすぎちゃったわ」

無理するものではないわねと困ったように笑う。

「この人もお友達?」

未海がこそこそと千穂に尋ねてくる。それに千穂は頷いた。

「そう、あかりちゃん。優実ちゃんとあかりちゃんといつもお昼一緒に食べてるの」

千穂もこそこそと返す。こそこそ話をしていると、あかりの息は整ったようだった。

「はあ、疲れた」

笑いながら額に浮いた汗を手の甲でふき取る。そして、未海に視線をやると、柔らかく笑んだ。

「千穂のお知り合い?」

「あ、えと、妹の未海です」

「あら、妹さんだったの?」

あかりは目を丸くした。身長が160を超える未海をあかりは見上げなければならず、自分より小さな千穂は見下ろさなくてはならない。あわただしく視線を千穂と未海の間を行ったり来たりさせる。

「似てないでしょ?」

千穂が苦笑して言った。

「確か、似てないって聞いたことはあったけど、こんなに違うとは思ってなかったわ」

そう言ってから、はっとあかりは口元に手を置いた。

「ごめんなさい、気を悪くさせちゃったわね」

「いいえ、よく言われるんで気にしないでください」

未海が苦笑で答えた。それを見て、あかりは笑った。

「でも、そうやって笑ってると姉妹って感じもするわね」

「そう?」

千穂は首を傾げた。

「ええ、どことなく」

「そんなふうに言われるのって珍しいよね」

未海が千穂を見下ろす。千穂は未海を見上げる。

「そうだね、似てないって笑われることが多いからね」

「そうなのね」

あかりはくすくすと笑った。そして、未海の腕にあるペットボトルを指さす。

「優実が持ってたそれ、なんなの?」

「よく分からないけど、買ってきたみたい」

「めんどくさいし、よくお金足りたわね」

「親が友達に持ってけってお小遣いくれたんだと」

未海の後ろから、少年のものだとすぐに分かるたくましい腕が伸びてくる。その腕はスポーツドリンクを取った。大島だ。

「あー疲れた。惜しかったなー」

「そうだね」

佐々木が頷く。佐々木の横で、武尊がタオルをぱたぱたと振って顔に風を送っていた。

「リレー、惜しかったの?」

「ああ、二位だった」

千穂の質問に大島はペットボトルのキャップを開けながら答えた。

「そうだったんだ」

―スタートの時は一番だったのにな

千穂はそう思うにとどめた。

「帰ってくる途中で優実に会ったの?」

「そうそう、親の金でジュース買ったから飲んでくれってさ」

あかりが大島に問いかける。事情を知っていたことを不思議に思ったらしい。大島はごくごくとのどを鳴らしながら視線をふいに下して固まる。動作は止まるがジュースの流れは止まらない。当然むせることになる。

「げほっ!ごほっ!」

「何やってるの?」

まだタオルをぱたぱたとさせている武尊が呆れた顔をする。大島は涙目で口元をぬぐった。

「いや、誰が飲み物持ってるか確認せずに取ったから知らない人間だって気づいて驚いた」

そう言われて武尊も視線を動かす。そしてああ、と声を上げる。

「未海、来てたんだ」

「あれ?お姉ちゃんから聞いてませんでした?」

「聞いてないよ?」

武尊は千穂を見る。あははと千穂は笑った。

「伝えることのほどでもないかなと」

「まあ、確かに?」

武尊は首を傾げた。うーんと考えた後、付け足した。

「でも、やっぱり教えてほしかったかな」

「ごめんごめん」

「いや、待てって!」

千穂と武尊の会話に大島が割り込む。非常に慌てた顔をしている。

「高野原の妹なのか!?」

「そうだよ」

「妹の未海です」

初めまして、と未海は改めて頭を下げる。その頭をぽけっと大島は見つめていた。そしてばっと未海に背を向ける。なにやらぶつぶつとつぶやいている。

「高野原が可愛いから、てっきりかわいい系かと」

「いや、でも、これはこれであり」

「てか、高野原はどうせ二階堂と付き合うんだろ?」

「妹はフリーなのか?」

「俺もジュース貰うね」

ぶつぶつつぶやく大島を背に、佐々木が未海からジュースを一本引き取る。それを手首を返し持ち上げてこつんと大島の後頭部を叩いた。

「いで!」

「ペットボトルがそこまで痛いわけないでしょ」

佐々木は大仰にため息をついて見せた。

「ジュース、皆でもらって、余ったやつは配っちゃおうか」

佐々木の言葉に、各々が未海の抱えるジュースに手を伸ばす。未海が優実からもらったオレンジジュースを覗いて未海が持っているペットボトルが一本になった。これを誰に渡そうかと考えていると、不意に声が耳に届く。

「もう、うるさいんだから」

文句をこぼす声だった。皆が視線をそちらにやると、壱華がテントに入ろうとしているところだった。

「あ、壱華」

未海の声に、壱華が千穂たちに気付く。何人もの視線が集まっていることに気付いた壱華は固まった。

「えと、何かしら」

困ったような笑顔を壱華は返す。大島がぐっと手を握ったが、足を佐々木に踏まれてすぐにその手は下りた。

「あのね、壱華これ貰ってくれない?」

未海が余った一本を壱華に差し出す。壱華はそれを受け取る。

「ありがたいけど、どうして?」

「優実ちゃんが、ご両親からお金貰ったからってたくさん買ってきたの」

千穂が説明をする。壱華はそうなの、と頷いてきゅっとペットボトルを開けた。それをごきゅごきゅと音を立てて飲む。首筋を伝う汗がとてもきれいに見えた。自然と皆が見惚れる。

「はあ、生き返るわね」

笑顔で皆の方を見ると大体が呆けている顔をしていて、壱華はまた戸惑った。

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