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5.体育祭1

『お母さんと、壱華のお母さんと、啓太と樹のお母さんと四人で体育祭に行きます。

皆によろしく伝えてね。


武尊さんの言うことちゃんと聞かないとだめだよ!』

 最後の一文は余計だと、千穂は未海からのメールを見てため息をついた。

「そもそも武尊の言うこと聞いてたら、轟が悪者になっちゃう」

ぐでっと自室の勉強机の上に伸びる。

―武尊さんの言うことちゃんと聞かないとだめだよ!

「分かってるもん」

―あいつと仲良くしろよ

夏休みの光の言葉を思い出す。

「分かってるもん」

―分かってるけど―

「轟は本当に敵なのかな」

 ここまで何も危険なことなどなかった。むしろ夜の学校を積極的に歩き回って、見つかれば反省文ものだ。

―自分たちから危ないことしてるだけだし

千穂はうーんと唇を尖らせる。

「轟は優しいし」

光輝くような笑顔を思い出し、それはそれで顔をしかめる。

―まあ、あの笑いが胡散臭そうと言われればそうかも?

あんなにきれいな笑顔見たことがないと千穂は考える。

―悔しいなら、武尊も日ごろから笑えばいいのに

あの笑顔は可愛いと、千穂は少しご機嫌になる。

―それをいつもむすっとしてるから

だから怖がられるのだ。千穂はそう帰結させ、満足したのか机の上に倒していた上体を起こす。

「ま、いいか」

何かあれば武尊が守ってくれるしと、本人がいれば何百匹もの苦虫を噛み潰したような顔をするであろう言葉を思い浮かべ、千穂は思案するのをやめた。


「わっ!できた!」

 体育館の中を二人三脚で一周できた千穂はぱあっと花が咲くように笑った。隣で轟がにこにこと笑っていた。

「やったね!」

「うん!できた!」

千穂は笑顔のまま轟の顔を見上げた。それにあのキラキラ輝いているのとは違う爽やか笑顔が振ってくる。

―あ

―轟は本当ならこんなふうに笑うんだ

千穂はぽけっと轟の顔を見つめた。それに気づいているのかいないのか、腰をかがめて紐をほどき始めた。

「まさかここまで走れるようになるとは思ってなかったなー」

「轟君が上手なんだよ」

優しいし、と心の中で付け足す。結んであった足をプラプラと揺らして何も異変はないことを確認する。

「私、こんなに走れたの初めて」

「―それはよかった」

今の間は何だったのだろうと千穂はもう一度轟の顔を見上げた。しかし、顔にはいつも通りの輝く笑顔が張り付けてあるだけだった。それをじっと見つめていると、今度は困ったような顔になった。

「そんなに見つめられると照れるなっ!」

「やったな!」

どすっと轟に体当たりする男がいる。大島だ。千穂は二人をぽけっと見つめていた。

「これで男女混合競技はいただきだぜ!」

大島は今度は轟と肩を組んだ。千穂はそう言えばとあたりを見渡す。

「どうしたの?」

そう問いかけて来たのは武尊だった。今日のペットボトルに入っているのはお茶だ。この前の間接キス騒動を思い出して、千穂はカッと顔を熱くさせる。武尊の視線から逃げるように俯いた。

「どうしたの?」

武尊は何も答えない千穂に訝し気に眉を寄せた。

「あ、えと、壱華ちゃんのクラスの二人三脚の人は練習してないなと思って」

「そう言えば見かけないな」

大島が轟の肩に腕を回したまま辺りを見渡す。

「練習する必要がないくらいうまいのか、端から諦めているのか」

佐々木がどっちだろうねと大島を見上げた。

「まあ、どっちにしろ、これは俺たちが勝ったろう」

「リレーの調子はどうなの?」

千穂はそっちはどうなのかと尋ねた。大島は顔を陰らせた。

「本番にならないと分からないな。見たとこ差はないからな」

二階堂と山田がいるんだけなーと大島はぽりぽりと頭を掻いた。

「あっちにも運動できる帰宅部がいるって事でしょ?」

佐々木がまだ体育館の外周を走っている隣のクラスの選手を見回す。運動のできる帰宅部を探しているようだ。そんなの探して見つかるのかと千穂は佐々木の視線を追った。

―だめだ、誰が誰だか分からない

壱華しか隣のクラスに友人のいない千穂は注意を払ってはこなかったので、生徒を覚えてはいなかった。自然と視線は自身のクラスメイトへと戻ってくる。

「なにこれ、逆ハーレムもの?」

「ぎゃくはーれむ?」

「・・・・・・千穂は分からなくていいんじゃない?」

うーんと伸びをしながら近づいてきた優実の言葉に千穂は首を傾げる。隣で武尊が苦々しげな顔をしていた。

「本当だ、紅一点だな!」

気づいてなかったと大島が笑う。言われればそうだねと佐々木も頷いている。轟は困ったように笑っていた。

「千穂、すごかったわね」

あかりがふわふわと笑いながら褒めてくれる。千穂はえへへと笑った。

「二人三脚とか、こんなに走れると思ってなかった」

優実がよしよしと頭を撫でてくる。

「千穂の努力の賜物だね!」

「そうかな~」

「そうだよ」

優実の言葉に相好を崩していると、轟が千穂を褒め始める。

「高野原さんって努力家なんだね」

すごく頑張ってたもの、と輝く笑顔で言い出す。千穂は照れくさくてえへへと笑っただけだった。そしてすぐに顔を引き締める。こういう会話をしていると武尊の機嫌が悪くなるのが常だからだ。慌てて武尊の方を見上げると、武尊は軽く目を丸くしていた。

「まさかここまで頑張るとは思ってなかった」

それは武尊の正直な気持ちだったのだろう。

―そりゃ、人任せにすることも多いけど

常日頃の他力本願は棚に上げてむくれる。膨らませた頬を優実がちょいちょいとつつく。

「相変わらずの柔らかさ」

「優実は本当に千穂のほっぺが好きね」

「この弾力の良さは癖になるよ」

「もう!やめてよ!」

子ども扱いされているようで、千穂は怒りながら優実の手から逃れた。優実が悲しそうな顔をする。

「ええ~逃げないでよ~」

「逃げるよ!」

嫌だもん!と千穂は懲りずにむくれる。

「その顔やめればいいのに」

武尊が呆れた顔でつぶやいた。そうだねと、轟だけが苦笑していた。


「なんかいい人な気がしてきた!」

 いつもの集会で、千穂はそんなことを言い出した。武尊が頭痛でもするのか額に指を添えてため息をついた。

「・・・まあ、教え方とかうまそうだし」

確かに、口説き落とされてもしかたないかもしれないと武尊は思った。

「よく千穂と根気強く練習できてるよね」

「ちょっと!それどういうこと!!」

武尊の言葉に千穂がかみつく。ちらと、武尊は千穂を横目に見た。その呆れたような光に、千穂はぐっと身構える。

「俺なら一人で走り出しそうだなと思って」

「それじゃ二人三脚の練習にならないよ!」

「・・・・・・だから、俺なら一人先にあきらめそうだなってこと」

「武尊は私を見捨てるの!?」

「まあ、そうしそうだなって」

「見捨てないで~」

「そう言う話じゃないから!」

縋りついてくる千穂に、武尊は慌てる。仮定の話でしょ!と言い含められて、千穂はやっと武尊に回した腕をほどいた。

「武尊に見捨てられたら死んじゃう~」

「見捨てないから!ちゃんと守るから!」

なんでこうなるんだと少々嘆きながら武尊はそう断言した。千穂はえぐえぐと泣きながらちらと武尊を見上げた。

「武尊、千穂を泣かした~」

ぴょんと、武尊の膝に乗っていた碧が肩に飛び乗りながらからかった。

「うるさいな」

「わ!」

武尊は碧の丸い手先を払った。碧はこてっと武尊の膝に落ちる。千穂は、涙目で武尊を見上げた。

「本当?」

「本当だって。約束したじゃん」

「じゃあ、大丈夫!」

輝かんばかりの笑顔に、武尊はさっきのは絶対にウソ泣きだと思った。

「で、武尊から見て轟はいいやつなのか?」

 啓太が話題を切り替える。武尊は啓太を見てから視線を落として考えだす。

「―悪い人間か良い人間か聞かれたら、良い人間の部類に入ると思う」

俺なんかよりよほど愛想がいいし、千穂にも付き合ってるし、と付け足すことも忘れない。

「でも、それは千穂を狙わない理由にはならない」

「良い人の方が悩むこともあるだろうしね」

樹が会話に参戦してくる。

「良い人で、努力家で。だったら余計悩みそうね」

壱華がため息交じりに口にする。

「自分ばかりが弱いんでしょう?」

そりゃ悩むわよね、と締めくくる。

―轟が良い人に格上げされてる

千穂は目を丸くして武尊を見つめていた。

―あんなに胡散臭いって言ってたのに

「何?」

目を丸くして見つめられて、居心地のいい人間などいない。武尊は千穂にそう尋ねた。

「いや、あんなに胡散臭いって言ってたのになって思って」

武尊はソファに体を預けた。

「胡散臭いとは思うよ。あいつ、笑いたくない時でも笑ってるじゃん」

―そういう意味で、胡散臭いって言ってたんだ

 武尊に言われて、千穂は今日の轟の笑顔を思い出す。爽やかな、人好きしそうな笑顔だった。あれが、きっと本当の、心からの笑みというやつだ。それが自分に向けられたことが千穂は誇らしくなってきた。

―そんなに喜んでくれたんだ

―やっぱり優しい

―悪い人じゃない

千穂の中で確信が生まれてくる。

「どうせなら、轟も味方になってくれたらいいのに」

「それは話が速いよ」

武尊が笑いながら言う。

「でも、良い人じゃん」

「人としてはね。それは敵じゃないとイコールじゃないから」

むーと千穂はむくれる。その頬に、武尊は利き手を伸ばした。親指と残りの四本の指を両頬に添える。軽く力を入れるだけで、千穂の頬は収縮した。それを認めて、武尊は手を離す。

「千穂はよく頬を膨らませて見せるけどさ、全然怖くないよ」

まあ、不機嫌なのは伝わってくるけど。と付け足す。

「不満の意思表示だから、別にいいんです」

千穂はふいと顔をそむけた。―まさか触られるとは思っていなかった千穂は、内心動揺していた。

―今の、言葉だけでよくない?

―ほっぺ、つぶさなくてもよくない?

どきどきと心臓はうるさい。

―大体、この前だって間接キスになるって分かっててペットボトル渡してきたし

武尊は変だと、千穂は結論付けた。

―最近の武尊は変だ

轟と話すだけで機嫌が悪くなるところとか、いくら怪しいからって食堂まで部屋着のまま飛び出してくるところとか、口が滑ったとはいえ千穂にかわいいと言ったこととか。挙げればきりがないと千穂は思った。思い出したことが思い出したことだったため、顔がまた少し熱くなる。そんな顔を見られたくないと、千穂は首を横に振った。

「何してるの?」

また武尊から声が掛かる。千穂は不機嫌な顔を装って武尊から顔をさらにそむけた。

「別に」

「また、武尊が千穂を困らせてる」

碧はけたけたと膝の上で腹を抱えて笑った。武尊はむっとして視線を落とす。ぬいぐるみは表情などないくせに、手で腹を押さえ足をじたばたさせて全身で面白さを表現していた。

「・・・碧、つまみ出すよ?」

「それは嫌だな~」

はあ、と一息つきながら碧は笑うのをやめた。

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