1.実験1
「は?」
あかりからの報告に、武尊は間抜けな声を上げた。佐々木は吹き出し、大島は面白そうに武尊を見ている。
「編入生が来る?」
俺以外に?と武尊は顔をしかめた。あかりは頷いた。
「ええ。何でも良家のご子息なんだとか」
ちょっと、経営者とかじゃないみたいよ?ご両親。とあかりは付け足す。
「聞いてない」
「いや。息子にいちいち教えないだろう」
「そもそも、経営に加担してるからって、編入してくる生徒なんて把握してるものかな」
大島と佐々木は武尊をなだめるつもりなのか怒らせるつもりなのか分からない。武尊はいいやと首を横に振った。
「あの男は絶対全部把握してる」
そもそも
「最低でもこのクラスの奴は絶対全員把握してる」
「なんでそこまで言い切れるんだよ」
大島がぐっと顔を近づけてくる。まさか、千穂がいるからとは言えない。武尊はのんきにオレンジジュースを飲んでいる千穂をちらと見てから大島に視線を戻した。
「何年あいつの子供やってると思ってるの」
「まあ、お父さんやり手みたいだし。自分の息子の周辺くらいは完璧に把握してるかもね」
「俺たちのこと知ってるってことか?」
「その可能性もあるね」
佐々木は大島の言葉に頷いた。はーと大島は感心したような声を上げた。
「お前の父ちゃんこえーな」
「だから、そう言ってるじゃん」
「でも、またうちのクラスなんだね」
優実がポテトチップスに手を伸ばしながら口を開いた。柚葉に体を貸していた優実だったが、体調に変化はない様だ。よかったよかったと千穂だけではなく武尊とあかりも思っている。
「それもそうだな」
大島が腕を組む。
「まあ、どっちでも俺はいいけどね」
佐々木は興味が失せたのか携帯を取り出した。武尊は不機嫌そうにむすっとしたままだ。
―武尊が聞いてないってことは、千穂には関係ない編入生なのかしら
あかりは千穂を見ながらそんなことを思う。見られている千穂はと言えば、だいぶ大島と佐々木には慣れてきたようで、二人が会話に入ってきてもびくびくしなくなった。今の話が自分には関係のないことのようにオレンジジュースのストローをくわえている。
―もう少し、危機感を持った方がよさそうだけど
と思わないでもない。あかりは小さくため息をついた。
「まあ、そういうことだから」
あかりはそう締めくくった。
「でも、また男か~。女がいいな~」
そう言う大島に優実が笑った。
「本当、自分の欲に忠実だね」
「山田に言われたくない」
「確かに」
優実は大島の言葉を否定しなかった。優実はにかっと千穂に笑いかける。危険を感じ取った千穂は、床を足で押して椅子の後ろ脚に体重を移し前に座っている優実から距離を取った。
「お?それで逃げたつもりか?」
優実が立ち上がって千穂の頬をつついてくる。千穂はその手を払った。
「やめてよ」
「ほら優実、お菓子がこぼれるわよ」
あかりがポテトチップスを優実から守りながら言った。
「おっと」
優実は倒していた上半身を起こして椅子に座った。またポテトチップスに手を伸ばす。それを口に入れながらもごもごと話す。
「楽しい奴だったらいいな」
「優実、お行儀が悪いわよ」
「はーい」
優実はごくりとポテトチップスを飲み込んだ。
「優しい人がいいな」
千穂がそう言うと、優実がニヤッと笑った。
「武尊の時は仲良くできる人がいいって言ってたのに」
「そうなの?」
武尊も興味を持ったようだった。優実の言葉に食いつく。
「うん、そう言ってたよ」
「良かったわね、仲良くできて」
あかりは笑った。千穂はうーと唸る。
「仲いいのかな」
「悪くはないけどね」
千穂と武尊は目を合わせた。どうだろうと二人して首を傾げる。
「その動作が仲良しですって言ってるようなもんだな」
大島は彼にしては冷静な声音で言った。
「そう?」
武尊は首をさらに傾げる。千穂も同じ反応だった。
「やっぱり仲いいよ、お前ら」
大島が呆れたように言うと、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「じゃあ、またあとでな」
大島はそう挨拶を残すと自分の席に戻って行った。佐々木も携帯をいじりながら戻って行った。
「これ、全部食べちゃっていい?」
「いいわよ」
「いいよ」
優実はポテトチップスの袋を掴むと、口元で傾けて残ったポテトチップスを口の中に流し込んだ。空になった袋をがしゃがしゃと丸めてゴミ箱に入れる。
「では後程」
優実もあかりも席に戻って行った。千穂と武尊は自分の席にいるので移動しなくていい。なんだか、二人で取り残されたような気分になる。
「仲、良いかな~」
「どうだろう」
二人はまだ疑問があるようで、授業が始まるまで考え続けていた。