家族構成3
「弟君も見えるの?」
えっほえっほと走りながら千穂は尋ねてみた。時間は体育。二人三脚の練習中だ。
「・・・二階堂君に聞いたの?」
「!そう!そうなの!」
―聞いたの怪しかったかな
自分が知っているということがおかしいのかもしれないと千穂は内心冷や汗をかく。聞かなければよかったかもしれないと後悔し始める。
「見えるよ」
「そうなんだ」
へーと千穂は足元を見つめながら走る。冷や汗は止まってはいない。
―弟も霊感あるんだ
一族と言っていただけあるのかもしれないと千穂は思った。
―ああ、でも
―うちの村の人も、見える人が多い
自分の家だって、父親を除く三人は見えるのだ。それがもしかしたら特殊なことなのかもしれないと千穂は思い始める。それを内心首を横に振って振り払う。轟に焦点を戻す。
―轟本人も見えるし、何が劣ってるんだろう
見えるだけではだめなのだろうかと千穂は考える。
「家族みんな見えるんだけど、やっぱり血筋かな。高野原さんも見えるの?」
「ううん!私は見えないよ。武尊が見えるって言うから!」
「それを信じてるの?」
そう問われれば信じないほうが普通な気がしてくる。しかし、千穂には頷くしか選択がなかった。
「うん。友達だし」
「そうなんだ」
信用されてるんだね、二階堂君。斜め上から笑った気配がした。けれど、それはどこか悲しさを含んでいるような気もした。
「自分は見えないのに、僕が見えるって事が気になるんだね」
「だって、やっぱり珍しいし」
「そうだよね。特異な体質だよね」
―トクイ?得意、じゃないしな
語彙力が少々残念な千穂は轟が使った言葉を理解しきれなかった。頭を悩ませていると声が掛かる。
「歩幅は僕が合わせるから、まっすぐ前向いて走って大丈夫だよ」
「っ!・・・頑張ってみる!」
自信なさげな答えに、轟は苦笑した。
―はぐらかされたのかな
―でも、かけてくれる言葉自体は優しいしな
そんなことを考えながら、千穂は言われた通りに走ってみようと落としていた視線を上げる。視線の先では武尊が大島にバトンを渡そうとしているところだった。少し右を向けば壱華が走っているのも見えた。長い黒髪が綺麗に流れている。
「わあ!」
今まで見えていなかったものが見えて、千穂は小さく感嘆の声を上げた。足はスムーズに進んでいる。いい具合だ。
「すごいすごい!続いてる!」
いつもならとっくにこけている距離を今日は難なく走っている。それが心から嬉しい。
「そうそう、良い感じ」
「だよね!」
ばっと顔を勢いよく轟の方へ向けた千穂は簡単にバランスを崩した。
「わっ!」
「ととっ」
べしゃっと二人してつぶれる。
「う~ごめんさない~」
またべそべそと半泣きになりそうになる千穂に対して轟は冷静だった。千穂が動かないでいる間、しゅるりと足を縛っていた紐をほどいてしまう。
「大丈夫?怪我ない?」
「平気」
だと思う。と千穂は体を起こす。少し膝が擦りむけていた。
「ちょっと擦りむいちゃったね」
「痛い~」
「それくらいで痛いとか大げさだよ」
千穂は声のした方に顔を向ける。武尊が歩み寄ってきていた。
「・・・・・・武尊は意地悪だ」
ふいと顔を背ける。
「意地悪なんじゃなくて事実です」
「む~」
千穂は上目遣いに武尊を睨む。武尊は首にタオルをかけ、スポーツドリンクの入ったペットボトルを持っていた。
―一本だから、今日はくれないんだ
この前はくれたのにと、図々しくも思わないわけではない。武尊は千穂の視線を追って、ペットボトルを見る。
「欲しいの?」
まだ半分以上も残っているそれを振って見せる。
「別に」
ふいとまたそっぽを向く。するとひやりと冷たいものが顔に触れる。驚いて武尊を見ると、ペットボトルを頬に押し付けてきていた。
「あげるよ」
なぜかにやりと笑っている武尊を不思議そうに見ながら、千穂は頬に押し付けられているペットボトルを受けとった。
「ありがとう」
小さくお礼を言ってじっとペットボトルを見る。
「じゃあ、練習頑張って」
そう言うと武尊は大島たちのところへ戻って行った。
「なんだったんだろう」
千穂はそうつぶやきながら、きゅっとペットボトルを開けてスポーツドリンクを飲む。
「あ」
「え?」
隣で轟が声をあげるから、なんだと視線を上げる。彼は困ったように笑っていた。
「えーっと、それ、二階堂君も飲んでたなと思って」
「え?」
轟の言っていることが分からず、千穂は首を傾げる。轟の困った笑顔は維持された。
「その、間接キスだなと思って」
「あ」
千穂は慌ててペットボトルのふたを閉めた。
「ちょ!ま!え!?」
武尊の笑った顔が思い出される。普段の可愛い笑みではなく、何か悪戯を思いついたような笑み。
―え?間接キスになるって分かってて渡した!?
武尊の考えていることが分からず千穂は混乱する。
―いや、まず落ち着け。落ち着かないと武尊の考えてることなんて一万年かかっても分からない
そうだ、落ち着け。思い出せば啓太や樹とも同じコップやペットボトルで何か飲んでいたではないか。この夏だって、同じ水筒から皆でお茶を飲んだではないか。当然、昔はその中には貴輝もいて―。
「別に、初めてなんかじゃないもん」
こんなの
「慌てたりすることじゃないもん」
千穂は俯く。
「武尊の意地悪」
「大丈夫?」
「うん、平気」
急に落ち込んだように見える千穂に轟は戸惑ったようだった。千穂は顔を上げる。
「練習しよう?」
「―そうしようか」
何か言いたげだったが、轟は紐で自分と千穂の足を結んだ。
「高野原も轟と息合ってきたな」
大島が嬉しそうに言った。
「そうかな」
少し武尊を気にしながら千穂はそう答えた。
「そうだよ。今日、調子よく走れてたじゃん」
「うーん、そうかも?」
「もっと自覚しようぜ!」
大島の目はきらきらと輝いている。勝利が少し自分の方へ近づいたと思っているのだろう。
「二人とも真面目に練習してるものね」
ふわふわとあかりが笑う。優実はよしよしと千穂の頭を撫でた。その手を千穂は払う。
「子ども扱いは止めてよ」
「だって、千穂かわいいんだもん」
優実には悪びれる様子はない。もう、と千穂は頬を膨らませた。
「膨れたってかわいいだけだよ」
優実はけたけたと笑った。それに千穂は一層頬を膨らませるのだった。優実はその頬をちょいちょいとつつく。
「膨れてても柔らかくて気持ちいいね」
「どうせ子供っぽいですよー」
「言動がね」
自販機で飲み物を買ってくると席を立っていた武尊が戻ってくる。千穂に突っ込むことも忘れない。
―飲み物買うくらいだったら私にスポドリ渡さなきゃよかったのに
そんなことを思っていると、間接キスの騒ぎを思い出し顔が熱くなる。バッと千穂は俯いた。
「思い当たる節でも見つかった?」
「武尊は意地悪だ」
「俺もちょっと意地悪だと思うぜ」
大島が助け舟でも出すつもりなのかそんなことを口にする。ぱたぱたと顔を仰いでいた手を休め、もう大丈夫かと顔を上げた。
「千穂、顔熱い?」
扇いでいるのを見つけた優実が声をかけてくる。千穂は大丈夫だと笑った。
「高野原は頑張ってるんだから、水差すなよ」
「水差してる?」
「差してる差してる」
頷くのは佐々木だ。珍しい。
「そうかな」
「そうだよ」
携帯から目線は上げないが、佐々木はまた頷いた。
「・・・気を付ける」
友人二人に言われて少しは反省したらしい。千穂はにんまりと笑った。
―武尊が注意されてる
それが少し千穂は嬉しかった。ざまあみろと年甲斐もなく思う。
「皆楽しそうだね」
そう声が掛かる。佐々木と武尊以外の少年少女は声のした方に首を巡らせる。声の主は当然のごとく轟だった。
「轟と高野原の息があってきてていい感じだよなって話してたんだ」
大島がにかっと笑った。その笑顔が、少し啓太に似ていると千穂は思った。
―このクラスの啓太は大島なのかな
千穂はどうでもいいことを考えた。
「高野原さんが頑張ってくれるから」
「そんなことないよ、轟君の教え方がいいんだよ」
―武尊みたいに意地悪じゃないし
「高野原さんの努力の賜物だよ」
にこっと笑う轟に、優しいお兄ちゃんだなと弟がいることを思い出し千穂は内心頷く。
―そう言えば、私は優しいお姉ちゃんかな
未海にはすぐ子供っぽいと言われるため、自信がない。
―絶対外見のせいだ
千穂はムスッと膨れる。
―私だって、背が伸びればもう少し大人っぽく見えるのに
―武尊だって―
―武尊がどうしたって?
千穂は内心焦る。どうして武尊が出てくると慌てる。また顔をぱたぱたと手で扇いだ。
「千穂、暑いの?」
教室、結構クーラー効いてると思うけど。と優実が話しかけてくる。千穂は慌てて首を横に振る。
「何でもないよ!」
「はい、席に着けよー」
担任の斎藤が手をパンパンと鳴らしながら入ってくる。あとはホームルームが終われば帰宅していいのだ。
「ああ、先生来ちゃった」
優実が立ち上がる。大島も続いて席を立つ。
「じゃな」
大島が手を振り去って行く。他の面々も自席に戻って行った。




