家族構成2
ソファに座りながら、千穂は轟が言っていたことを思い出していた。
『勉強くらい頑張らないと弟に勝てるものが一つもないからね』
―轟も、弟の方ができがいいんだな
抱えていたクッションをぎゅっと抱きしめる。
―なんか、仲良くできそう
狙われているかもしれないのに、千穂はそんなことを思った。
―でも、私よりずっと勉強もできるみたいだしな
―武尊みたいだ
轟だって、どこかの進学校に入れたはずだ。あるいは通っていたはずだ。それがわざわざこの学校に来たということは、やはり自分絡みとしか思えなかった。
―仲良くはできないかな
少し悲しいと千穂は思った。
「弟の情報が欲しいね」
武尊の声が耳に届く。千穂は思考の海に沈んでいたことに気付く。慌てて視線を上げて武尊を見る。武尊は壱華が淹れてくれた紅茶を飲んでいた。
「弟が何が得意なのか知りたいところだけど」
難しいかなーと武尊はあきらめ気味だ。
「本人に聞くしかないよね」
千穂はそう会話に参戦した。武尊の視線が向く。少し、体が強張る。
「教えてくれるかな」
「今のところ、結界術が得意な一族らしいっていう情報しかないぞ」
啓太が腕を組む。
「結界張れますかなんて聞けないし」
樹がクッションを抱えながら体を揺らす。
「そもそも、あいつ本当に千穂を狙ってるのかしら」
「狙ってる前提で動かないと危なくない?」
少なくとも安全だって確証が出るまでは。壱華の言葉に樹が答える。壱華は考える。
「狙ってるにしてはのんきに見えるのよね」
独り言のようにつぶやく。
「それも罠かもしれないし」
樹は轟悪説を捨てない。難しいなと千穂は考える。双子に狙われた時のように明らかな害は出ていない。なぜか武尊が不機嫌になること以外変化はないに等しい。
「普通におしゃべりできるしなあ」
「待って!接触してるの!?」
「だって、席は隣だし、話しかけてくるし、優実ちゃんは話しかけちゃうし」
しょうがないんだもん、と千穂は樹の言葉にむくれる。
「結界術ね・・・・・・」
呟いたのは武尊。視線が集まる。それに、武尊は目線だけあげた。
「俺、結界術って結局何ができるのか分からないんだけど」
そう言えば、ああ、と皆声を上げる。
「壱華のは結界術?」
「私のは初歩の初歩だから、結界術とまでは言わないと思うわ」
「そうなんだ」
武尊は考えるように目を細めた。
「千穂が双子に隔離された時の結界は?」
「あれは結界術で良いと思うわよ」
フロア全体を囲ってたし、と壱華は付け足す。
「やっぱり大きいのは難しいの?」
「難しいと言うか、繊細というか」
壱華は唸る。なかなかいい表現が見当たらないらしい。
「私には集中力が足りないって言うか」
「複雑なんだ?」
「そんな感じ」
「すごい結界術師だと、世界を丸々作り出しちゃうって聞いたことあるよ!」
武尊の言葉にそこそこしっくり来たらしく壱華は頷いた。武尊の膝に座っていた碧がぴょんと飛び上がって会話に入ってくる。
「世界を作り出す?」
武尊は首を傾げる。
「千穂が隔離されたのも、ここと同じ世界を作り出したって言えるよ」
「あの兄弟、すごかったのか」
初戦で当たった双子を思い出して、武尊はつぶやいた。碧はまだぴょんぴょんと跳ねている。
「そうだよ!けっこうすごいよ!」
「―まあ、何ができるかは個人によるから見せてもらった方が結局は速いんだけどな」
啓太がソファにもたれ直しながら口を開く。
「見せてって言うわけにもいかないしね」
樹はクッションを自分の隣に置いた。
「あの熊はどこまで知ってるんだろう」
武尊が思い出したように言葉を紡ぐ。顔は考えているようで壁の方に視線はいっている。
「結界術に秀でた一族、というのしか知らないのかな」
「―もしかして知ってたりして」
武尊の言葉に樹があははと乾いた笑いをこぼす。まだあの熊が少々恐ろしい様だ。
「また行ってみるか!」
よしっと啓太が立ち上がる。そして顔を見渡す。
「皆で行くだろう?」
その言葉に、全員が立ち上がった。
壱華の結界に入り、体育館まで行く。今日も鍵は開いていた。
―教頭が管理しているんだとして、どうやって俺たちがここに来るって知ってるんだろう
部屋でものぞかれているのではないかと武尊は気持ち悪くなる。
「何の用だ」
前回と同じく、熊は気持ちよく受け入れてはくれなかった。どこか関わるなという空気が漂っている。それを無視して五人は体育館の奥へ進む。
「この前、灰色の髪をした結界術に秀でた一族がいるって教えてくれたでしょう?」
千穂が話しかける。熊は目を合わせずに言った。
「ああ、そうだったな」
言葉はどこか投げやりに聞こえる。
「その一族の結界術ってどんなのか知ってる?」
熊は一度千穂を見た後、ため息をつき口を開いた。
「―なんでも、別の世界を作り出すんだと聞いている」
「世界を作り出す?」
武尊が反応する。
―碧と同じ表現だ
「俺はそう話を聞いただけだ。見たわけじゃない」
詳しくは知らないと言いたいようだ。
「世界を作り出す・・・・・・」
武尊は繰り返し呟く。何か考えているようだったが、すぐに顎に添えられていた手は下される。
「よく分からないな」
武尊はわざとそう言った。しかし、熊も熊でこれ以上は話したくはないらしい。
「俺もその言葉しか知らん」
早く帰れと熊が空気で伝えてくる。それに、千穂と武尊以外の三人が目を合わせる。
「とりあえず、知ってることは教えてもらったみたいだし、そろそろ戻らない?」
壱華の言葉に、二人は振り返る。そして一度熊を見てから頷いた。
「「そうだね」」
返答が被り、二人は嫌そうな顔をした。
「あの熊もなかなか役に立つようだね」
ふわりと床に着地しながら男は笑った。その背には、後ろから腕を首に回す少女がいる。少女は男とは別の法則で宙に浮いているようだった。
シャラン
男の手にある鍵が音を立てる。コツコツと靴音高らかに体育館の扉に歩み寄る。そして中を確認することなくガチャリと鍵をかけた。
「ご主人様はどうしてこの扉を開けたり閉めたりしてやるんですか?」
「ん?職員室まで取りに行くのは面倒だろう?」
「ご主人様は優しすぎます!」
甘やかしすぎです!と長い黒髪と黒い瞳が印象的な少女は憤る。それにあははと男は笑った。
「―まあ、こちらはあちらを覗いているのだから、これくらいはと思ってね」
「それはよろしく頼むってあの男が言ったからじゃありませんか!」
「でも、監視しろとは言われてないだろう?」
「そうですけど!」
むきーと少女は足をじたばたさせる。それに男はまたあははと笑った。自分の肩に乗っている少女の頭を撫でてやる。
「私は楽しんでやってるんだ。漆は心配しなくていいんだよ?」
「心配はしてません!怒ってるんです!」
いくらご主人様が強いからって!
少女は男の待遇が気に入らないようだった。それにくすくすと笑って、男は職員室に向かう。
「まあ、私が楽しんでいる間だけでも甘やかしてやろうじゃないか」
なかなか酷な運命にあるようだしね。男の顔から、笑みが消えることはなかった。




