からかい4
「で、いつになったら付き合いだすんだ?」
大島が今日になって何度目か分からない言葉をまた口にした。
「あんまりしつこいと体育祭のリレー手抜くよ?」
「それはあんまりだぜ」
大島がメロンパンにかぶりつきながら非難の声を上げる。武尊は涼しい顔だ。
「俺は勝とうが負けようがどっちでも構わないんだからね」
「体育祭だし、それくらいのスタンスの人の方が多いと思うんだけど」
佐々木があくびをしながら言った。
「なんでだよ!やるからには勝ちたいだろう!」
「私も勝ちたいな~」
大島は拳を握り立ち上がる。その隣で優実は涼しい顔で大島に賛同した。
「さすがだな山田!」
いいぞ!
「しかし、もっと積極的に同意してほしい」
もっと熱くなってほしいと大島は求めた。
「ただでさえ夏で暑いのにどうして自分から熱くならないといけないの?」
優実は手で自分の顔を扇いだ。
「味方なのか敵なのかはっきりしてくれよ」
「敵じゃないけど、大島と同じくらいには熱くなれないかな~」
ごめんね、と優実は笑った。
「この前は手と手を取り合ってたのに」
千穂は優実の変わり身の早さに開いた口が塞がらない。あかりがくすくすと笑った。
「優実は気分屋だから」
でも、そう言うところも魅力的よね、とあかりは千穂には分からないことを口にする。
「今日の体育はリレーの練習するからな!」
体育の時間で体育祭の競技の練習をしていいことになっていた。初等部から高等部にかけて各学年は二クラスだ。各クラス学年をまたいでチームを作る。―まあ、それだと二チームしかできないのだが、今の生徒と児童の数から行くとこれが限界であろう。
「まあ、チームとしては二つしかないからどうしても勝ちたくなるのも分からなくはないかもね」
佐々木は少し大島の肩を持つようなことを言った。
「だろ!」
「そういうの関係なく勝とうって言うやつだよ、大島は」
武尊はため息をつきながら牛乳に刺してあるストローを口に含む。
「まあ、勝負事には勝たないとな!」
えへんと大島は胸を張った。
「別に偉くもないと思うけど」
武尊はどこまでも大島には冷たいと千穂は思った。
―武尊が怖い
千穂は冷や汗をかきながら轟と二人三脚の練習をしていた。場所は体育館。外側を利用してリレーの練習が、真ん中で二人三脚とその他の練習が行われていた。
―不穏な空気が体育館中に満ちてる
それはこの体育館にあの熊を含めた妖が住んでいるからではない。武尊が不機嫌だからだ。
―ちょっと機嫌悪くなるだけでこんなに怖い空気で溢れるって
武尊はいったい何者なのだろうかと人間であることを疑いたくなる。
「わっ!」
そんなことを考えていると、轟との連携が崩れて千穂は前に倒れる。それに合わせて轟も倒れる。
「うう~ごめんなさい~」
千穂は情けなさと恥ずかしさで涙目になる。轟はにっこりと笑った。
「大丈夫だよ。高野原さんは怪我無い?」
「大丈夫」
―優しい
武尊よりずっと優しいと千穂は思った。
―武尊もこれくらい優しければいいのに
そう思わずにいられない。
「いったん休もうか」
轟は二人の足を縛っている紐を外した。
「そうする」
千穂はうんと頷いた。体育館の端に座るとリレーの練習に巻き込まれて危険なので、その場でぐてっと座り込む。
「すごいねー、二階堂君今日も怒ってる」
「あれね、どうにかならないかな」
「高野原さんが言い含めてもダメなの?」
「私の言うことなんて聞いてくれないよ!」
「そうかな~」
結構聞いてくれると思うけどな、と轟は首を傾けた。うらやましいサラサラの髪が肩から零れ落ちた。
「きれいな髪だね」
千穂はつい話しかけてしまう。せっかく会話が途切れた時だったというのに。
轟は笑った。
「ありがとう」
高野原さんもきれいな髪してるよね、という言葉も忘れない。千穂はぶんぶんと首を横に振った。
「そんなことないよ!」
「謙遜と卑下は似てるから気を付けないと」
くすくすと轟は笑った。甘いつくりの顔が柔らかく笑み崩れる。それに千穂はつい見惚れてしまう。が、すぐに気付いて現実に戻ってくる。
―せっかくだから聞いてみようかな
色々、聞いてみようと思った。情報収集なら後から武尊に話せば機嫌も直るかもしれないしと考える。
「轟君は、武尊と同じで見える人なんでしょう?」
「その言い方だと高野原さんは見えない人みたいだね」
「私、見えないよ」
千穂は顔の前で手を振った。そうなの?と轟は首を傾げる。
「僕がつまずいたとき、見てたから見える人なのかと思った」
「武尊が見てたからつい視線を追っちゃって」
「そうだったんだ」
じゃあ、僕は何もないところでつまずいたかっこ悪いやつだねと轟は笑った。千穂は慌ててまた顔の前で手を振る。
「そんなんじゃないよ!」
轟はふふふと千穂を見て笑った。
「高野原さんって、結構いつも全力なんだね」
かわいい、とつぶやく。それにまた少し顔が熱くなる。思い出す言葉がある。
『千穂はかわいいんだから、そう言われるのに慣れてた方がいいよ』
武尊の言葉だ。それにカッと顔が熱くなる。
「すぐ照れちゃうところとかもかわいいよね」
くすくすと轟は笑った。
―違うもん
千穂はフルフルと首を横に振る。
―今のは轟の言葉じゃなくて、武尊のに照れてただけだもん!
とどこかずれたことを一生懸命に思い落ち着こうとする。
「だから慣れなよって言ってるのに」
ひやりと冷たいものが頬に当たる。驚いて顔を上げると真上に武尊の顔があった。千穂の後ろに立っている。
「えと、これ」
頬に当てられているペットボトルを指さす。
「あげる」
「え?」
「どうせ飲み物持ってきてないでしょう?」
「そうだけど」
千穂は不思議な顔で武尊からスポーツドリンクの入ったペットボトルを受け取る。千穂はそれをじっと見つめる。武尊はちらと轟の顔を見ると何も言わずに去って行った。
「大事にされてるよね」
その時見せた轟の表情はどこかうらやましげだった。今度は千穂がそうかなと首を傾げる。
「私が倒れたほうがめんどくさいって思ってるんじゃないかな」
「大事にされてるよ」
「そう、かな」
きゅっとペットボトルを胸元で握る。
―だったら、ちょっと嬉しいな
えへへと千穂は笑った。
―あ、ありがとうって言うの忘れてた
「高野原さんも、二階堂君のこと好きなんだね」
「へ?」
轟は柔らかい笑顔のまま爆弾を投げた。千穂は間抜けな声を上げる。あわあわと口を開閉させるがすぐには言葉が出てこない。一度つばを飲み込んでようやく否定の言葉を口にする。
「そんなことないよ!」
―私が好きなのは貴ちゃんだもん!
心の中で叫ぶ。しかし、ペットボトルは大事そうに握られたままだった。
「僕はお似合いだと思うんだけどな~」
「そんなことない!」
―壱華ちゃんとのほうがよっぽどお似合いだよ!
すらっとしている壱華を思い出す。無意識に探せば、壱華もリレーの練習をしているところだった。長い髪が運動の邪魔にならないよう一つに束ねられていた。
―大人っぽくて、しっかりしてて
―頼りになってかっこいい
―やっぱり武尊と壱華ちゃんはお似合いだ
千穂は自分で考えたことにこれも無意識に落ち込む。
「そんなことあると思うんだけど」
そう言いながら轟は立ちあがった。
「もうひと練習しようか」
千穂は頷いた。
―気づけば、武尊の黒い空気もいつの間にか落ち着いていて、皆練習に励んでいた。