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 からかい2

「ほら千穂、足をぶらぶらさせないの」

 壱華がそう千穂を注意する。千穂は足を止めるがまたすぐに揺らしてしまう。

「そんなに嬉しかったのか?」

啓太がカレーを口に運びながら問いかける。時と場所は夕食時の学食だ。千穂は麻婆豆腐定食にしていた。

「嬉しいよ~」

でへへ、と崩れた顔で笑う。

「いいな~俺も速く背伸びないかな~」

「男は後から伸びた方が高くなるとか言うよな」

「兄ちゃんは小さい時から大きかったと思う」

樹の言葉に、啓太はそうだったか?とスプーンを置いて考える。しかし、思い出せなかったようだ。スプーンを取ると無言で食べ始める。

「私はもう伸びなくていいわ」

壱華が疲れたように言う。優実には負けるが160㎝を超える長身の壱華だ。思うところはあるのかもしれない。

「あかりはどうだったのかしら」

壱華は平均身長のあかりのことを思い出したようだった。

「そう言えば、何も言ってなかった」

あかりは大きくなりたいとも小さくなりたいとも言わない。

「結局、平均が一番満足度高いのかな」

千穂は文句を1つもこぼさないあかりの様子にそんなことを思う。

「武尊も伸びるんなら伸びれば?って感じで、もう思うことはないみたいだし」

身長差が1㎝開いてしまった武尊のことを思い出す。千穂は不機嫌そうに唇を尖らせた。

「武尊、せっかく私が喜んでるのに水を差してくるから」

「千穂が突っ込みたくなるようなこと言ったんじゃない?」

「そうかな~」

樹の言葉に千穂は箸を下ろした。身体測定の時の会話を思い出す。

「まあ、確かに武尊に1㎝近くなったとは言ったからな~」

「基本武尊の身長だって伸びるはずだから、1㎝丸々は近づかないでしょう」

樹にも言われて千穂は頬を膨らませた。言われれば樹の方が正しい。しかし、感情はそれを認めたくはなかった。

「高野原さん?」

 少年の声が掛かる。頬を膨らませたまま千穂は視線を上げる。声をかけて来たのは轟だった。

「あ」

「こんばんは」

轟は柔らかく笑んだ。それに千穂は一瞬間抜けな顔をして、はっと現実に戻ってくる。

「こ、こんばんは」

轟に見られるくらいなら頬など膨らませるのではなかったと後悔する。千穂はうつむき髪に触った。

「一緒にいるのはお友達?」

「あ、えと、幼馴染で」

「出身地がみんな同じなんだ」

啓太が説明する。見ればカレーが入っていたはずの皿は空だった。

―相変わらずの早食い

千穂は轟のことを無視してそんなことを思った。

「高野原さんは東京じゃなかったんだっけ?」

「違うよ。もっと田舎から出てきたの」

「そうなんだ」

轟は甘い笑顔のままに続ける。

「僕も一緒にご飯食べてもいいかな」

「それは―」

千穂は三人の顔を見渡す。三人とも狼狽していた。髪の色から彼が編入生だと言うことは分かっているだろう。そんな彼と食事を一緒にしても大丈夫だろうかという心配が当然ある。しかし、相手の情報を得られる機会だろうかとも思うわけで。

「二階堂君が近くにいるとなかなかしゃべれないからさ」

「あ~武尊ね」

千穂は乾いた笑みを浮かべる。

「なんであんなに機嫌悪くなっちゃうんだろうね」

「僕は、彼は高野原さんが好きなんだと思うんだよね」

「ええ!?」

千穂は驚愕の声を上げる。数回口をパクパクとさせて、どうにか声を絞り出す。

「いや、そんなこと。壱華ちゃんがタイプだって言ってたし」

「そうなの?」

すっと轟は千穂の隣に座ってしまう。なんとなく一緒に食べることに対してだめだと言いづらくなってしまった。轟はナポリタンにしたようだ。啓太と比べれば少食らしいと千穂は現実逃避のように考えた。

「・・・壱華ちゃんって、もしかして」

ちらと轟は壱華を見る。それにああ、と壱華が強張った笑みを見せる。

「私よ。飯島壱華っていうの」

よろしくねと笑う。轟は驚いたように目を丸くした。

「高野原さんもレベル高いけど、飯島さんもきれいな人だね」

「っ!そんなことないわよ」

男子からきれいなどと言われ慣れていない壱華は顔を赤くしてうつむいてしまう。顔は長い髪が隠してくれた。

「れべ!高い、とか」

千穂もまた口をパクパクさせる。そして逃げるように壱華と同様俯いた。女子二人組は縮こまってしまう。

 これに対して男子は不審げな視線を轟に向けていた。なんとなく気分が悪い。それに気づいたのか、戸川兄弟にも轟はにっこりと笑った。その笑顔は武尊とはれると千穂は思った。

「僕、高野原さんと同じクラスになった轟琉聖とどろきりゅうせいって言います」

よろしく、と轟は爽やかに笑う。

「俺は、戸川啓太。こっちが弟の樹」

「戸川樹です」

樹はぺこりと頭を下げる。しかし、視線は轟から外さない。

「イケメン兄弟ですね」

「はあ?」

啓太は方眉を持ち上げた。

「あの、目、大丈夫ですか?」

樹もそんな言葉に騙されないぞと顔を引き締める。

「だって、お兄さんはとても背が高いし、弟さんもきれいな顔してるなって」

「百歩譲って俺がイケメンの卵だとしても、兄ちゃんはかっこよくないと思う」

「なんだよ。お前ナルシストかよ」

「俺、兄ちゃんよりはきれいな顔してると思う」

そう言われれば啓太は黙るしかなかった。啓太もその自覚はある。

「優しそうな顔つきだと思いますよ」

「世事はいいよ」

啓太は早く食べろと視線で女子組を促す。ずっと俯いていた女子組ははっと現実に戻り食事を再開する。それを見て轟もフォークを手に取った。

「お世辞なんかじゃないんだけどな」

そうつぶやくのも忘れない。が、何か思い出したようにああ、と小さく声を上げた。

「僕、この前何もないところでつまずいちゃって」

「へー」

啓太は興味がなさそうに携帯をいじりながらてきとうに声を出す。

「頭に小鬼みたいなのが頭と肩に乗ってきてて」

―試した時の話だ

千穂は体をこわばらせる。

―どうしよう、なんて反応しよう

「二階堂君は見えたって言ってたけど、高野原さんは―」

 ダン

と机が鳴った。視線を上げると、轟の前に両手をつく武尊の姿があった。風呂上りなのか部屋着で頭にはタオルが掛かっている。髪の先からは水がしたたっていた。よく見れば少々息が切れているように見えなくもない。

「何してんの?」

低い声が地を這うように発せられる。

―機嫌が氷点下だ

千穂はジトリと汗がにじんだのが分かった。が、轟は涼しい顔だった。

「一緒にご飯を食べてるだけだよ」

「お前―」

「本当に来たな!」

武尊が何か言い終わる前にどんと武尊にぶつかる男がいる。

「大島」

武尊は嫌そうに顔をしかめた。

「あ、密告者?」

轟が笑顔で大島を見る。

「そうそう、面白い面子で飯食ってるから二階堂に写真撮って送ったんだよ」

そしたらさあ、

「マジで飛んできた」

アハハと笑いながら武尊の肩に腕をかける。

「そんなに轟が高野原に近づくのが嫌なわけ?」

「・・・・・・嫌だ」

武尊は苦虫を何十匹もかみつぶしたような顔で答えた。

「じゃあ、もう付き合っちゃえよ」

「そう言うんじゃない」

「でもさ、女に近づくななんてそいつの彼氏じゃないと言えないぜ?」

「・・・・・・」

武尊は渋面から普段の顔に戻れない。

「二階堂君は飯島さんがタイプなんでしょ?」

「・・・・・・そうだね」

「じゃあさ、僕は高野原さん―」

「だめ」

「だったら―」

「壱華もダメ」

武尊は轟に全部言わせない。その様子を大島がけたけたと笑って見ていた。

「どんだけ強欲!」

「大島はしゃべらないで!」

ひー腹痛い、と大島は涙をぬぐった。

「食い終わったって」

啓太がそう言うと立ち上がる。武尊が千穂と壱華の盆を見ると確かに皿は空になっていた。

「ほら、帰るぞ」

啓太も低い声のまま自分を含めた三人分の盆を持って下げに行ってしまう。千穂と壱華は居づらそうに立ち上がる。

「ああ、おしゃべりしてたら全然食べられなかった」

「だったら初めから一人で食べてればよかったんだよ」

「だって、クラスメイトだし、話してみたかったんだ」

教室だと君がいて無理だからねと轟は笑った。それに、武尊は眉を顰める。大島は確かにとまだ笑っていた。

「壱華、帰るぞ」

戻ってきた啓太が乱暴に壱華の腕を掴む。

「ちょ、待って」

こけそうになりながら壱華は小走りで啓太の歩幅に合わせる。

「千穂も戻るよ」

壱華の後ろに続いていた千穂の手を武尊は取る。樹はそんな年長組の後ろを涼しい顔で歩いていた。

「じゃあ、また縁があれば」

縁など金輪際ないとでもいうような口調で樹は轟に挨拶をした。

「なんでみんな不機嫌」

大島は何がツボにはまったのかまだ大笑いしている。

「てか、ここ制服じゃないと来ちゃいけないし」

どんだけ慌てて来たんだよ、と轟の側に残って笑っていた。

「大島君だっけ?まだ食事するんだったら一緒に食べてもいいかな」

「あ、悪い。俺もう食べ終わったんだわ」

また、ひーと空気を吐き出しながら手をあげる。

「二階堂君が来るのを待ってたの?」

「そうそう」

まさかあんな超速で来るとは思ってなかったけど、と付け足す。

「お前も大変だな」

轟の肩をぽんぽんと叩いて、じゃあなと大島は食堂から去って行った。轟はその背を見送った。そしてほうとため息を吐く。

「本当に、大変だよ」

長い前髪からのぞいた秀麗な顔には確かに疲れの色が現れていた。

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