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3.からかい1

 千穂は震えていた。歓喜に震えていた。ぷるぷると手に持っている紙が震える。今は身体測定の時間だった。その結果が紙に書いてある。

「背が、背が」

「背が?」

優実が隣から千穂の記録の紙を覗き込む。

「伸びた!」

千穂はぴょんと飛び跳ねた。千穂の手にある紙を覗き込んでいた優実は危ないと上体を起こす。これで二人はぶつからずにすんだ。

「どうしたの?千穂」

身長を計り終えたあかりが二人の元にやってくる。

「背が伸びたんだって」

優実が代わりに説明する。千穂はバっと顔を上げると力説した。

「背が、一学期から1㎝伸びてる!150㎝になった!」

「良かったわね」

あかりがふわりとほほ笑んでくれる。千穂もうんと満面の笑みで頷いた。

「私もまた伸びちゃったよ」

もう伸びなくていいんだけどな~と優実は自分の頭を触る。

「優実ちゃんは何㎝?」

今度は千穂が優実の記録用紙を覗き込む。その数に千穂は固まる。

「166㎝!」

その数の違いに千穂は眉をハの字にする。

「いいな!背高くて!」

「もう伸びなくていいよ。着れる服が無くなっちゃうよ」

優実は心底うんざりと言った顔をする。その悩みでさえ千穂はうらやましくてたまらない。

「千穂も伸びて良かったじゃない。小学生の時から身長変わらないって言ってたわよね」

「そうなの!」

小学六年生を最後に千穂の身長はぴたりと止まっていたのだった。それが、今回1㎝も伸びた。

「いきなりどうしたんだろう!成長期入ったかな!?」

「もしかしたらそうかも?」

優実が気になるイントネーションで頷く。

「じゃあ、ご飯たくさん食べないといけないわね」

あかりがふわふわと笑いながら言う。

「ご飯いっぱい食べたらまた背伸びるかな!?」

「食べないよりは伸びるんじゃない?」

優実はそろそろこの会話に飽きたようで、周囲の様子を見渡していた。

「あ、武尊だ」

金髪ゆえに目立つ少年を優実が見つける。千穂とあかりも自然と武尊を見る。武尊はちょうど背を計り終えたところだった。千穂はぶんぶんと手を振り回した。それに気づいて武尊が千穂たちを見る。そして近づいて来た。

「何?」

何か用でもあるのかと思って武尊はやってきたようだ。

「あのね!背がね!1㎝伸びたの!」

千穂はまだ嬉しさが止まらないらしく武尊に向かって叫ぶように話す。

「少し武尊に近づいた!」

千穂はどこか誇らしげに胸を張った。それを見て、武尊はふっと笑った。

「俺は2㎝伸びたから、千穂とは差が1㎝開いたね」

その言葉に千穂は表情をフリーズさせる。笑顔のまま固まり、しばらくして俯き、ふるふると震えた。そしてだっと武尊に背を向けて走り出す。

「武尊の意地悪ー!」

悔しまぎれの言葉を残していくことも忘れない。千穂を追って、優実とあかりも走り出す。

「またあとで!」

優実とあかりは武尊に手を振った。武尊も軽く振り返す。

「意地悪したのかよ」

ぼすっと肩に大島が腕を回してくる。視線をやると、大島はニタニタと笑っていた。

「別に、事実を言っただけだよ」

「そこが意地悪なんだろ」

大島はそう言うと体を武尊から離した。

「どうして身長の伸びが男子に勝てると思ったんだろう」

佐々木も背を計り終えていつの間にやら側にいた。

「大島はどうだった?」

「伸びた伸びた。179㎝になった」

「またでかくなったね~」

佐々木はどこか遠い目をした。大島は武尊の手元を覗き込んだ。

「二階堂って身長高そうに見えるけど172㎝とか、割と大きくないんだな」

「そうだよ、俺は別にそこまで大きくない」

色々平均、とまとめる。

「色々って言われると勉強も混ぜたくなるな」

「それは別にして」

「勉強はできるって認識なんだな」

「まあね」

「もう二人とも全部終わったでしょう?着替えに行こうよ」

佐々木が会話を続ける武尊と大島に提案する。それもそうだと二人は足を動かす。その後ろを佐々木がついて行った。


「背が伸びた~背~が伸びた~」 

 着替え終わった武尊たちが教室に戻ると、千穂は自分の席に戻っていた。今は機嫌がいいようで自作の歌を歌っていた。

「そんなに嬉しいの?」

「嬉しいに決まってるじゃん!」

問いかけてくる武尊に、キッと千穂は鋭い視線を向ける。それにそんなものかなとぼやきながら武尊は自分の席に座った。千穂はまだ悔しいようで、うぬぬと唸りながら武尊を睨みつけた。

「だから、そんな丸い目で睨まれても怖くないって」

武尊はそんなことを言いながら黒鞄に荷物を入れていく。この後すぐにホームルームが始まり下校となる。

「武尊は背伸びて嬉しくないの?」

そう問えば、武尊は動きを止めて考えるように上を見る。

「―もう平均あるから別に伸びなくてもいいかな」

170も超えたし。と武尊は涼しい顔だ。150の大台に乗った千穂ではあったが平均からは程遠い。うぬぬと唸る。

「悔しい!」

千穂はだんと机に手を振り下した。武尊は涼しい顔だ。

「頑張って牛乳でも飲めば伸びるんじゃない?美緒さんも未海も背高いじゃん」

「あの遺伝子を引き継いでたらもうとっくに160㎝は越えてる!」

「未海は魚嫌いでも背伸びたんだね」

「だから遺伝子だって!」

千穂はまだ悔しそうだ。

「未海ばっかりお母さんに似てずるい!」

背も高いし頭もいいし!と完璧にすねモードである。ちぇっと唇を尖らせる。

「そんな顔して、どうしたの?」

隣から声が掛かる。轟だった。千穂は体をこわばらせる。

「えと、その」

「妹が自分より背が高いのが嫌なんだってさ」

武尊は窓の外を見ながら千穂の代わりに答えた。轟はしばし武尊を見つめたが、視線を千穂に戻す。

「そうなの?」

「・・・・そうなの」

千穂はうんと頷いた。

「お母さん、美人で背も高くて運動もできて頭もいいのに、私一つも似なかったの」

「高野原さんは今のままでも魅力的だと思うよ」

「み!」

魅力的などと言われたことがなかった千穂はつい声が裏返ってしまう。それに轟は優しく笑みながら言った。

「小さいのもかわいくていいじゃない」

ぶわりと不穏な空気が広がる。ここまでだと轟はおとなしく自分の席に座って帰り支度を始めた。準備が整うと携帯を取り出し弄り始める。もう轟は話しかけては来なかった。そのおかげか広がっていた黒い空気が徐々にではあったが消えていった。ホームルームの始まりには間に合わなくて、斉藤は少々冷や汗をかきながら連絡事項を伝えることとなった。

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