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マクシミリアンがクリストファーによる激しい圧力をかけられている中、美夜は記憶を頼りに街にある薬師の師匠の元へと向かっていた。
向こうの世界の五年での店の建ち変わりを考えると、こちらでもそれなりに変わっていると思いきや、全くそんなことはなかった。
若干の建物の老朽化を感じるくらいで、街並みは全く変わっていない。
「あれっ!? ミヤじゃないかい?」
「ルイーズさん、お久しぶりです」
「あれまぁ、変わらないねぇ。みんな! ミヤがお帰りだよ!」
店先を掃除していたパン屋の老婦人であるルイーズが美夜に気づき、辺りに響き渡るように大声を張り上げた。
すると続々と人が集まってきた。
なかには商売道具片手にやってくる者までいる。
「おいおい、ばーさん! 本当じゃねーか!!」
「あたしゃウソをついた事なんて一度もないよっ!」
「それこそウソだろ! ミヤに似た黒髪の奴が街中に現れたらすーぐミヤじゃないかミヤじゃないかって言うんだぜー?」
「ふんっ。そんな昔のことは忘れたね」
「まぁまぁ。お二人さん、それ以上喧嘩しないでくださいよ」
大工の棟梁であるイルミがルイーズにつっかかり、それをイルミの弟子であるロワが宥めに割って入った。
「ミヤお姉ちゃん、お帰りなさいっ!」
「……ただいま」
お帰りと言われると、なんだか妙な気分になる。むずむずしたものが胸を中心に体全体に巡り巡っていった。
美夜は嬉しそうに抱きついてくる少女の頭を苦笑混じりに撫でてやった。
「それにしても長かったなぁ。国外視察に行ってたんだって?」
「え?」
「違うのか? 宰相補佐様がそう言っておられたぞ?」
「あ、あぁー」
イルミがキョトンとした顔で首を傾げた。
その表情はクリストファーの言葉を信じて疑わない気持ちがありありと出ている。
(そういえば、王宮にいる人達にしか挨拶する時間がとれないって嘆いてたら、僕が言っておきますよってクリスが言ってたっけ。そのまま元の世界に戻ったって言えばいいのに、そうじゃなくて、あえて国外視察って体を使ったってことは……もしかして、マックスが連れ戻さなくてもいつかクリスに連れ戻されてた感じ?)
あの時を逃せば一生帰れそうにない雰囲気がとてつもなく漂っていた。だから、いや、だからこそその後のことなどあまり気にせずにいたが、今となってみればもっと気にするべきだったかもしれない。
思えば、帰還の日が決まってしばらく、クリスはありとあらゆる手を使って妨害行為に走っていたが、帰る前日からはやけに大人しくしていた。ようやく諦めてくれたのかと胸を撫でおろしていたけれど、安心などしている場合じゃなかったらしい。
「今日は街に何か用事でもあるのかい?」
「えぇ。師匠に会いに行こうと思ってて」
「そうかい。アラン先生といやぁ、ちょっとお待ちね?」
「え? あ、はい」
ルイーズは美夜にそう告げると、自分の店の中に入って行った。そしてしばらくすると、大きく膨らんだ袋を持って出てきた。
「ほい。これを持っておいき。あの先生、いくら神様みたいに綺麗だからって、身体は人間なんだから食わなきゃ死んじまうよ」
「え!? これいくらですか?」
美夜はポンと手渡された袋の中を見て狼狽えた。袋の中はルイーズの店のパンが大量に詰め込まれていた。タダでもらうにはさすがに多すぎる。
「あぁ! いいからいいから!! いつも先生にはお世話になってるからそのお礼だって言えばいいよ。ついでにミヤも食べて今度感想聞かせておくれな」
「え、でも……それじゃあ、お言葉に甘えて」
出がけにマクシミリアンにもらったお金が入った財布をバッグの中から出しかけると、ルイーズがその手を押えた。
美夜がその勢いに負け、礼を言うと、ルイーズはうんうんとご機嫌に頷いた。
「ミヤが帰ってきてくれて良かったぞ。あの人、ホント自分のことには無頓着なんだからなぁ」
「この前なんか、三日間飲まず食わず眠らずで何か研究してたみたいだぜ?」
「それから一か月前には部屋の一室を吹き飛ばして俺が修理しに行ったっけなぁ」
「……そ、それはご迷惑をおかけしました」
マクシミリアンが今年二十五歳だと言っていたから、美夜が帰還してからこの世界では五年が経過したことになる。とすると、彼は今、三十九歳という立派なアラフォー世代だ。
だというのに、手のかかり具合はマクシミリアンやクリストファー達と大差ないとはこれいかに。
美夜は苦笑いしつつ頭を下げた。
「先生もきっと待ってるはずだから、早く行っておやり」
「はい。それじゃあ、また。……あ」
「どうした?」
美夜は歩き出しかけて、ふと足を止めた。皆の心を代表してイルミが尋ねた。
「あの、クリストファーに私のこと聞かれたら、何も見てないって言って欲しいんです」
「あれま。どうしてだい?」
「えっと。少々込み入った事情がありまして」
「なんだか分からないけど、分かったよ!」
「おぅ。とりあえず、何も見てないことにすりゃあいいんだな?」
「はい。お願いします」
「お安いこった」
「任せなよ!」
「すみません。よろしくお願いします。……それじゃあ、行きますね?」
ドンと胸を叩き、そう言う皆にもう一度美夜は頭を下げ、今度こそ師匠の住む家へと足を向けた。
それを建物の影からジッと覗く存在に、誰も気づいてはいなかった。




