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晩餐の席に着いた美夜とアラン、フランシスだったが、先ほどから話しているのは美夜とフランシスだけ。
アランはというと、運ばれてくる料理という料理をおかわりしまくるという会話に入る気まるでゼロ感をありありと出していた。
それでもフランシスは一緒に食事の席に着いてくれただけで構わないらしい。
気にした風もなく、ニコニコと美夜との談笑に花を咲かせた。
そしてお互いの手には何杯目になるか分からない赤ワインが注がれたグラスが。
「だから毎回言ってるんです。師匠に足りないのは知識でも探究心でもない。そのだだ漏らしの口から出る言葉を選り分ける力だって!」
「美夜、君、酔ってるだろう?」
「酔ってませんよー」
「酔ってる人間は皆そう言う。しかも君、まるでサルみたいに顔が真っ赤だもの」
「……」
「ちょっ、兄上! いくらなんでも女性をサルに例えるのは」
その時、美夜がテーブルをダンと拳で叩いた。
それを見越していたのか、テーブルの上の食器が音を立て、皿に盛られていた料理が崩れる中、アランはちゃっかり自分の皿だけはひょいっと宙に上げていた。
「え?」
「……れ」
「み、ミヤさん?」
「サルに謝れぇー!」
「えっ! そっち!?」
思わぬ返しにフランシスが驚いている中、アランは慣れていると言わんばかりに給仕をしていた侍女に水を持ってこさせた。
受け取ったグラスを手に、美夜の横まで行く。
そして、グラスの水を自分の口に含んだ。
「あ、兄上? 何を」
するのですか?というフランシスの言葉よりも早く、アランが美夜の口に自分のソレを重ねた。
口移しで水を飲ませているのだろう、口の端からタラリと水滴が一筋流れ落ちていく。
「あ、兄上っ!?」
「うるさいよ」
零れた水を手の甲で拭い、ぼぅっとしている美夜にグラスを押し付けてアランは自分の席に戻った。
美夜はしばらくじっとグラスを見ていたかと思うと、中に入っている残りをチビチビと飲み始めている。
アランはアランで実は胃の代わりにブラックホールが身体の中に納まっていても不思議ではないほどの食欲を再び見せ始めた。
フランシスはそんな二人を信じられないものを見るかのように交互に視線を移した。
そんな時、誰かのすすり泣く声が食堂に僅かに響いた。
「……っ!」
何かに気付いたように背後を振り向くフランシス。
それと時を同じくしたように小走りで食堂を出ていく侍女の姿があった。
その頬は僅かに垣間見えただけだが、確かに濡れていた。
「どうした? フランシス」
ガタリとイスを鳴らして立ち上がったフランシスをその場に留め置く声が反対側の席から上げられる。
見ると、フォークに肉を指したままこちらを射抜くような視線を向ける兄と目が合った。
「兄上……まさか、気付いて」
「何を?」
大股でテーブルを回り、フランシスはアランの横に立った。
「……彼女がいることを知っていて、何故!!」
「なんのことだかさっぱりだね。美夜のことなら問題ない。あれは人工呼吸と同じ扱いだし」
「メグのことです!」
「メグ?」
首を傾げるアランの頭にその名を持つ人物は浮かんでこなかった。
それを察してフランシスはなおも言い募る。
「どうして兄上ばっかりいつもそんなに自由に生きられるんですか!? 僕はこんなにも窮屈なのに!」
「それは僕が側妃の子で、お前が正妃の子だから」
「でも、生まれた順番はあなたの方が先でしょう!? この国は長子継承。本来今の僕の地位はあなたが持つはずだったんだ!」
「僕はそんなもの望まない」
「なら全て僕にくれたっていいじゃないですか!」
「他に何が欲しいっていうのさ。悪いけど、美夜はやれないよ? もう囲われ済みだから」
「恐ろしいこと言わないでください!」
美夜がムッとした顔で二人のいる方を睨みつけてきた。
まだ頬は赤い。
けれど、幾分かましにはなっていた。
「……聞いていらしたんですか?」
「酔ってないですから。それで? 会話の面では社会不適合者と化している師匠から何を頂きたいんですか?」
「……彼女を」
「え?」
「メグを頂きたいんです」
「メグ、さん? どなたですか?」
「さぁ」
「とぼけても無駄です! 僕達の幼馴染みじゃないですか!」
「……師匠?」
ジトリとした目で美夜はアランの方を見た。
口に出さずとも、顔には“なんでそんな大事な人のこと忘れちゃってるんですか”とありありと書かれている。
「……そんな風に見ないでよ。じゃあ、君は十何年も前に会ったっきりの人の顔と名前を思い出せる? しかも子供の頃」
「そう言われると……ムリ、ですね」
「でもメグはあなたに何通も手紙を送っていました!」
「嫉妬は醜いよ」
「……っ! あなたがっ!」
「落ち着いて、落ち着いて!」
アランに掴みかかろうとするフランシスの腕を掴み、二人の間を離す美夜。
「師匠、弟さんになんてこと言うんですか」
「だって、本当のことじゃないか。大方そのメグって娘の様子を探るために僕達を呼び出したんだろう? 自分の婚約者なんだから正面から聞けばいいものを」
「婚約者、なんですか? あなたの?」
話の流れからしてメグという女性がアランの婚約者なのかと思っていた美夜は当てが外れ、面食らったハトのように目を丸くしてフランシスの方を振り返った。
フランシスは悔しそうに顔を歪めている。
「……えぇ。メグは僕の、というより、王太子の婚約者です。だから昔から想いを寄せていた兄上ではなく、僕の婚約者になった。僕だって、彼女のことを愛しているのにっ! その彼女に兄上がいつお戻りになられるか聞かれるこの辛さが分かりますかっ!?」
「え、えっと……はぁ、まぁ……はい」
そう言ってフランシスは美夜の肩を掴み、ガクガクと揺さぶってくる。
正直、揺さぶるのは今はやめて欲しい。
吐き気との戦いのゴングが高らかに鳴らされ、美夜は必死で口元を押えた。
「そこら辺にしておいてあげる? もう平気そうに見えて一応酔っ払いだから」
「あ、す、すみません。つい……」
「い、いえ。大丈夫で……うっぷ」
「吐く?」
「お、乙女になんてこと真顔できいてくれてんですか。大丈夫です」
「そう。丈夫になったね。昔は所かまわずゲーゲー吐いてたのに」
その時、美夜の中のアランへの反抗心に火がついた……どころか、何かが美夜の心の中でキャンプファイヤーをおっぱじめた。
「……フランシス様、婚約者様に師匠のような乙女の敵は勿体ないです。心も身体も全てフランシス様のものにしてしまいましょう!」
「ほ、本当ですかっ!?」
「もちろんです!」
美夜も美夜で乙女と自称しているのにその言い方はと思わんでもないが、彼女はまだまだ酔っていた。
もちろんこれが素面の時でもアランがアランであることには変わりないのでフランシスの手助けを言いだすことには変わりないだろう。
手に手を取って固く結束し合う二人を見て、アランはハァッと深い溜息をついた。
「だからお人好しって言ったんだ」
とりあえず、アランは面倒な作戦会議とやらに連れて行かれる前に残りの料理を給仕に持ってこさせる手配を怠らなかった。