めりーくるしみます?
クリスマスの夜、見慣れた何時もの街で言った何気ない一言が、
事件を起こすとは思わなかった。
始まりは、何気ない「メリークリスマス」という言葉。
声を掛けてきたのは、この時期、風物詩のサンタ。
何でこんなことになったのか?
分からない。
とりあえず、起こったことを自分の言葉で書いて、整理してみる。
「クリスマス・・・かぁ」
思わず、ため息が、口から突いて出た。
街はクリスマスイブが終わり、クリスマス当日となった。
つまり、クリスマスも、今日一日で終わりになるのだが、
街中の活気は、そう簡単に終わりそうがない。
三連休最後の日曜日と言うこともあって、街中は「凄い」という言葉では
言い表せないほど、大勢の人で、ごった返している。
幸せそうなカップルの脇を通り抜けて、家路に就く。
「ボッチ」には、嫌な日だ。
金もなく、一緒に過ごす相手もなく、家に帰れば何もすることがない。
そうした中、行くアテもなく、なんとなく街中をさまよっていると、
やがて、短い昼が終わり、夜となった。
青色のLED照明が暗くなった夜の街を華やかに彩り始め、
クリスマス、そして連休最後の夜に彩を添え始めた。
「ああ、もう夜か」
スタバから出て、思わずため息が出た。
相も変わらず、行くアテはない。
(家に帰ってテレビでも見るかな)
時刻は、そろそろ夜の20時を少し回った。
(明日の仕事のこともあるし、もうそろそろ帰るかな)
もういい加減、疲れたのだ。
行くアテもなく、ただ、何かのハプニングを期待して、
街中をさまよってはみたものの、世の中、そんなに甘くはない。
相も変わらず、道行く人の顔を見ながら、家路に着こうと決めた。
HKのU駅を通り抜け、そのまま、横断歩道を渡る。
信号は、運よく、青になったばかりだった。
信号を渡ろうとした瞬間・・・
「メリークリスマス」
思わず声のする方を向くと、小汚い年寄りが立っていた。
年の頃は60代、いや、よく見ると70は優に過ぎているかも
しれない。
服装は・・・サンタ?
「メリークリスマス!!」
素早く何かを手渡し、赤服の老人は風のように立ち去って行った。
茫然とする私の手には、小さなチロルチョコくらいの大きさの
小さな箱が握らされていた。
(なんだこりゃ?)
小さな箱を手にとって、いじくりまわすと、すぐにパカッと
二つに分かれて、そのまま消えてしまった。
(え?何?今の? 狐に化かされたとでもいうのか?)
数分間、その場に立ち尽くすが、何が起きたかなど把握できない。
その間に、信号が赤になり、やがて再び、青になった。
我に返り、横断歩道を渡ろうとした時、嫌な現実を見た。
Hである。
HM・・・
忌まわしい名前と顔が頭に浮かんだ。
HM。会社の上司である。
と言っても、私の直属の上司ではなく、部署が違うので、
会うことはあまりないが、この女の悪名は、私のいる部署でも有名だった。
仕事が、そこそこ出来る分、上の受けはいいが、
その分、下には強く当たる。
使えない部下には、特に厳しく当たり、上への告げ口や
公の場で昂然と侮辱する。
自分の地位を脅かす存在にも、容赦はしない。
数年前の事だったが、会社にMYという営業部でも
やり手の社員がいた。
急速に営業成績を伸ばし、上の覚えも目出度くなったMY。
HMも関わった、あるプロジェクトで成功して、
しばらく経った頃、社内に妙な噂が流れた。
MYの枕営業の噂である。
上役や社外の営業への枕営業の噂が、まことしやかに流れ始めたのだ。
時を置かずして、MYの不倫動画なるものが、社内メールで、出回り始めた。
本人や仲の良かった社内の上役たちは、火消しに努めたり、
完全無視の態度をとったが、全て無駄に終わった。
やがて、MYは、体調を崩し、会社を依願退職した。
MYだけでなく、この時、社内の役員クラスが
数人部署移動になったり、子会社に出向したりしている。
この時、誰が、一連の噂を流したか、誰が、不倫動画を流したか?
ということが、密かに話題になった。
誰が言ったかはわからないが、HMと、その一派が
MY潰しをやったという噂が流れた。
真相はわからない。
すべては闇の中である。
「あれ、Sじゃない?」
独特の鼻にかかった声が聞こえた。
「M役員、お疲れ様です」
「今、何してんの?」
「はあ、はい。行きつけの店でご飯食べて帰るところです」
「ふん」
「どうせ、一人、寂しく帰るんでしょ?」
例の鼻にかかった声に、多少の嘲りが混じった。
(いやな女だ。)
「はあ、まあ、そんなとこです」
卑屈な笑みを浮かべ、温顔を作った。
「ふん。じゃあね」
災難は去った。
HMは、そのまま、通り過ぎていき、横断歩道を渡る人ごみに消えていった。
(相変わらず、嫌な女だ)
多少気分を害し、そのまま、家に帰るのも、胸が悪い。
(どこかで飲もう)
と思ったのが失敗だった。
行きつけの居酒屋に行き、一杯、二杯と杯を重ね、
すっかり酔いが回った頃には、もう23時を回っていた。
(そろそろ帰るかな)
すっかり酔いが回った頭を整理し、席から立ち上がった。
少し気分が悪い。
飲む前に、事前にコンビニで買っておいた薬を水で飲み、
代金を払って店を出た。
酔っているせいだろうか?
感情が高ぶる。
なぜか、先ほどのHMの態度が、やけに鼻につき始めた。
急速に怒りが胸の奥にわき始めた。
「ああ、クリスマスに、あんな屑と会って胸が悪いなあ。
誰か、あいつ殺してくれないかなあ」
「メリークリスマス。わかりました」
「?」
耳元で声が聞こえたような気がした。
ウーン、ピーポー、ピーポー
遠くで救急車のサイレンが聞こえた。
(ま・・さか・・な)
救急車のサイレンの甲高い音が聞こえた。
悪寒が、酔いを醒ました。
一抹の不安に駆られて、私は、O駅へと足早に急いだ。
HMが交通事故にあったのを、私は家に帰った頃に
テレビのニュースで知った。
即死だったそうだ。
「メリークリスマス」
この言葉が、思わず口から出た。
今回、クリスマスということもあり、再び、書いてみました。
皆様の感想をお待ちしています。
なお、この話はフィクションで、登場人物は全て実在しません。
この記事は当ブログにも掲載しています。http://blogs.yahoo.co.jp/toshihiko0323