異世界転移のエピローグ
文化祭、最終日。
あまりの大盛況ぶりに、部長が予約券のルールを変えていた。
予約券の半分は、抽選。1時間に2枚発行し、その1時間の間に来たら列の一番先頭に割り込みで並ぶ。すでに参加した事のある人は、こちらの抽選権利は無し。
予約券のもう半分は、時間指定。こちらも1時間に2枚発行し、参加料金は驚きの3倍1500円。
こうする事で、朝一で一日分の予約が全て終了するという事態を避けることが出来た。
ちなみに、抽選受付は午前分と午後分に分ける事にしたので、抽選時間には大量の人が押し寄せる事だろう。こちらは昨日と同じく500円也。
そんな抽選券に紛れて、特別な予約券が3枚発行された。
1枚は生徒会長様に、1枚(ペア券)は今日も受付をやってくれている準部員の二人組に。
最後の一枚は、もし会えたら昨日辞退してくれた人に渡される事に決めた。
こちらの時間制限は『午後』の一言だけ。我々の休憩時間以外であれば、いつでも対応OKである。
受付に座っている二人については、いきなり立ち上がって列に並ぶと心象が悪いので、その辺はうまくやってもらうことにした。
午前中には時間指定の予約券も完売し、本日も大盛況。
さて、無事に復帰を果たしたぼくはと言えば―――
「私は技を磨き魔法を鍛え、この世界を守るために生きたいのです。
魔王様、どうか我が前に姿を現し、私を下僕に加えて下さい―――!」
(ほら魔王様、期待されてるわよ。さっさといきなさいよ!)
(うう、私の魔王様なのに、私の魔王様なのに!)
(女神として、魔王の降臨を許します。さあスベルク=テイハよ、お行きなさい)
(ぶっ、くくぅ……ちょっとひとみ、それ禁句!)
(いたいよぅ、おなかいたいよぅ)
(お前ら、ぜってー覚えてろよ!)
もはや、笑い殺すぐらいの殺意を持ったぼくの事は誰も止められない。
「人間よ。私を呼んだのはお前か」
「ああ、魔王様、お会いしたかったです!」
兜がバージョン2になった魔王スタイルで、暗幕の影から姿を現すぼく。
冒険者役の参加者は感極まったようにぼくの両手を取って胸に押し当て……!?!?
「あなた様に身も心も捧げます、私をあなたの女にして―――」
「駄目よ、それ以上は公序良俗に反するから文化祭の規定に則り中止します!」
「人間よ、魔王は私の伴侶。それ以上はなりませんよ」
「おい部長、何ナチュラルに邪魔してんだよ!
あと女神も何勝手に伴侶にしてんだ、BGMも『魔王』流すのやめろ!」
働き者の緑さんは、魔王の兜バージョン2(金属製で、まじで椅子くらい跳ね返す)を作っただけじゃなく、魔王用のBGMを3曲も即興で作ってきおった。
何この子、どんだけスペック高いの。どんだけ高いスペックを無駄遣いしてるの。
クラシックの名曲『魔王』をアレンジした、妙に闘争心の掻き立てられる曲である。
って、闘争心は掻き立てちゃだめだろ! 目が燃えてるだろ!
「分かりました、魔王様。
この者たちを討ち取り、私が唯一あなたの伴侶にふさわしいと証明してみせます!」
なんだこの子、ノリノリだよ!
仕方ないから、ぼくはばさりとマントを翻して両手を挙げた。
……ぼくもノリノリだって? ははは、いやそんなまさか。
「いかん、いかんぞ皆の衆。
地獄の怪鳥、闇より暗きジューン=セイトーがやってきてしまう。武器を納めるのだ!」
ぼくの発言に。
また、ワンテンポ遅れて部長が吹き出し、うずくまった。
そんな部長を不思議そうに見下ろし、飯野先輩も納得したのかああなるほどと微笑んだ。
気づけばBGMも、扶桑学園の校歌になっている。いつ作ったんだ、これ。
「え、え?
今の何、どういうこと?」
一人分かってない参加者が、顔をきょろきょろ見回し
「ふふふ……
いい覚悟ね、魔王よ……くくくくく」
入り口側のドアを開けて、地獄の怪鳥ジューン=セイトーが突如姿を現したのだった!
阿鼻叫喚。
後日、参加者名簿でこっそり確認したところ、この参加者さんはうちの学校の演劇部員さんでした。
一昨日も来てくれて、ぼくに壁ドンされた人。
だからどうだということは何もないです。そうでした、というだけです。はい。
あと、とんでもない話ばかりをしているせいで、全然通じてないかもしれないけれど。
物語となる、特別な話が1件ある背景には。
物語となるかもしれない、ダイジェスト版で語られる話が5件くらいあり。
その裏には、物語ともならない20件くらいのごく普通のストーリーがあるわけなのです。
―――つまり、どういうことかと言えば。
「それじゃぁ、剣術と白魔術と……あとは何かお勧めありますか?
あ、じゃあその頑強を取ります。あと魅力+1で」
「えっと、レベル1で丸腰だとゴブリンでも危険って言ってましたよね?
なら、ギルドに行って初心者の仲間を探すのと、安くていいので装備を買いに行きます」
「登録が終わったので、次は仲間が欲しいです。
一番簡単な薬草採取の依頼をしてるとか、すごい初心者っぽい冒険者っていますか?」
「では声を掛けてみますね。
あの、すみません。もし良かったら、ぼくとパーティを組みませんか?」
「って、えええ!?
う、わぁ……」
突如横から出てきた緑さんに、異世界に転移した少年が驚くとともに見とれて呆然となるの図。
―――とまぁ、こんな感じで。
ごく普通の振る舞いに、ごく普通の異世界転移を楽しむ人たちもたくさんいるわけなんだよ。
普通の人は割愛して、問題起こした奴とか変な奴の話ばっかりしてるから目立たないけどね。
そんな風に、密度の濃い一日は瞬く間に過ぎ。
17時の、祭りの終わりを告げる鐘が校内に鳴り響いた。
窓から見れば、片づけもそこそこに生徒達が校庭へ集まっていく。
この後は人気投票の結果発表と、閉祭の挨拶、そのまま後夜祭としてキャンプファイヤーに突入だ。
そんな、活気と少しの寂しさを浮かべた生徒達を見ながら―――
「じゃあ、ぼくはお先に失礼します。
結果発表と後夜祭、どんな感じだったか今度教えて下さいね」
「先輩、気を付けて帰って下さいね」
「写真とったら、じゅっくんにメールするからね」
「ハイテクの分の片づけは残しておくから、さっさと戻ってくんのよ」
三者三様の挨拶を受け、部室に、賑わう校庭に背を向けて一人帰路につく。
三人から、引き留めは散々受けた。
魔王スタイルならバレないとか、むしろ女神衣装だとか、いっそ地獄の怪鳥の衣装だとか。
言ってる内容は冗談ばかりだが、表情は真剣で気持ちは痛いほど伝わった。
でも、会長様も先生も、精一杯頑張った結果として学校から引きだせた譲歩が17時だ。
これ以上残っていることは、二人の誠意にも礼を失すると思う。
なので、笑って差し出された衣装を辞退し、潔く帰ることにしたのだ。
自転車での帰り道。
振り返ればこの三日間の、準備をしてきた日々の思い出でいっぱいだった。
第一声、異世界転移ツアーという訳の分からない企画に突っ込んだ事。
展示内容の説明で、部長と生徒会長様の間で必死に火消しに回った事。
飯野先輩の演技に見とれ、女神様に陥落して部長にマジ蹴りされた事。
『その他全部』の役割の実態に叫び、過去の執筆作品の選定に追われた事。
緑さんの作成した衣装の多さに驚き、泣き崩れる姿に思わず約束した事。
作成された衣装を着た部長を見て、馬鹿笑いしたら半泣きで蹴られた事。
冊子原稿について、生徒会長様直々に顔を突き合わせて遅くまで内容を詰めた事。
文化祭前日、飯野先輩と二人で冒険に行き、黒いマントを手に入れた事。
暗幕片手に部室に戻ったら、部長が居てなぜか七発くらい蹴られまくった事。
文化祭初日、背景のベニヤ板が倒れて着替え中の緑さんがパニックになった事。
何をとは言わぬがほんのりご馳走様で、なぜか司会のオレが蹴られた事。
出演者の手作りクッキーをオレが渡したら、嫌な顔をされた事。
入り口側の緑さんが、帰り際に自分の手作りクッキーとオレのを交換していた事。
あわや戦争かという事態になり、オレのクッキーは三等分された事。
そのくせ、おいしくないわね、と部長に言われた事。
出演者の写真撮影でオレとの写真を、なぜか部長と先輩が拒否した事。
その後、部長に蹴られながら飯野先輩に可愛くお説教された事。
オタクな子が、薀蓄だけで5分過ぎてしまい泣きそうになった事。
昼には疲れ果て、それでも休憩しようとしない部長に悩んだ事。
着るわけないと思っていた魔王スタイルで、大立ち回りした事。
実は割れた兜の破片で切ったために頭から少し血が出ていた事。
ただ一言で、理由も聞かず駆けつけてくれた友人に頭を下げた事。
生徒会長様と共に、喧騒を遠くに保健室で救急車を待った事。
検査後に携帯の履歴を見て、苦笑やら嬉しいやら複雑だった事。
返信の魔王フェスティバルっぷりに、先生の前で突っ込んだ事。
皆が忙しくしている中で、一人自宅に居るのが苦しかった事。
三日目も出ていいと先生から電話が来て、深く頭を下げた事。
緑さんが、満面の笑みで魔王の兜バージョン2を渡してくれた事。
そのうえBGMも追加で、朝から魔王がゲシュタルト崩壊してた事。
開始前から予約が長蛇の列で、急遽値上げと予約ルールを変更した事。
それでも、程なく予約は埋まった事。
どこで聞きつけたのか、参加者が転移するなり魔王に祈りを捧げた事。
魔王として登場したら、その、ご馳走様でした。蹴られすぎた事。
生徒会長様まで、客なんだか出演者なんだか飛び入りしてきた事。
とにかくぐだぐだで、でもみんな笑顔だった事。笑顔で蹴られた事。
先生が様子を見に来てくれて、参加せずに早足で逃げ去った事。
受付の二人が、こっそり手をつないでたから写真撮った事。
参加者の生徒会長様が、魔王を討伐するとか言い出した事。
部長が司会をして、魔王完売しましたとか言い出した事。
滅茶苦茶な内容でも、楽しかったと最後に言ってくれた事。
多忙な生徒会長様に、クッキーを渡して色々込めてお礼を言った事。
なぜか部長から蹴られた事。先輩と緑さんも加えてクッキー没収された事。
どたばたのうちに、あっという間に一日が過ぎた事。
祭りの火が徐々に勢いを弱める中、一人帰路についた事。
そして―――今、こうして、家に着いた事。
何度ぬぐっても、涙は後から溢れて止まらなかった。
悔しいんじゃない。
悲しいわけでもない。
後悔……もあるけれど、それだけじゃない。
ただただ、涙が溢れた。
この感情が何なのか、この涙が何故なのか、言い表せなかったけれど。
流れる涙は、止まらなかった。
きっと、これが、青春。
そういう、不確かで、夏の陽炎みたいな尊い瞬き。
そんな事を、少しだけ想いながら。
後夜祭も、そろそろ佳境だろうなという時間。
照れ屋でお節介な幼馴染と。
元気で病弱な後輩と。
可愛くて穏やかな先輩が。
家のインターホンの前に三人で並んでいるのを見て、ぼくは慌ててドアを開けに走るのであった―――
扶桑学園 文芸部 活動記録
2015年度文化祭 『300秒で終わらす異世界転移』 ~~ 完 ~~
「くくく……純が地獄の怪鳥……生徒会長がジューン=セイトー……
駄目だ、止まんない……ぶふぅ」
「って、あたしの独白がこれって、酷くない? ねえ、酷すぎない!?」