異世界転移の復興作業
思わずぶちかましてしまった、その後。
ぼくが一番最初にやったことは、これをやらせに仕立てあげ、観客の皆さんに笑顔で頭を下げたことであり。
その次にやったことは、協力者ABCに電話して協力を要請したこと。
それから、容疑者と共に本部に出頭し、お縄についたのだった。
観客の皆さんも、一部はやらせじゃないって気づいていたようだ。でも何を思ったのか分からないけれど、好意的な拍手で迎えてくれた。
案外、悪役デスマッチ的な様子が面白かったのかもしれない。兜が壊れたり、そこから頭突きしたりしたし。
騒ぎによって次の人の予約時間も過ぎてしまったんだが、予約者の一人が昨日も来たからと辞退してくれたので、時間は繰り下げで無事に丸く収まった。
10分くらい余裕も出来たので、休憩や再開の準備はばっちりだろう。どうにか入り口前は引き継げるしな。
ぼくが居なくなった後の再開については、協力者のAとBが駆けつけてくれた。
こういう時、持つべきものは友であると実感する。
電話でただ一言、緊急事態だから協力してくれと言ったら、それだけで全部の予定やら何やらを調整し駆けつけてくれた。
次回のセッションでは、少しだけモンスターから狙う確率を高めて上げよう。ライトにMな友人に対し、ぼくは一人密かに決めたのだった。
協力者AとBは、準部員とも言うべきTRPG開催の時だけ参加する帰宅部カップルである。とだけ補足しておこう。
事前に、万が一に備えて入り口前の協力要請と、マニュアルを作成しておいたのが役に立ってしまったというわけだ。
ついで、協力者C。
誰あろう、扶桑学園の生徒会長様で、ぼくと部長のご近所さんである。
ぶっちゃけ、この3人が幼馴染というやつだ。その呼称はあまり好きじゃないので、使わないようにしてるんだけどね。
詳しい説明は後でするから、どうにか営業停止の回避と、ぼく以外の人間は何もしてないから処罰されないよう寛大な処置をお願いした。
盛大なため息と共に、ぼくの願いを聞き入れてくれた生徒会長様。相変わらず、部長のためにだけ必死に頑張ってばかりだなと。いつもの嫌味を一つ添えてね。
仕方ないから、今度TRPGに誘ってやるとしよう。ぼくは再び、密かに心に誓うのだった。
文化祭実行委員も兼ねてるし、ぼくらなんか目じゃないくらいすごく忙しいのは分かってるんだが。頼らないで怒られるより、頼って呆れられたかった。
そういうわけで、ぼくが抜けた後の事を、手早く頼れる友人にお願いして。
ぼくは不届き者と二人で、悠々と本部に出頭したのでした。
事情の確認や正式な処罰などは後日の通知に決定。
ぼくはとりあえずの自宅謹慎を言い渡され。
学園祭2日目。最も賑わう忙しい時間帯に、一人学園を、文芸部を去ることとなった。
部長、怒ってるだろうなぁ……
『途中で居なくなったりして、どんだけ残ったあたし達が大変だったか分かってんの!?』とか言って。
いやいや、そりゃまぁ……すまん。大変だったろうな。
入り口の対応を専任で任せられる助っ人二人呼んだから、それでチャラにしてくれ。
飯野先輩は……そうだなぁ。
『椅子で殴られたら死んじゃうよ、危ないことはしないで』とかかな?
殴られたくて殴られたわけじゃないし、ぼくだって椅子攻撃はさすがに予想してなかったんだよ。
咄嗟に避けたり、受け止めることが出来なかった。
辞めてから随分経ってるし、そうとう身体も鈍ってるわけだ。これは真面目に、鍛えなおすべきかもしれない。
緑さんは……うーん。一番読めない。
そもそもあの時、笑い転げてたんじゃなかろうか?
『スベルク=テイハ……先輩が……うぅぅ、おなか痛い、魔王様おなか痛いよぅぅ』
―――うん、想像してちょっと凹んだ。やめておこう。
そんなことを考えながら、自転車の前かごにかばんを放り込む。
鍵を取り出し―――
「術!」
「……お?」
突然の呼び声に振り向けば、肩で息をする生徒会長様。
「忙しいだろうに、わざわざ見送りか?
そんなことよりうちの部を―――」
「あなた、椅子で頭を殴られたって本当?」
「……あー、そう言えばそんな事もあったかもしれない、かな?」
「あったかも、じゃないわよ!
そんな大事聞いてないわ、今すぐ救急車呼ぶから保健室きなさい!」
「いやいや、超頑丈な兜を被ってたから大丈夫だって。
すごいんだ、なんせ魔王の兜だからな。椅子ぐらい目じゃないって」
「ばかっ!
いいから来なさい、言うこと聞かないと法子に言いつけるわよ!」
「……その言い方は汚いって、純」
「ふん、馬鹿なんだから」
清川 純。協力者Cこと、生徒会長様だ。
トレードマークの長いポニーテールを揺らし腰に両手をあてたいつものお姿に、ぼくはやる気なく両手を挙げてみせた。
後をついて、ゆっくりと下駄箱に向かい歩く。
下駄箱にも辺りにも大量の人が居るが、わざわざぼくらに注目する人はいない。
みんな、他人を気にかけるより、祭りを楽しむのに忙しいのだ。その事がなんとなく嬉しかった。
すぐに下駄箱を通り抜け、外から保健室へ向かった。
万が一の救急車の対応のために、外にも出入り口がついているのだ。わざわざ狭い校内を通り抜けるより何かと便利である。
「状況は確認したわ。
並んでいた複数の人から事情も確認したし、文芸部員以外からの情報収集は完了してる」
「うちの部員は?」
「術が抜けて部員が残り三名、これで事情聴取したら営業停止せざるを得ないでしょ。
今日の終了まで待つことにしたわ」
「ありがとう、助かる」
「ただし!」
頭を下げるぼくに、指を突きつけて
「救急車が来るまでの間、あなたからは事情聴取させてもらうからね」
「あ、救急車さーん。こっちですー」
「余計なことしない!」
いつものように頭を叩こうとした手が、すんでの、本当にぎりぎりの所で止まる。
無言で背中を向けると、手にしていた保健室の鍵を開けてドアを開いた。
招かれて中に入り、椅子に腰を下ろす。
喧騒から離れたここは、外よりも少し涼しかった。
「……頭を叩かせないでちょうだい、馬鹿」
「え、今のぼくが悪いの?」
「ええ、あなたが悪いわ。
本部に出頭しておきながら、正確な事を話さず、ただのケンカとして処理しようとしたあなたがね」
祭りの熱気でただのケンカなら、大げさな処罰には多分ならない。なっても停学くらいだろう。
でも、椅子で殴ったとなれば間違いなく大事だ。おそらく―――
「優しくする相手を間違ってるわよ。
文化祭の出し物を邪魔して自分に怪我を負わせ、部員の事も危ない目にあわせたんでしょ?
断固厳罰に処するべきだわ」
「んー……純の言いたいこと、よく分かるんだけどさ」
「何?」
「でも、なぁ。
うちの先輩、優しいから。
どうみても相手が悪いのに、警察沙汰だの退学だのになったら、責任を感じてしまうだろうなと思って」
その結果、先輩の笑顔が曇るくらいなら。
少しぼくが我慢して、怒られればいい。そう思うんだ。
そこまで説明はしないけれど。
先のぼくの言葉で十分に不服だったらしく、頭ではなく腕を軽く叩かれた。
「犯罪者を庇ったせいで術が現実より重い罰を受けたら、私が悲しいわ」
「ん……ありがとう」
「お礼言うとこじゃないわよ、もう」
呆れたように肩を落とすと、純は氷袋を用意し頭に乗せてくれた。
ちょっと冷たすぎる気もするが、なかなか気持ちいい。
それから少しの事情聴取を受けてる間に救急車が到着し。
ぼくはやってきた担任の先生に付き添われ、病院に送り出された。
明日は、自転車がないからいつもより早く家を出ないとなぁ……なんて考えながら。
病院での診断は、問題なし。
念のためレントゲンも撮られたが、何の異常もなし。
分厚くて形のいい、良い頭蓋骨ですねと褒められました。
純が話したのか、病院についた辺りで交互に三人からメールが来るようになった。
一応救急ということで、メールの返事をする間もなく検査を受けてたんだけど。
戻ってきたら先生に、携帯が鳴りっ放しだったよと笑われた。
出てくれても良かったんだけどね。すみません。
まずは検査結果の無事と、自宅謹慎になったことを謝っておいた。
以下、そのお返事。
from : 飯野先輩
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もうもう、無理ばっかりするからだよ~
心臓が止まるかと思ったんだからね
もうちょっとで、私が死んじゃうところだったんだからね!
しっかり反省して、ゆっくり休んで
明日は元気な姿を見せて安心させてね
いつも私を見守ってくれてる、素敵な魔王様へ☆
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from : 森木さん
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ほんとーに、ほんとーに!
先輩がご無事でよかったです (*´∇`*;△
早く帰ってきて下さいね (・∇-*)-☆
私、先輩が殴られるところ見てなくて
後で部長や飯野先輩に聞いたんです…… m(*。_。)m
でももし見たらショックで気絶 ミ(ノ;_ _)ノ =3
しちゃってたと思うんで、
余計な心配かけなくて良かったのかな? o(-_-;*)
それでは忙しいので、これで失礼します <(_ _ )>
先輩、またメールしますね☆ (^_-)-☆
追伸。
あんなの、ちゃんとした魔王様って認めませんから!
みどりの事さらって、いっぱい愛して下さいね
私の魔王様♪
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from : 当麻 法子
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ハイテクへ
途中で居なくなったりして、どんだけ残ったあたし達が大変だったか分かってんの?
どうせ殴られたくらいで死なないんだから、ちゃんと休んで早く帰ってきなさい
明日は、今日の3倍働かせてあげるわ
ところで、スベルク=テイハは最高だったわ
写真に撮ってないのが悔やまれる……本当に悔やまれる。一生の不覚ね
今度みどりにまた兜作らせるから、ちゃんと着るのよ、魔王様
あと、二人の協力手配とか、純への根回しとか、ありがと
部長のあたしがすべきだったね、ごめん
いつもフォローしてくれて、感謝してる
それじゃぁ、これで
明日の活躍を期待してるからね、魔王様
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「お前らどんだけ魔王様が気に入ったんだよ!」
思わず全力で突っ込むぼくに、先生が驚いた顔を向けた。
慌てて謝りつつ、苦笑いでため息をついた。
「ちょっとは元気出たようだね?」
「すみません、先生にもご迷惑お掛けしました」
「まあ、椅子で殴られたと聞いた時にはびっくりしたよ。なんともなくて良かった」
先生に頭を下げ、準部員の二人と純にも無事をメールしておいた。
純だけが、返事に魔王と書いてこなかったのが癒しでした。
帰りは先生がタクシーで近くの駅まで送ってくれた。
自宅謹慎なので、まだ明るいが大人しく帰宅する。
文化祭の最終日についても、今のところは自宅謹慎のままらしい
事情は当初の説明と違ったし、先生も掛け合ってくれるそうだが、即座に撤回は難しいと言われてしまった。
ちょっとだけ、ケンカしたと言ったことを後悔した、かもしれない。
いやいや、そんな事はないぞ。あれは必要だった、後悔なんかしない。うんうん。
夕焼けよりも早い時間。
いつもならまだ学校に居るのに、一人で家に帰りつく。
身体は少しだけ疲れていたけれど―――
一人で家に居ると、残してきたみんなのことが浮かんで。
忙しいんだろうなとか、テンパってないかなとか、キレてないかなとか。
次から次に考えが止まらなくて、なんとなく苦しかった。
夜、先生から電話が出て。
明日もなんとか、文化祭の開催時間である9時~17時に限り、登校が特例で許可されたと教えてくれた。
先生も純も後夜祭まで許可を取り付けたかったそうなんだが、さすがに暗くなった時間外に、問題を起こした生徒の参加は認めてくれなかったらしい。
それでも、日中の開催時間だけでも構わない。
電話越しに頭を下げ、すぐにぼくは三人に明日の登校を知らせた。
返事のメールについては、魔王様祭りだったとだけ記しておくとしよう。
【募集】 求む・魔王の写真
扶桑学園文化祭 二日目の文芸部の出展で、魔王様の写真をお持ちの方。
部誌や活動記録としたいので、もしよろしければ下記のアドレスまでお送り下さい。
あて先はコチラ。
「見て下さい、飯野先輩。
携帯の登録名、魔王先輩に変えちゃいました!」
「うふ、私も着信音、緑ちゃんの作った魔王に変えちゃった」
「早く壁紙用の画像が欲しいわね」
「お前ら、少しは自重してくれよ。
兜も壊れたし、もうやらないからな!」