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異世界転移のレベル上げ

 そんなこんなで準備は進み、明日はいよいよ文化祭。

 今日は最後の大詰めとばかりに、どこの団体も大張り切りだ。

 ブラスバンドやら、発声練習やら、楽器やら歌声やら奇声やら。ひっきりなしに聞こえる賑わいも、どこか楽しく心地よい。


 部活に参加しているため、文化祭当日のクラス担当は免除されている。

 ちなみにうちのクラスはオカマ風カフェらしい。この話を聞いた時、ぼくは心の底から部長に感謝した。


―――でもよくよく考えたら、感謝すべきは文芸部であって、部長個人じゃないよな?

 例年通り、冊子販売や作品の朗読会であっても、当日のクラス担当は免除されてたよな?

 そんな事も思ったが、まあ、いいだろう。あの破天荒な部長様にも、ちょっとだけ感謝しておくとしよう。



「じゅっくん」

「どうしました、飯野先輩?」


 なんとか無事に部誌の製本も終え、ディスプレイも完了。

 明日の準備もあらかた片付いた所で、飯野先輩がおっとりとぼくに声をかけた。


「どうしよう、困っちゃったの」


 その声と表情だけでは、全然困っているように見えないのが先輩クオリティ。

 でも困ってると言うからには、実際に困ってるんだろう。ぼくには表情で判断つかないけど、先輩の言葉を疑う気はこれっぽっちもない。


「何を困ったのですか?」

「借りてきた暗幕が、1枚しかなかったの」


 先輩が手に持っていたのは、裏方と参加者との間を仕切る暗幕である。

 それほど広くない部室とは言え、一枚で仕切るにはサイズも足りないし合わせ目から人の出入りも出来なくなるからな。二枚欲しい。


「ちょっと待って下さいね、確か……」


 まとめていた書類束から、提出した申請書の写しを確認する。

 使う物の申請書はしばらく前にぼくが出した、確か暗幕も―――


「うん、間違いない。申請書はちゃんと二枚で出してありますね。

 多分だけど、配布側が間違えたんでしょう」

「良かったぁ……

 ごめんなさい、私が受け取った時にちゃんと数えてれば良かったのに」


 しゅん、という感じに目に見えて落ち込む先輩。

 いつもは身長以上に大きく見える姿も、今日はなんだか小さく見えた。


「大丈夫ですよ。

 準備もだいたい終わってますし、今からもらいに行ってきますね」

「私が行くよ、私のミスだもん」

「気にしないで下さい、それを言ったら受け取りも含めて雑用は全部ぼくの役割ですから」


『その他全部』の役職担当は伊達ではない。

 伊達であって欲しかったが、伊達ではない。部員のお昼の買い出しとか、部長様の肩もみとかもぼくの役割であると言われた。

 げせぬ。げするけど、げせぬ。


「うん……」


 まだ落ち込んだ表情の先輩。

 ぼくとほぼ同じ身長の先輩だが、なんだか迷子のように見えて。


「―――よしよし、大丈夫ですからね」

「あ……」


 思わず撫でた先輩の髪は、なんだかふわふわでつやつやで、暖かかった。

 すごくどきどきして、先輩の視線が―――


「って、すみませんっ、失礼しました!」

「あっ……」


 最初の『あ……』は、驚いたように見上げた先輩の呟き。

 その後の『あっ……』は、また不安そうな表情に戻った寂しげな呟き。


……えっと。


「あ、あの……」

「……」


 何かを訴えるように、同じ高さの眼差しで、じいっと見つめてくる先輩。

 息が届くほど近くで、吸い込まれそうなほど、見つめ込んでくる先輩。


 う、うう……

 うううぅ、どうか、勘違いじゃありませんように!


「あの……

 な、撫でて、も、いいですか!」

「ぁ―――うん!」


 先輩がぱぁぁっと笑顔になると、目の前でわざわざ中腰になってくれた。

 差し出された頭を、くるくると撫でる。


 どきどきしながら、撫でる。



「……落ち着きました?」

「もうちょっと……お願い、ね?」


 うぅ、その上目使い反則ですよ先輩……

 いつもはほとんど同じ高さの先輩が。今は下から、覗き込むようにぼくを見つめてくる。


 先輩に逆らえない弱い後輩のぼくは、仕方なしに先輩を撫で続けた。

 今度は、髪を梳かすように縦に撫でる。


「ふぁ……」


 先輩の声に、一瞬びくっとなるが。

 先輩が動かないことが分かったので、もう一度撫でる。

 胸のどきどきが鳴りっぱなしで苦しいくらいだった。



 しばらく頑張って撫で続けた結果、先輩は満面の笑顔を取り戻してくれた。

 その笑顔を見て、胸のどきどきがさらに一段高い領域に突入する。


 やばいやばい、何がとは言わないけどこれはやばいこれ以上はやばい!


 探すんだ打開策を、閃け輝け我が頭脳!

 そもそもの原因はなんだ、どうしてこうなったんだっけ?


 そうだ、暗幕だ!


「そっ!

 そういうわけでっ、暗幕を取りに行ってきますっ」

「私も暗幕がないと準備が続けられないし、一緒にいこ?」


 ぼくが必死に足掻いて築きあげた城壁を、微笑み一つで軽々と飛び越える天使のような先輩。



 殿、敵戦力は強大、本丸は陥落寸前です! 今すぐ抜け道を使って退避を!

 止むを得ん、この部室しろを捨てて逃げるとしよう。そちも供に来るのじゃ!



「分かりました、じゃあ一緒に行きましょう」



―――そちも供に来るのじゃ、じゃねーだろ!




 黒板の伝言スペースに、暗幕を取りに行く旨を書く。

 ちなみに部長は文化祭前日の代表者ミーティング、緑さんは午前中お休みである。

 部長が戻るまでまだ30分以上ある予定だが、こういうのは習慣づける事が大事だからね。

 最後に二人の名前を書いて、指についたチョークの粉を払い落とした。


 二人で部室を出て施錠。一緒に文化祭実行委員の本部へ向かう。


「二人きりでお出かけって、なんだか新鮮だね?」

「そうですか?

 先週も、購買に模造紙とか買いに行きましたよ」

「そういうんじゃなくって……もう」


 頬を膨らませる先輩がちょっと可愛い、なんて思いつつ。

 部長や緑さんとは違う、ほぼ同じ目線の高さを少し新鮮に思いながら、本部へ辿り着いた。


 暗幕が足りないことを話し、確認してもらう。

 その結果、本部の配布リストに一枚と記載されていることがわかり、申請書のコピーを見せてもう一枚もらえるよう頼む。


 お願いは快く了承されたが、本部ここで交換する分はすでに参加者に配布済みで残っていないとのこと。

 体育館裏の倉庫に取りに行って欲しいと謝られた。


「なんだか、冒険っぽくなってきたね?」

「そうですね。

 それじゃぁ黒いマントを目指して、もうひと頑張りしましょう」

「おー!」


 黒いマントは、今回の異世界転移ツアーのシナリオの一つで―――


 なんてことを考えている間に、ノリノリの先輩が気づいたらぼくの手を握っていた。

 ちょ、ちょっとぉ!


「せ、先輩!」

「ん、どうしたの?」


 オクターブ跳ね上がったぼくの声に、全く何も分からないと言った顔で小首をかしげる先輩。

 すごく可愛い。じゃなくて!


 振りほどくわけにもいかず、指摘するのも変で。

 なんでもないと誤魔化しつつ、ぼくは胸の鼓動と顔の熱を抑えるのに必死だった。




 体育館裏の倉庫。

 曇りガラスの窓から差し込む光だけが照らす、薄暗い場所。


 その時突然見回りの先生が鍵を掛けてしまい、二人きりでここに閉じ込められ。

 暗闇に恐怖する先輩を抱きしめ、愛の告白。二人の影が徐々に近づき―――



―――なんて馬鹿な妄想を振り切る。

 そもそも文化祭で使う物品を保管している倉庫なので、ここにも担当の先生が居るのだよ。

 本部でもらった許可証を見せ、無事に暗幕を一枚借りることができました。

 ですよねー。何もないですよねー。




「やったね、じゅっくん」


 倉庫からの帰り道。近道とばかりに、体育館脇の抜け道を通る。

 体育館の中からは、明日の準備で賑わう声が漏れ聞こえていた。

 ああ、どこも祭りの前日なんだなぁ。


「ええ。ちょっと手間はかかりましたが、無事に暗幕が借りれて良かったですね」


 答えるぼくに、先輩は立ち止まるとずずいと近寄ってきた。


 かっ、顔が近い、息が近いです先輩!


「違うよ!」

「え?」


 先輩は全力でぼくの言葉を否定すると、暗幕を抱えていたぼくの手を包み込むように握った。


「冒険の結果、勇者は悪いモンスターをやっつけて黒いマントを手に入れたんだよ」


 ぼくの手から暗幕―――黒いマントを奪うと、二つ折りにしてぼくの肩に着せる。


「『勇者様、素敵ですわ』」


 それは、今回の異世界転移ツアーの、一つのシナリオの帰着点。

 モンスターにさらわれた村娘|(役:先輩)を助けに行くお話。


「こうしてあなたは、奪われた黒いマントを取り戻し、さらわれた村娘を助け出し……」


 本来は、ぼくが読むべきナレーション部分。

 それを、先輩が笑顔で、可憐な唇から紡ぎだす。


「……」

「……」


 続きの話を、ぼくらは知っている。暗唱できるほどに、ぼくらは覚えている。

 異世界に転移した参加者は、モンスターを倒して村娘を助け出し―――



 駄目です陛下、これ以上はお身体に触ります!

 ならん、ならんぞ。民を守らずして何が王か! わしはわしにできる全力を尽くす、そうして民を守る! それがわしの生き様じゃ!

 そんな、陛下あっての国です。陛下を守ることこそが民の務め、どうかお下がり下さい!

 馬鹿者、国あっての民じゃ、忘れるな! わしはけして己の弱さには負けん、例えこの命尽き果てようとも!



 胸が高鳴り、頭がくらくらし。

 それでも、関係ないことをほざこうとする自分の口を、逃げ出す気持ちを堰き止めて。

 それが正しいのか間違ってるのかも分からずに、言葉を堰き止めて。



 沈黙するぼくを、どう取ったか。

 先輩は、優しげに眼を細め―――


「文化祭。絶対一緒に成功させようね」

「―――はい」


 何かを堪えるように、そう微笑んだ。


「だけどね」


「もし、この文化祭が、うまくいったら」


「その時は2人きりで、この話の続きを―――」


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