異世界転移のプロローグ
「それでは、文芸部の今年の文化祭の出店は、異世界転移ツアーに決まりました」
「いえーぃ!」
「ちょっと待てぇぇぇ」
司会を務める飯野先輩のおっとりした声に、喝采を送る部長。
その二人に向かって、全力で突っ込む。
「なんで突然そうなってるわけ?
文芸部の出し物は作品集の出品と朗読でしょ?」
「ハイテク、何を馬鹿なことを言ってんのよ」
ハイテクというのはぼくのあだ名である。
本名、高枝 術。『枝』を『技』と間違えて書かれた時『ハイテクの導入だわ!』と叫ばれた事に起因する。
中肉中背、没個性なただの高校2年生だ。趣味や執筆やらゲームやら、オタク的な事を全般。スポーツは昔卒業しました。
「今のラノベのトレンドは異世界転移、まさにこれよ!
だから文芸部らしく、今の流行に則った素晴らしい作品を提供するのよ。間違いないわ!」
「作品を提供することと、ツアーすることは全然違いますよね?」
「活字なんてたかが妄想、実体験に勝る満足はないわね」
「なんだこいつ、文芸部部長が文芸全否定しやがったよ!」
なんでこんなのが部長やってんだよ。げせぬ。
この、活字離れのはなはだしい滅茶苦茶なのが、文芸部部長の当麻 法子。
通称およびペンネームは『魔法っ娘』で、一応小さい頃からの腐れ縁、ぼくのご近所さんだったりする。
後ろ髪は肩くらいまで、前髪を長く伸ばし、片目と顔の右半分を覆う痛いスタイルの……残念ながら、顔は美少女である。
体格はやや貧相、胸もやや貧相(本人曰く発展途上地帯)、おつむの出来は学年4番。運動能力も学年トップグループ。
ぼくをこの文芸部に引きずり込んだ、諸悪の根源にして……いや、なんでもない。
「飯野先輩もなんとか言って下さいよ」
部長と話していても埒が明かない。
ぼくはにこにこと傍観者を決め込む第三者、飯野先輩に声を掛けた。
本名は飯野 瞳。文芸部唯一の三年生で、今日も自ら司会と書記を兼任中だ。
背は平均より辛うじて高いくらいだが、細身ですらりとした美人さんであるために実際より背が高く見える。
胸のサイズこそ部長(普乳)より劣るが、その温和な眼差しと慈愛溢れる微笑みに、校内にファンクラブがあるとかないとか。
かくいうぼくも、つい目で追ってしまうくらいには、その笑顔に陥落されたいくらいには、飯野先輩が気になっている。
ふわりとした微笑みにあわせて小首を傾げると、短い髪がさらりと揺れてそれだけでどきどきさせられてしまった。
「まほちゃんが間違いないと言ってるから、大丈夫だと思うわぁ」
この部の良心……と言えば聞こえは良いんだけど、その実態はオールオッケーの慈母神である。
残念ながら、飯野先輩が部長を止めてくれたことはない。
いいひと過ぎるのが問題かもしれない。主に、素敵過ぎるって意味で。
「その間違いないは、いつも前提条件に『ただし高枝 術を除く』って書かれてますよね?
この前の体育祭の部活対抗リレーでも、ぼくだけ六法全書暗唱しながら逆立ちで全力疾走させられましたよね!?」
その時に部長から与えられた、各人のコンセプト。
部長は『ペンは剣より強し』
飯野先輩は『深窓の令嬢』
もう一人の部員は『文学の笛の音』
ぼくは『法と芸は両立するか』
一人だけおかしいだろ!
「ああ、あれねー」
「なんですか、部長」
六法全書を押し付けてきた諸悪の根源が、いい笑顔で
「いい子守唄だったわ」
「最低だ、この部長最低だ!」
第一走者の務めが終わった後、人の奮闘を子守唄に寝ていたことを暴露しやがった。
もう嫌だ、こんな部活やめてやる!
そんなわけで、いつものように押し切られ。
我が文芸部は文化祭で、異世界転移ツアーをやることとなった。
どうやんだよ、おい! 魔法っ子が得意の魔術でなんとかすんのかよ!
そう突っ込んだら、なんと具体的な計画書が出てきやがった。
得意げな顔が小憎らしい。額に肉って書いてやりたい。
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■■■ 県立扶桑学園文芸部 文化祭出展作品 ■■■
『300秒で終わらす異世界転移』
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「どっかで聞いたタイトルだな!」
「この物語はフィクションです。実在するどうたらこうたら」
突っ込まない、ぼくは突っ込まないぞー。
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■ 規模・時間
一度に一名、あるいは二名ずつ実施。
ゲームの時間は説明とキャラメイクに3分、本番に5分。一組あたり10~12分の周期とする。
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「ゲームって言ってる、文芸部どこいった!」
「うるっさいわねー、文芸の主流を追い求めてるんだからこれであってんのよ」
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■ 出展内容
基本はTRPGとする
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「異世界じゃないじゃん! 転移しないじゃん!」
「うるさい、ここがこの企画のすごいとこなんだからね。まずは最後まで読め」
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そもそも、異世界に転移し、レベルを上げてスキルを取る、成り上がる、そう言った流行の異世界転移とは。
つまるところ、本名プレイのTRPGを現実可したものと全く同じである。
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「む……」
この主張は……そう言われてみると、確かにちょっと頷かざるを得ない、かもしれない。
文芸部員としては非常に不服であるが、否定できるかと言われると難しい、かもしれない。
騙されている気もする。
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なので、パソコンの画面に背景とステータスを表示し、登場人物は即興で部員が演じ、5分間の異世界体験を楽しんでもらう。
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「まほちゃん、すごいこと考えつくのねぇ」
「でしょでしょぉ?
やっぱりひとみは、ローテクと違ってあたしのことをよく理解してくれるのね」
ローテクってのはぼくの蔑称である。念のため。
ぼくは得意げな部長とオールオッケーの飯野先輩を無視して、読み進めることにした。
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■ 配役
システム全般、脚本、総監督 : 当麻 法子
呼込、店内装飾、お色気担当 : 飯野 瞳
音楽、背景、イラスト、衣装 : 森木 緑
進行、機材操作、その他全部 : 高枝 術
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「その他全部って、どんだけ雑用させる気?」
「買い出しとか力仕事、集計表を作ったり印刷なんかは基本的にハイテクの仕事ね。
あたしは脚本とシステム構築があるし、ひとみは宣伝関係も任せたいから準備も忙しいだろうし。
みどりは、自宅で事前に出来そうなことを割り振ったから」
じと目で問いかけるぼくに対し、予想に反して部長は冷静に分かりやすく答えた。
どうやらこの企画にかなりやる気を出しているらしい。おちょくったり誤魔化すんじゃなく、実現するための筋道がしっかり出来ているようだ。
「……そう考えると、確かに部長の手伝いは出来そうにないし、緑さんの作業も自宅だから手伝い無理だし、飯野先輩の手伝いくらいか。
良かった、思ったより酷くはないな」
緑さんと言うのは、ここに居ない最後の文芸部メンバーである。
本名は森木 緑。身体が弱く、学校にも週に1,2日しか来ていない。
中学までの間に、美術も音楽も洋裁も賞を取ったことがあるという芸術の神に祝福された子だ。
ただ一つ、文才だけは致命的であり、その欠点を克服するためにこの部に入部したんだって。
……こんな部に入るより、独学で学んだ方がよっぽど文才が身に着くと思うんだけどなぁ。
部長、騒いでばっかだし。
そもそも、文章を含めて芸術的な才能は何一つないぼくからすれば、すでにある才能を伸ばしてもいいと思うんだよね。
羨ましいようなもったいないような、もどかしいような。だからこそ応援したくもある。
「あと、当日の司会進行はあんただから、ナレーションの練習もしてもらうからね。
登場人物もやってもらうけど、基本は男客だろうからシナリオの大半は女性陣が登場人物よ。その方が受けるから」
「ストーリー読むだけなら、登場人物よりはずっと気が楽だね。良かった」
「ストーリーだけと言っても、基本はTRPGのGMだからね?
アドリブ、必要よ?」
「そのくらいは何とか頑張るよ。指導よろしく」
TRPGのGMくらいは経験がある。
というか、話の展開を考える練習という名目で、うちの部活動で定期的にやっているのだ。
GMは大抵ぼくか部長で、TRPGの時だけ遊びに来る帰宅部員とかもいたりする。
「ローテク頼りにしたら、あたしの素晴らしい企画と脚本とストーリーが産業廃棄物になるからね。
まっかせなさい、みっちり鍛えるわ」
「なんとなく気になる言い方だが、まぁよろしく頼んだ」
こうして、ぼくら扶桑学園文芸部の文化祭出展作品は、異世界転移ツアーに決まったのだった。
~~ 作者の独断と偏見による、即興用語説明 ~~
■ TRPG
テーブルトーク・ロールプレイングゲーム、の略。
昨今のコンピュータRPGを、紙やサイコロを用いて、非電源で遊ぶゲーム。
基本的に、ゲームマスター(GM)と呼ばれる司会役が1人と、プレイヤーが数人でゲームを行う。
プレイヤーはそれぞれ自分のキャラクターを妄想して作成する。
欲しい職業や技能を習得し、装備を買い、異世界で生きる一人の人間を生み出す。
各プレイヤーがそのキャラクターの役を演じて、GMが語るストーリーの中で好きなように行動する。
行動や戦闘の結果は、主にサイコロなどの乱数により決定される。
これらにより、プレイヤー達が話し合い、知恵を出し合い、成功や失敗に一喜一憂しながら、ストーリーの達成を目指して楽しむのだ。
昨今のネットゲーで、選択肢や行動の制限がなくなったら、わりとこんな感じになると思う。
昔はよく、ドラクエ3の各職業を、一人1キャラクターでみんなで分担して遊ぶ感じ、と説明したものだなぁ。
この物語はシリーズものなどではなく、独立した短編小説です。
ただし、本編こと『3日で終わらす異世界転移』を最後まで読んである方が、ところどころに小ネタが入っていたりするのでより一層楽しめるかと思われます。
あわせてそちらもお楽しみいただけますようよろしくお願いいたします。
それでは―――
突発企画・300秒で終わらす異世界転移!
期間限定の超短期連載、突然の開幕です☆