2nd ブラック&ホワイト――ラウズ
さて、今日の締めくくりだ。
ネットワークゲーム、AXIS――
今、プレイヤーが最も増加してるゲームだと、ラジオが言っていた。俺もきっと、その内の一人にカウントされてるんだろう。
サングラス型のイカした本体を装着した。引っ付いてるイヤホンは延長するから、どこにどんな耳があってもOK、というものだ。俺の耳は、普通の《ヒューム》と同じ位置に、同じサイズの耳だ。ネズミの耳だけどさ。
「またそれやるの?」
とモルが眠そうに言った。レンズ越しにモルの顔が見える。仕事に出かける大好きな父親を、寂しく見送る子供というのは、今のモルと同じ顔をするのかな。モル、別に、俺という存在が消えるワケじゃないんだ。
「おうよ。だから先に寝ててくれ」
そう言って、蝶番に付いたスイッチを押し込む。
「行ってらっしゃーい……」
ああ、行ってきます。
いざ往かん。電脳空間へ!仮想世界へ!ってか――
目の前にブルーフレームの曼陀羅が広がる。恐らくこの曼陀羅は、目で正式な所有者かどうかを確認しているのだろう。しかし、いつもはグリーンフレームの曼陀羅だ。もしかして、何かイベントがあるのかもしれない。
周りに白光が伸びていき、ホワイトカラーの空間の中に、俺一人だけとなった。正直、最初は情けなかったが、この状況は心細くなるものだった。でも今は、こいつはワクワクを助長してくれるものになっている。
「あっ、来た」
そう肌で感じた瞬間、俺は拠点の街、《セントラルサンズ》の、中心に降り立つ。周りからは、上空から現れたように見える。俺から見た他のプレイヤーもそうだからだ。後ろの噴水のささやきが心地いい。
いつも思うことだけど、ここは凄くキレイな街だ。モデルの街があるのだろうか。プログラムなんだろうけど、住人も生きてるとしか思えない。住人かプレイヤーかの区別が、身に付けてる装備しかねえ。天気もログインする日によって変わっている――今日は三日月が眩しい。星の数もすげえ。
今、身に着けてる「シノビのショウゾク」も、丈夫だぜ、ってしっかりした感触が体中に主張してる。腰の「ニンジャブレード」の重みも、ずしんときてる。
まあいいや、目的地へ向かおう。東だ、東――
見上げると首が痛くなる、木とクロガネのジパング・キャッスルゲートに着いた。ピストル・ヘアーのゲートキーパーがペアで並んでいる。
いつもと変わんねえな。と思うが、ゲートキーパーは毎度変わっている。
今日は《ヒューム》のペアだが、《ファーリー》のペアの日もある。耳をすませると、退屈しのぎのトークも聞ける。似たような内容の時もあるが、俺が覚えてる限りでは、全く同じ内容だったことはない。AI、というものなのだろうか。
この時間帯に、あのゲートの先に行こうとすると、ゲートキーパーに打ちのめされ、ログアウトしてしまう。“ウェイ・オブ・ザ・シャドウ”だ、ニンジャモードで行くぜ。
ゲートに一番近い、この建物の上からなら、ゲートを跳び越えられる。
「平和なのはいいが……ただ立ち尽くすだけというのも辛いな……」
「それでも高給だ。文句を言うよりその高給を楽しみにした方がいい」
それっ。おっと、よし。飛び越え成功――
音を立てずに着地を――やばい、枯れ葉だ!着地したら、音が立っちまう!あっ、枝!掴まって……ぶら下がって……よし。慎重に………………着地、成功っと。
目の前に見えた枝が、スリムなモデルや、ミイラに似てなくて、本当に助かったと思った。少し木が揺れたけど、他の木も風で揺れていた――
「おっ、そのキセルは」
「へへっ。女房がな、くれたのよ」
ゲートキーパーペアは気づいてないようだ。よっしゃ!侵入成功だ。このスリルは、病みつきだ。
小説に書いてあったことを思い出す――枯れ葉は時に、侵入者を知らす警報ともなるのだ。誰からとも頼まれずに、枯れ葉を掃除をする庭番は、シノビの助力、即ち敵となるニンジャである――
しかし一流のニンジャなら、枯れ葉の上でも、音を立たせることはないらしい。ホントかな、と思うが、センセイなら出来そうだ。
このAXISは、MMORPG、って呼ばれているゲームだ――正直よく分かってないけど。
俺にとっては今、中毒の遊戯であり、すごく楽しんでる。それで充分だろ――
プレイヤーは一人一人、ジョブを絶対に選ぶことになっている。就かざるもの遊ぶべからず、だ。
東西南北のゲートの先に、別々の特色のエリアが広がっている。
北には、大きなフェンスのゲートがある。イエローとブラックのストライプが、危険だと目に焼き付けいてくる。この先、工事中。にも見えるけど。
理由は、獰猛なモンスターや野党が蔓延ってるエリアだからだ。まるで世紀末を舞台に、カンフーで立ち向かうコミックだよ。アターッ!てさ。
そんなターゲットを駆逐して、ストレスを解消したい、というプレイヤーにオススメされている。現実でもスポーツとかあるけど、それとは違うんだろう。
ジョブは、戦士拳屋、ガンナー、スナイパー……何というか、ワイルドで、ホットな、かっこいいジョブになれる。俺には似合わねえ。
そういえば、あの拳屋の人は来てるのかな。トラの目の――
AXISには、キャラメイクがない。正真正銘、自分が主役となってプレイする。だから現実での特徴はそのままだ。
その人は、両腕が機械義肢だ。戦争帰りの元軍人だ、絶対に。
西側の、白い大理石の門の先は、泉と森とお城と、ファンタジーなエリアだ。魔法や錬金術を使うジョブになれる。
モンスターも、ゴブリンや、オークとか、想像で創造されたものがいる。強いモンスターとなると、吸血鬼や、人狼がいるらしい。
現実にオオカミの《ファーリー》の知り合いがいる。その人は、知性もあるし、理性的だ。いや、どうだろう。女性をナンパして、とっかえひっかえ、性的な意味で食ってるとか……
遭遇したことがないから分からないが、人狼というのは、それらを無くした感じなんだろう。モデルとなった人がいたりするのだろうが、結局は架空の存在だ。
ただひどいだけのヤツなら、《アンダートーン》にも沢山いる。ジャンキー、ドランカー、バイヤー――
南の丸太のゲートの先は、バースエリアと呼ばれている。農場があったり、海があって美味い魚が捕れたり、工場もある。
食糧、料理、乗り物、部品、用品、需要のあるものが産まれるエリアだ。
別のエリアに生息するモンスターの肉や血が、ある料理には必要不可欠であり、その料理に必須の用品を作るには、また別のエリアでしか採集できない鉱石が必要だったり――繋がりが重要で、追求すれば楽しくて面白いエリアだと思う。
ジョブも、農家、料理人、漁師、オーナーとか――もしかしたら、現実での職業訓練を担ってるエリアなのかもしれない。
東は、いわゆる「東洋」のエリアだ。ロスト・クール・ジャパン。ロスト・ビッグ・チャイナ。
ジョブは、サムライ、ゲイシャ、色んな流派のカンフー・ファイター、薬師、、後は何があったか――その中から俺は、ニンジャを選んだ。
理由は、部屋に置かれていた、時代小説や、オールドコミックの、ニンジャの活躍を読んだ影響からだ。我ながら、少し恥ずかしい理由だな。
なり方が特殊だった。まず、ウワサで聞いたどこかにある《カクレザト》を、ノーヒントで自力でたどり着く。
そこで丸めた紙が飛んできた。その紙にはミッションが書かれていた。
さらに条件として、誰にも見られず、《カクレザト》へ戻らなきゃいけなかった。
戻ったら、道場の前で、クリアした証拠を無言で掲げる。きっと誰かに見られていたら、道場のゲートは開かなかったんだろうな。
《カクレザト》は外観は、岩肌に引っ付く木々のどこかに隠れているから、全く分からない。
だから、ニンジャがいるらしい、どこかに《カクレザト》という場所があるらしい、なんて断片的なウワサしかないんだな。
途中で敵のツジギリ、ヨウカイなんかに襲われた。だけど問題ねえ、斬り伏せるも、すり抜けるも、自由だ。
「ふうっ」
前より楽に到着するようになっていた。走る速さは確実に上がっている。
「刃ありて」
「心あり」
目の前の道場の門からの問いに、一切の躊躇なく答えた。門が開く。
「来たか」
道場の中はいつも通り、月明かりと一本のロウソクが照らしてるだけだった。
二人のセンセイが、正座をしながら笑みを浮かべてる。
カメレオンの、男性の《ファーリー》は、“サイゾウ”センセイで、カエルの、女性の《ハーフ・ファー》は、“チヨメ”センセイだ。
「早速だが、任務がある」
“サイゾウ”センセイの声は、有無を言わさぬ語気を纏ってる。絶対これは、高難易度なミッションだ。
「はい」
口頭で伝えてくれるのは、信頼が出来た証だ。
「オンミョウザン頂きの石を取ってきてほしい。この小袋分で充分だ」
どんなものかは分からないが、ただの石ではないことが分かる。
「それから……」
小袋を受け取ったら、“チヨメ”センセイが口を開いた。
「あなたに私たちの力を授けます。」
そう言ってお猪口を取り出した。柄杓で掬った水を注ぐ。二人がクナイで、指を少し切り、数滴だけ垂らし混ぜている。
「これを飲め。僅かだが、我らの力が扱えるようになる」
二人の能力、それだけで俺はすぐに分かった。飲むのにためらいはなかった。
オンミョウザンの山頂には、存外早く到着した。場所が比較的近いうえ、そこまで高い山ではなかった。途中で出くわしたヨウカイが、今まで見たこと無いのばかりになってたが、ノロマばかりで楽勝だった。
山頂は大粒の砂利で作られた広間のようだ。ただ、その大粒砂利が、はっきりと二色に別れている。ブラック、ホワイト、それだけだ。
「こんなもんか」
小袋を砂利で膨らませたら、俺の小さな背中には、強烈な悪寒が走った。やばい、見たくねえ。振り向きたくねえ。でも、ダメだ、視認しなくちゃ――
無表情の、二本角の、真っ赤な素手のオニがいた。
真っ白な目が、じっと俺を見据えている。逸らす気が全くない。
贅肉と、性器が、行方不明の、美しくすらある肉体は、強さを凝縮して出来たようだ。
指の骨を鳴らしてる。俺は唾を飲んだ。まばたき――
「え」
なんで目の前にいるんだ?
右の拳が振り下ろされた。大丈夫だ、攻撃の速度は追える。
俺がいた場所に、小さいクレーターを作り出した。それを見なくても分かったが、これは、当たったらやばい。ゲームオーバーだ。
オニは、回避と同時に入れてやった、腕の切り目を見ている。無表情のままだ。恐いよ、あんた。
スキルを使った。発動の仕方は、ただ頭で念じる。それだけだ。
オニは無表情のまま、首を振って俺を探している。“サイゾウ”センセイの、透明化のスキルが発動したからだ。
センセイ二人の血を混ぜた、あの水を飲んだ後、俺はすぐにスキルを試していた。
ほんの一瞬だけ混乱した。自分の視界に、自分の手足や身体がなくなっている。手に触れたものもだ。
だが混乱は隙を生じ、隙は死を招く。前にそう言われたことを思い出す。受け入れればいいだけだ。
しかし、これは、無闇な発動は控えなくちゃな。発動した直後に、オーガズムに達した後のような、疲労感が付きまとう。
砂利を踏み鳴らして、居場所を知らせちまうドジわ踏まないよう、もう一つ授かったスキルを発動した。
俺は今、一切の足音無く、帰路についている。足音が全く無い訳は、“チヨメ”センセイから授かった、無音のスキルを発動しているからだ。
全身の疲労感が凄まじい。鉛の空気の鎧を着せられているようだ。バカには見えない服を着せられた方がマシか。いや、それはないな。ここまで来る途中、スキルの効果が切れ、再度発動したからだ。こうなるのは当然だ。
あのオニからは、恐らく、逃げ切れた。
そう思った矢先だ。木々の隙間の奥にいる。
アイツが、辺りを見回して、こっちに向かって歩いてる。
自惚れと嬉しさでバカになっていた。足音はないが、体重で折れた小枝や、へこんでいる腐葉土という、足跡は残ってる。
「ざけんな!」と、アイツの鼓膜を破いてやりたい。
疲労感の鎧を幾重にも着込んで、運良く、淀みなく、何とか帰還した。
もしまた遭遇したら、恐らく向こうも強くなっているだろう。
「ご苦労だったな」
センセイ二人の労いの言葉が、骨の髄まで染み込んでいく。ずるいぐらいに、いい声してるんだもんな。
「持って行け。使い方は、水に入れれば分かる」
大粒のブラック、ホワイトを、一粒ずつくれた。
「使うもよし、売るもよしだ。言い値で買われるだろう」
「有り難く頂戴します」
報酬をポケットにしまった。すると目の前に、クイズが書かれた、ホログラムのボードが現れた。ミッションコンプリートの証明だ。
このクイズがなかなかに厄介な存在だ。内容や形式は、目の前に現れるまで分からない。
ハズれると、レベルが上がらない。経験値は次回に繰り越される。
これが原因でクソゲーだ、なんて言ってるヤツもいる。
この世界は、恐らく、思考を停止するヤツが嫌いなんだろう。
今回のクイズは、迷路だった。初めてだ。
スタートから一度も行き止まりに行かずゴールせよ。
と、その迷路の上に書かれている。その下には、制限時間がまばたきしていやがる。
「うわ、ひでえなこれ」
俺は思わず頭の中で呟いた。
やたらとでかい、アメーバに似た、脳みそのような迷路だった。行き止まりの多さがまた意地悪だ。
全体を見て、慎重に指でなぞっていく。
「あれ」
思わず口に出てしまった。思ったよりも簡単にクリア出来たからだ。
ホログラムのクイズが、ブルーの曼陀羅に変わる。
俺を飲み込んでいく。
現実への帰還だ。
「う、ん――いってえ!」
声に出してしまった――モルを起こしてなきゃいいけど。
ソファーの柔らかな感触と、全身に走る筋肉痛を同時に味わう、変な初体験が襲ってきた。
「なん、だ、これ――」
気がついたら、目の前は瞼の裏の闇だった。気絶してたのか、気絶するように寝たのか――筋肉痛は、多少だけど治まってる。
モルが運んでくれたのか。ソファーの感触が、ベッドの感触に変身していた。
目を開いてみた。いつも最初に目に入る天井と、朝日を浴びる時計の文字盤だ。
モルが点けたラジオから、リスナーのリクエストのお答えが流れている。
これは確か、ニュー・オーダーの“ブルー・マンデー”って曲だ。曲もバンドも好きだけど、なんてリクエストしてやがんだ。
「おっはよーう!」
「んぎょあ!」
モルが俺に飛び乗ってきた。思わず変な声が漏れた。
「ごめん、大丈夫!?」
もんどり打つ俺に、モルは慌てた声で言う。
いつもは平気なモルのダイブだけど、筋肉痛のせいで別物だ。
「大丈夫、ちょっと筋肉痛が……」
「えっ、筋肉痛?」
「ああ……あ?」
ポケットに、何か硬いものが入ってる。
取り出して確認してみたら、わが目を疑った。
クリア報酬の、ブラックと、ホワイトの、ツートンのペアがいた。
「なにそれ?」
――嘘だろ?――
――えっ、まさか――
――仮想じゃ、ないのか?
俺たちは、マホさんの店へ行ってみることにした。
理由はモルが、
「マホさんのお店に行って聞いてみようよ!」
と言ったからだ。
痛みは不思議なことに、殆ど治まっていた。
着替える時に見た、自分の肉体は、前よりパンプアップしていた。
腕や足の筋肉が、明らかに前より付いて、引き締まっていた。前から割れていた腹筋も、より厚さが増し、くっきりと浮き出ていた。でも流石に、ボディビルダーとか、あのオニには負ける……
――なにもかも全て、実在するものだったのか?
「着いたー!」
モルがそう言って、はっと我に帰った。“なんでも屋”に到着だ。
「いらっさーい」
「どもー」
「やっほーマホさん!」
「おんや、君たちかい」
顔を上げ、俺たちを、いつもの笑みで迎えてくれた。いつものポニーテールに、いつもの若々しいすっぴん、ホント、三十代には見えねえな。
「今日はどうしたん?おニューのショーバイドーグでもお求め?」
「ちょっとね」
俺はモノトーンのペアをマホさんに手渡した。
「碁石……ではないねこりゃ。瑠璃や瑪瑙でもないね……」
俺は手渡したものの説明と、手に入った経緯を話した。
「ほお、ほお、ほお、ふーむふふふ、なかなか面白いね。ちょいと待ってね、調べてみるよん」
マホさんの顔は、好奇心からのにやけでふやけてた。
「うーす」 ドアベルの音と、聞き覚えのある声が、俺の目線を引っ張っていった。
麦畑のようなシルバーの毛並みの、オオカミの《ファーリー》だ。
「おろっ?誰かと思えば、子申カップルじゃないの」
「イングさん?」
「イングさんだー!」
俺も、モルも、イングさんが、ここの利用者だと、初めて知った。
「君たちもここに来るとはねー、知らなかったわ。おっと、ちょうど良かったよー。君たちにさ、ちょいと、頼みたい仕事があるんだけどね。君らの夢のための、資金稼ぎとしてさ……」
悪い予感という名の、漠然とした勘が、俺の脳みそを炙った。前と同じような“仕事”なんじゃ――
「こいつから、金品を取ってきてほしい」
“悪い予勘”が当たっちまった。初対面の時と、一字一句、全く同じだった。
内ポケットから、俺達の目の前へつまみ出されてるこの写真は、恐らく、街の監視カメラで撮影された一部分だろう。
アルマジロの厳つい男の《ファーリー》が、建物から出てるところだ。ホワイトスーツを着た、スモウレスラーかな。周りのブラックスーツを着た人達は、恐らく部下か側近だろう。
「また悪いヤツですか!」
とモルが言う。イングさんが指を鳴らし、指のピストルを、俺たちに突きつけた。
「さすがモルちゃん、いい勘してるね」
「えっへん!」
「前の人より手強そうですね」 前の人、そいつは、リタイアして隠居してる老人だった。正体は、弱小“ヤクザ”の会長と聞いていた。
偵察に行った時、隠し持ってた金品を眺めてるのを見たことがある。
浮かべてた笑顔が、いや、あれは、笑顔と呼んでいいものだろうか。とても醜悪で、ただただ、気持ち悪かった。
恐らく、持ち主の不幸とか、そういう蜜の味を、堪能してたんだろう。
警備も手薄だった。それでも、見つかって発砲された時はビビらされた。
破裂して広がった弾痕からして、もし当たってたら、体に大穴が出来てくたばってただろうな。
俺たち二人に見せる写真を、イングさんは指ではじいた。
「ドラッグディーラーさ。現金でも、貴金属でも、ダイヤでもドラッグを売ってくれる、寛容なヤツさ」
皮肉を含んでるアクセントだった。
「徒名は“タンク”。自分からこの姿になった、元の《人工獣人》らしい。アルマジロの体は、マグナムもショットガンも効かない、とか」
「警察がこいつを野放しにしてるワケはなんです?」
「とにかく証拠や足跡を残さない。尻尾を出さないのが上手いらしい。ナノマシンネットワークの時代だってのにな。ハッカーやプログラマーの部下がいるのかもな。忽然と消えた証人や客も、何人かいるとか……まっ、そんな外道から、ものを取ってきてほしいだけだよ」
イングさんは、信用してる目で、じっと見てお願いしている。命令や、指示じゃない。“盗”ってきてほしい、か。簡単に言うなあ、ホントに。
「やってやろうよ、ラウズ!」
モルがハートに火がついた声で言う。まるっきり汚れてない心がよく分かる目で、俺をじっと見てる。
――――――そうだな――モル、お前がそう言うんだ。ああ、やってやろうじゃないか――
「んー……幾ら、出してくれるんですか?」
俺はちょっとかっこつけて、笑いながら言った。イングさんは、待ってました、と言ってる笑顔になった。
「相手が相手だからねえ、前の何倍になるかなあ」
最低でも、二倍はあるってことかな。
「万が一、とっつかまったりしたら、遠慮しないで俺の名前を出してくれてかまわねえ。死んだりしたら、殺すぐらいに呪ってくれていい」
イングさんは、真面目な顔で言った。
「大丈夫!ラウズがいるから!」
「大丈夫です、モルがいるんで」
俺とモルは、全く同時に言った。思わず目を見合わせた。モルのかわいい笑顔に、俺も釣られた。狙ったわけではない。
「いいねえ、ぼくちんも君らみたいな関係になれるパートナーが欲しいなあ」
からかい混じりだけど、イングさんは、半分は本気で言っている。
「さてボーイズアンドガールよ、話は終わったかい?」
と、マホさんが言った。
「終わったんですか?」
「そうねえ。まずこれは、この星にはない石、だねえ」
俺は、無言で、目を見開いて驚いた。
「んで、ほんのちょっぴり砕かしてもらったよ。こいつをこうしたら――」
水の入った二本のビーカーに、それぞれ、黒い粉と、白い粉を、最小のやく匙の半分ほどを入れた。粉の正体はきっと、渡した石を削ったものだ。
「こうなったよん」
ビーカーの口から、ターボライターの炎と瓜二つの、黒い光と、白い光が立ち上っている。長さは、指の第一関節ぐらいか。
「すごーい!」
モルがはしゃいでいる。
「ぬっふっふ、さらにこうすると――」
取り出した一枚の古紙を、真ん中に光が当たるように引いた。
古紙は、真っ二つに切断された。光が当てられた切断部分は、真っ黒に焦げている。
「こいつは鉄をも分断できるね。あたしゃAXISをやらんからよく知らんし、個人的見解だけど、多分ね、仮想じゃあなく、どこかに存在する現実だねえ、AXISは」
――――――マホさんの言葉に、俺は黙ることしか出来なかった。混乱してるからだ。どこかに存在、この星にない石、どういう、別の星?前にSF小説で読んだ、パラレルワールド?
「すごいなこれ、姐さん発明の新商品?」
とイングさんが言った。間の抜けた言い方だからか、少し可笑しく感じた。そのおかげか、混乱が少し治まった。
「そうしたいけど、どうしたいかにゃ?」
マホさんがにやついて俺を見ていた。
俺はここで、頭からAXISのことを離した。こいつを、どうしようか。どうしたいか。
――俺とモルの仕事と、イングさんのお願いを考慮したら、ふと閃いたことを言った。
マホさんはそれを聞いて、笑ってこう答えた。
「いい発想だ、愛してるぜ」