アフター
能力者による難民救助、解放運動、内戦、紛争鎮火といった活動は賛否を生んでいた。
国情への介入。
戦力の独占。
話題というエサを貪り、ピーチクパーチクやかましく喚く者は絶えなかった。
だが、完成した教育施設で、学びたくて学ぶ、難民の子供、戦災孤児――未来を担う救われた芽たちの殆どは、そんな先輩方に関心を示さなかった。
成長した木も、年老いた枯れ木も、年齢問わず、芽に負けじと、誰もが学ぶ意欲に従っていた。
教室、運動施設、データ図書館、寮、まさに学習のために生まれた高層ビルだ。
この施設に汚点があるとすれば、建設途中、ガイコツのような状態の頃に、革命を狙う集いのミーティングに使われたことぐらいだろう。
教室では、子供たちが自分にダウンロードされた教科のデータを、目に優しいアクアブルーのホログラムノートに書き込んでいた。
アウトプットせずにダウンロードをし続ければ、コップから水が溢れ出すよう、脳がパンクし、植物状態となってしまう。
元来、誰もが持つ忘却という機能を整形手術で無くせば、これもまた植物状態になれる。
教卓に立つ、可愛いお姉さん、という形容がぴたりと合う女性が、にこやかに教室を見回している。
女性はふと、教室のドアに付いている、姿見ほどの窓ガラスを通して、見られているのを感じた。正体を確認し、誰だろうと伺っていた表情が笑顔に戻った。自分が今着ているカーディガンと同じ、クリーム色のスーツを着た祖父がそこにいた。
「兄者、来ていたのか」
教室の様子を眺めていた兄に、双子の弟が声を掛けた。
「ああ、生徒たちと孫の様子を見たくてな。近々、演劇をやるんだって?」
「ああ。脚本、演出、全てこっちに丸投げしてきたよ」
リンは「そうか」、と言って笑い、弟も釣られて笑った。
「それと、“彼ら”を呼ぼうかという案もあるんだが……」
珍しく雲の少ない晴天下。学習施設から離れた、ショッピングモールの屋上。客が行き交うエアポケット。黒いパンツスーツを着たバリスがいらだたしげに、手に持ったスコープをのぞき込んでいた。
「なに双子で談笑してんのよまったくゥ……」
思わず声に出していた。
三年前にラウズから頂戴した情報は、ラウズがリンから直接許可を得て話してくれたものだが、まるで夢物語を聞かされているようだった。
AXIS――
母体星――
転送装置――
信じる読者もいるだろうが、上が認めないのは明らかだった。映像データがあれば、と思い頼んでみたが、そこまで許可はできないと言われたらしい。当然だが。
実際にAXISへ赴こうにも、ログインを拒否された。
ハッキングも考えた。だが、どんなハッカーも匙を投げるほどに、強固なプロテクトが待ち受け、バレれば処刑もある。
それでも躍起になって、バリスはリンのスクープを狙っていた。未だ時の人となっている大物のネタを。
ふと、嗅いだことのあるタバコの匂いが、バリスの鼻についた。火のあるところは、自分の隣。
「よお」
案の定、タカの元カレがそこにいた。顔は真正面、目だけでバリスを見据えていた。
「ホーガン? なんでここにいんのよ」
「お前を見かけてよ」
「ふーん、そっか……」
「またネタ追いかけてんのか」
「それが仕事だからね」
「だよな」
「うん」
短い沈黙が、二人の中にもやもやとした気持ちを生んだ。
「ねえ、私ごはんまだ何だけど、行く?」
「………………ああ」
ホーガンはスーツの内ポケットから、携帯灰皿を取り出し、フィルター近くまで燃えたタバコを中へ放り込んだ。
「相変わらずまずそうに食べてるの?」
「あ? 知るかよ」
太陽を担う保護用カプセルの中で、ビー玉サイズ、マーブル模様の神秘は、今日も悠然と自転を続けていた。
モニターに写り込む星の様子を、ヘスはにやつきながら眺めていた。
荒野ではモンスターが狩られている。
海原ではターゲットが釣り上げられた。
森の中ではマテリアルが採取されている。
紅葉の雨の中では、サムライとヨウカイがしのぎを削り合っていた。
「おっ、このプレイヤー、そろそろスキル習得か……」
「はいよ、こんなもんでどーかにゃ?」
マホがイングに頼まれた商品を渡した。
“何でも屋”は相も変わらず、古今東西、新古の商品が雑多に並べられていた。
「サンキュー」
身につければ誰もがインテリに見える、銀縁のメガネをかけた。
近頃、精巧な偽のブランド品がやけに増えていた。だがこのメガネを通してみれば、一発で判明する。
「姐さん、これどうやって作ったの?」
イングは何となく聞いてみた。秘密ならそれはそれでかまわないつもりだった。
「偽物職人に潜入して、そいつの情報を取って集めただけだよん。簡単でしょ?」
「そんなこと、姐さんにしかできねえって……」
「職人全員を健全な一般人に書き換えたりもできるけど?」
片眉を釣り上げ、にやにやしながらマホは言った。
ジン率いる革命団も全員、マホの手により元の人格を殺され、新しい人格を加えられ、生き返り、明るく死んだ目をした従者となっている。
「まさか。頼むわけないじゃないっすか」
「にゃははー、やっぱりね。で、なに? 今度のガールフレンドは、メガネフェチなのかい?」
監視衛星をハッキングしながら、マホは言った。
「さすが姐さん、いい勘してる」
電子金で支払いを終えると、イングはメガネをくいっと得意げに上げた。
ヒヨシの服屋で、タイラーが舞台のコスチュームの試着をしていた。
白いタキシードに白いマント。
黒を基調とした、鼻から上を隠す仮面。
「似合ってる似合ってる!」
同じコスチュームを纏ったサーラが、屈託なく言った。格子が伸びる角張った背もたれの、籐で作られた椅子に、サーラは氷の微笑ごっこのように座っていた。
「そうか?」
鏡に映る自分を、下から上まで眺めながら、照れくさそうに言った。普段から着ることのない服のせいか、そわそわと落ち着かない様子。
「いやーそれにしてもびっくりですよぉ! お二人がラウズ君とモルちゃんの代わりを勤めるなんて!」
ヒヨシがタイラーの衣装を眺めながら言った。
「地下格闘場から長期休暇を食らったからね」
勝ちすぎて賭にならねえぞ! というクレームを受け、支配人はタイラーに休暇を与えていたのだ。
「まったくあいつら、司会進行に演目をやらせるなんて……」
「はは、またその愚痴か。帰ってきたらゲンコツの一発二発、お見舞いしてやれ」
本来の好青年らしい、素直な笑顔でいたずらっぽく言った。
隕石のクレーターが付いた独裁国へ、能力者として向かい、そして帰ってきて以来、タイラーは吹っ切れてすっきりとした様子だった。
ボノイとカシルは、《ミッドレンジ》のマーケット《ファウンデーション》で買い物にいそしんでいた。
タウルスの人気酒、“スキズ”。そのまま飲むも良し、カクテルでも良し、万能薬のようなアルコールだ。
ボノイはスキズが二十本詰まったプラスチックケースを、三段重ねて肩に乗せて、軽々と運んでいた。ケースの中からカチャカチャと、スキズの小さな歌声が聞こえる。
「あら」
カシルが足を止めて言った。
視線の先に、ラベルに孤島の絵がプリントされた、商品名“ロマンス”のビールが。
「今も二人は満喫中かしら」
「そうだろうな」
便りがないのは元気の証拠。ボノイはその通りだと考えている。だがやはり、気持ちの奥底では、心配という、小さなわだかまりがうごめいていた。
しかし、見知らぬ誰かの余計なお世話が、そのわだかまりを解消してくれていた。時折ボノイの元に、差出人不明の映像メールが届いていた。
一通目には、メッセージも残されていた。
「あなたの息子と娘に会えて、二人の楽しい活動が見れた。これからも見れると思うと、あなたにお礼がしたくなった。余計なお世話だとか、不気味だと思ったら、拒否してくれて構わない」
添付データを開くと、上空から拡大した映像が流れた。
団員であり、息子と娘である二人が、これ以上ないというほど元気にはしゃいでいた。
貴重な蒼海に囲まれて浮かぶ、貴重な孤島。
波は穏やかにささやき、純白に等しい砂浜は、水面と同じようにきらめいて見える。蒼天に向かい背を伸ばすヤシの木々は、優しい風でおだやかに揺れ、大きな葉の合唱がひびく。
透き通る海中では、太陽の光をおかしく歪めて受け入れ、あざやかなサンゴ礁が存在感を放ってたたずんでいる。彩り豊かなイソギンチャクが、優雅に揺らめいている。
サンゴ礁を、イソギンチャクを住居とする住民たちが、えらを羽ばたかせ、右往左往、優雅に泳いでいる。
底を歩くヤドカリが、突然大きな影に覆われ、自前の宿にさっと身を潜めた。
天然のイルカが、実に楽しそうに泳いでいる。
そして共に並んで、ラウズが足をばたつかせて泳いでいた。
ラウズは黒い無地のサーフパンツをはき、肌はほどよく、健康的に焼けている。任務をこなしてきた影響か、低めの背は変わらずとも、素人目にもわかる、頼もしさを身にまとっている。
ゴーグルのレンズに、数メートルはあるオバケ海藻の林が映る。
ラウズは海藻の林の隙間を、するするとウツボやヘビのように縫っていく。
林を抜け、海面へと向かって、水をかいて蹴って上昇していく。
「ぷはあっ!!」
勢いよく水面を突き破り、背を海に預け、あお向けに浮かんだ。
たゆたいながら、バリスが教えてくれた自分のおおよその寿命を思い出す。
四十。
今の年齢が十六から十八だとすると、およそあと二十年、よくて二十五年。
「おーい!」
砂浜に立つ笑顔のモルが、大声で呼びながら、大きく両手を振っている。乳房に合わせて膨らむ、無地の白いシャツ――今、モルが唯一身につけているもの――に、風が波を作っていた。
ラウズはゴーグルをつかみ額へと上げながら、モルの元へ歩いていく。
ふと立ち止まり、真上を見上げた。モルも釣られて真上を見る。
桃の花に似た衛星が、じっと二人と目を合わせ続けていた。