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11th 会議(ミーティング)

 ラジオから、狂いなくリズミカルに叩かれるドラムが、淡々と迫ってくるように流れている。フリートウッド・マック、タスク。リクエストしたリスナーの、旅の思い出の曲らしい。

 旅――ソファに腰掛けるラウズも、分厚くでかい写真集フォトを眺め、想像の旅に出ているところだ。自前仮想パーフェクトワールドへの没入ダイビング――

 紺碧――

 穏やかなさざ波――

 静かな白い砂浜――

 蒼天――

 水平線から姿を現す雲の魔神――

 風に揺れるヤシの木――

 しかし、本物を見たことも触れたこともない以上、結局はまぶたの裏側に浮かぶ映像ビジョンにしか過ぎない。手を伸ばしても、掴めずにすり抜けるホログラムだ。ラウズにはそれが非常にもどかしく、悔しかった。

 ホーガンに素性を聞かれ、改めて目標を言葉にしたせいか、ラウズの中で夢の炎が、以前よりも燃え盛っている。聖火だ。白い竜が人々を導くため、天を仰ぎ吐き出す火炎――

 バリスから得られる予定の、自分の情報リミット。夢を叶える前に自分は消えてしまうのではないか、見て見ぬフリをしていた、気付かないフリをしていた、恐怖、焦り。ラウズはへの字口で頬を掻き、大きく鼻でため息をついた。バリスには、なんともいやな油を注がれたものだ。

「明日行くんだよね? おっきな集まりに」

 ショートソードをジャグリングしたまま、モルはラウズを見て聞いた。いつも通りの光景である。

「うん」

 写真集フォトを閉じて元の場所へと戻し、モルとのジャグリングを始めた。つるぎがまわし、そして飛び交わせる、単なる日課だ。

 リンが集会の旨を言った際、送迎の話もしていたが、ラウズは自分の足で向かうと言っていた。勿論、モルと共にだ。


 雲のモザイクにまみれた真昼の空を見上げる、《ハイクラウド》の中核となるオフィス街。ガラスの塔が集結したような、圧巻の迷宮。

 その中でも一、二を争う高さを誇る、マジックミラーのジェンガと言えるビルが、ナノネット、及びAXISアクシス運営会社、《N・A・C》の社屋だ。

「近くで見るとすごい高さだなー」

「空にタッチできそうだねー」

 会社入り口前のこうべを垂らす街灯ランプに、ラウズとモルが立っていた。空とビル、電光広告飛行船フライトスタッフ、周囲を映す鏡のミラータワーを、横にした右手を眉に合わせ見上げている。

 通行中のビジネスマン、運転中のドライバー、二人の近くを通る誰かは、通話中だろうと会話中だろうと、「なんだあいつらは」と必ず二人を見上げていく。見上げられる二人は、視線をまったく意に介してない様子だが。


 パールホワイトの二階建てリムジンバスが三台、運営会社前に停車した。ドアが開き、ぞろぞろと乗客が降りてくる。《ヒューム》、《ハーフ・ファー》、《ファーリー》、人種はバラバラだが、共通している特徴があった。見た目が若く、そして《ハイクラウド》に相応しくない、カジュアルな服装をしている。

 全員が青いフレームを見た、AXISアクシスのプレイヤー。ラウズやタイラーと同じく、能力スキル現実リアルでも使える者たちだろう。

 ラウズがタイラーを発見し「あっ」と零した。タイラーは白いTシャツにジーンズと、実にシンプルな出で立ちだ。

 ラウズの「あっ」が聞こえたようで、タイラーは朗らかな無表情で、ラウズを見上げ「やあ」と小さく右手を上げる。

 《N・A・C》の入り口から、リンが女性ヒュームの秘書と、人型ロボットの警備隊アームズを連れて現れた。まさかの社長直々のお出迎えである。

「皆さんようこそ」

 お決まりのお迎えの言葉もそこそこに、プレイヤー達をビルの中へと促した。警備隊アームズが列を整え、プレイヤー達が淀みなく吸い込まれていく。

 ラウズとモルが一緒にシュタッと降り立ち、リンの元へ駆け寄った。リンは孫を見つけたみたいに、にこりと笑い手を振った。

「やあ、来てくれたんだね」

「はい。やっぱり、なんで能力スキルが使えるようになったのか気になるので……」

「ねーねーリンさん、私もいっしょに入っちゃダメなの?」

「そうだね、今回の集まりはAXISアクシスの一部プレイヤーが対象だから……」

 困ったように笑いながらリンは答えた。それを聞きラウズは、「やっぱりダメか」、と、実に残念そうに零した。

「しょうがない、それじゃあ、家で待ってるね!」

「おう、また後でな」

 しばしの別れ。ラウズは列の最後尾へ移動した。


 人が余裕を持って詰まったガラスの箱が、空へ向かっていく。景色を一望できるエレベーター出入り口の両脇には、ハンドガンを携帯するロボット警備員ガードが一体ずつ。この二体はいつもいるのか、はたまたプレイヤーを警戒して今回だけ置いたのか。

 一瞬の浮上体験から、チンと軽い音が鳴り、透明クリアーなドアが左右に開いていく。

 真正面に、廊下を挟んで、切り抜かれたように扉が開放されていた。そのあんぐりと開いた口を抜けると、コンサートホールと呼んでも違和感がない、赤いカーペットが敷き詰められた大広間が広がっていた。

 巨大なスクリーンを利用して、誰かが壇上に立ち、会議や商品アピールなどをするんだろう。と、容易く想像できる。

「やあ」

 タイラーがラウズに近寄り声をかけた。見回すのを止め、「どうも」と返す。交流らしい交流はしていないが、互いに親しさを感じていた。

「連絡がきたんですね」

「ああ、サングラスにボイスメールでね」

 と言って、タイラーは周りを見回した。会話中であったり、手の平から出したホログラフでテレビを見たり、各々のやり方でプレイヤー達は待機している。人数は、おおよそ百五十人といったところか。

「ここにいる全員が、能力スキル現実リアルでも身についてる、ってことか」

「多分……いや、きっとそうでしょうね」

 ネズミの尾をなびくように動かし、きょろきょろ見回しながら言った。


 挨拶、自己紹介、談笑――がやがやと混雑した会話が続いていた。

 コツコツと革靴の足音が響く。スクリーン前の壇上に、サンゴヘビの《ファーリー》が姿を現した。ピカピカの白衣をスーツのように着こなし、どこかマッドな印象をまとっている。

 壇上の男性は白衣のポケットから、オーソドックスな黒いマイクを取り出し、口元に近づけた。

「あーあー、テステス」

 広間の隅に取り付けられたスピーカーから、細い男の声が淡々と響いてくる。

「えー、本日はお集まりいただいてありがとうございます、と。あー、私の名前は、ヘス、AXISアクシス管理責任者システムマスターです、どうぞよろしく」

 管理責任者システムマスターの肩書きが、ユーザー達のどよめきを生み出した。

「さて、ここに集った皆様は、普通では得られないものを得た、非凡な方達というのは、まあ何となくでもお分かりでしょう」

 今度はひそひそと聞き取りにくい会話が生まれた。

「まずはこちらをご覧ください」

 ヘスはスクリーンに向けて、ウロコを纏った爪のない人差し指を伸ばす。ヴォンと電子音が鳴り、映像が浮かび上がった。

 自転をしている、星――ホワイト、アクアブルー、モスグリーン、サンライトイエロー、地球に似た、マーブル模様の惑星。

「この惑星が一体なんなのか。分かりやすく言えば――AXISアクシス母体マトリックス、正体、ですね。ええ。母体星マトリックスターとでも呼びましょうか」

 先ほどのどよめきが大きくなった。

 惑星がゲームの正体、という、フィクションじみた唐突な事実。はいそうですかと、すぐに受け入れるには難しいものだ。

 しかし、プレイヤーなら誰もが味わう、仮想バーチャルと思えない感触を考えれば――

「この母体星マトリックスター――ビー玉サイズの神秘がどこからきたか」

 ヘスがもう一度、人差し指をスクリーンへ向け伸ばす。ジャガイモそっくりの隕石が表示された。

「以前、この隕石を巡っての戦争――“ミーティア・ウォー”があったのをご存知ですね」

 タイラーがぴくりと反応を示し、映像の隕石をじっと睨みつけている。

「この隕石は、この母体星マトリックスターを保護するカプセル、ポッドでしてね。共に中に入っていたメッセージからして、この隕石はもちろんのこと、この母体星マトリックスターも、人の手により創られた、人工アルツのものなんです」

 ざわめきが、石をぶつけられた水面の波紋ように広がっていく。

人工アルツの星。まるで“フェッセンデンの宇宙”、“世界をわが手に”ですね」

 ヘスなりに皆を落ち着かせようと言ったが、効果はまるで無し。ただ一人、ラウズがうんうんと頷いたのを見つけ、ニッと嬉しそうに笑った。外見とは裏腹な実に素直なスマイル。

「知ってるのかい?」

「読んだことあります」

 タイラーの問いに、ラウズはヘスに笑顔を移されて答えた。

 ヘスが右薬指をスクリーンへ伸ばすと、ミミズがのたうち回ったような文章が現れた。隕石に入っていた、惑星の創造者クリエーターのメッセージの一部だろう。訳された文が、重なってインクが滲むように現れる。

 メッセージの下には、交錯するラインで出来たイラストと、数式。恐らくは、何かの設計図。


 ぼくの住む星では、〈旅行代理用の星〉が創られるようになりました。

 ぼくの創った星は、ぼくの好きなゲームと、旅行で行ってみたくて、ずっと観察していた、〈動物人〉の住む星を参考にした星です。長く居すぎると、体に変わった影響が出てきますが、傑作です。

 どうして創られるようになったのかは、むかし〈惑星旅行〉をした人が、お土産にウイルスを持って帰ってくることが多かったからです。そのせいで、〈惑星旅行〉も禁止となってしまいました。

 そして、〈星買い〉や〈星売り〉、〈星狩り〉などという行いが始まるようになりました。理由は、高値で取引できるからです。

 星が奪われるのも、壊されるのも、改造で汚されるのもイヤなので、ぼくはぼくの星を、〈ポッド〉に入れて飛ばすことにしました。

 この〈ポッド〉を拾った方へ。

 直接星を管理するため、〈星に移れる装置〉の設計図も付けたので、どうかこの星を残し続けてください。それがぼくの願いです。


 知能ある子供が書いた、おぼつかない感想文のような文章。訳の仕方の影響、恐らくは、必死に、懸命に書いた――

 重たい沈黙と静かな混乱が、空間を制圧していた。

「〈動物人〉、恐らくは、我々《ファーリー》のことでしょうな。参考にしたという我々の星に来たのは、偶然か、はたまた必然、運命か……」

 ヘスは語り部のように物静かに言った。気を取り直すように、スクリーンに中指を伸ばす。

 惑星の横に、ユーザーなら必ず持っている、サングラスが現れた。

「皆さんが持ってるこのサングラス、メッセージ下の設計図を元に作った、言わば転送装置ワープギアですね。ああ、人を雇って実験に実験を重ねてできた代物なので、ご心配なく」

 ご心配なくとか今更すぎるだろ、と、大半のプレイヤーが思った。

 雇われた人というのは、バリスが言っていたウワサから、ホームレスと見て間違いないだろう。他にも志願者を雇ったりしていただろうが。

「このサングラスで、この母体星マトリックスターAXISアクシスへの星間移動ワープ、すなわちログイン、となると……

 先述のメッセージにあった影響というのは、この母体星マトリックスターの空気によって環境へ順応、それが遺伝子、DNAから変わるほどの影響力パワーを持っているんですね」

 後半、ヘスの声色は、このままはしゃぎ回るのか? と思われるほど、実に嬉しそうだった。

 遺伝子に影響をもたらす。枯葉剤や放射能、実験廃棄物といったものと、同じレベルということ。何人かは不安の声を漏らしている。

「先日の火災、その原因でありながら、不運にも亡くなったユーザーの情報データを参考に説明しましょう」

 ヘスがスクリーンへ向けさっと小指を突き出す。

 画面がさっと切り替わった。

 四角く切り取られた、生前の顔写真フォトビジョン。炎の魔術師フレイム・ソーサラーとして活動し、知識も偏りはあれど豊富でありながら、無くてもいいようなプライドに意味もなく縋り、身勝手に暴走したあげく、最終的に処分された敗北者ユーザーの、顔写真フォトビジョン

 その顔の横に、DNAを象徴する、捻れたハシゴ、情報データの螺旋。二本並んでワルツを踊るように回転している。

「こちらのDNA、片方は通常の、もう片方はAXISアクシスにより変貌したこのプレイヤーのものです」

 変貌したという方の螺旋には、一目瞭然、確かに違いがある。ハシゴを登る際に手足をかける、踏ざんが増え、詰められているような状態なのだ。

 AXISアクシスを長くプレイするイコール、異星に長く居座る。それすなわち別環境に身を置くということ。その結果が、遺伝子が変わり力を得た、特殊能力者スペシャリストへ。


 服装や装備がAXISアクシスとで変わるのはなぜ。変えるのはどうやって。当然の疑問もヘスは答えた。

「どうやって。これは移動ワープ、ログインのロード中そうするようにプログラムしたからです。なぜ。これはゲームと思わせる為ですよ。君たちのようなよく学び、よく遊ぶ若人でも、仕事よりゲームにした方が進んでやってくれるだろうから」

 「なんだそりゃ」。「なるほど確かに」。会場に笑い混じりで感想が飛び交う。


 青い曼荼羅。全員が見た共通項だ。これを見てから、会場にいる全員が特殊能力者スペシャリストになった。

「あなたたちは、言うなれば選ばれた者なんですよ。あのクイズも、健全な知能を確かめるために設けていたものです。悲しいかな不勉強な者に力を与えても、迷惑や混乱を生む可能性が高いですから……

 そして、青い曼荼羅は、あなた達を信じ、あなた達の脳を覚醒させ、能力に気づかせる――例えるなら、カギですかね。報酬クリアアイテムを持たせたのも、あなた達を信じてのことです」

 神妙な面持ちとなり、ヘスは左手――右と同じく、爪のない、ウロコを纏う――人差し指と中指をスクリーンへ向ける。ここからが本題だ、誰もがヘスの表情から理解した。


 スクリーンに映し出されたのは、紛争の映像だった。原因は何か。思想、人種差別、宗教――

 紛争により生まれた難民たちが、有刺鉄線が張られたバリケードに集まり、命を削らんばかりに叫ぶ。

 母親と手を繋ぐ子供が、指をくわえ、不安な表情を浮かべ、目を泳がせている。

 父親に抱き抱えられた赤子が、助かりたいと言っているように泣き叫んでいる。

 悲痛の針が鼓膜を突き抜け、ひたすらに脳を刺し続ける拷問を受けている心地だった。


 場面は別の世界へ切り替わった。

 乾くことのない自己顕示欲と、個人崇拝という麻薬に犯された、胸糞悪い面構えの独裁者のスピーチが流れる。

 スピーチを耳に強制的に詰められる国民は、目が全く輝いていない。表情筋も役割を放棄したようだ。

 大きな拍手は、寒々しい虚しさそのものである。


 やせ細り、あばらが浮き出た子供がいる。

 片腕が無くなった兄、片足を奪われた弟。

 男の子と女の子が協力し、死んだ顔で違法労働をさせられていた。


 ――――――どれぐらい続いただろうか。

 一時間、いや、二時間? ――誰も彼も、確認する気力がわいてこなかった

 悲痛というデータを寄せ集め、マイナスを具現化した、決して捏造フェイクやフィクションではない映像フィルムが、ようやく終わりを迎えた。

 汚れたコットンに包まれたような、ひどくどんよりとした、重く居心地の悪い空気に包まれていた。

 対岸の火事で火炙りの刑に処され、墨にされた気分であった。早く抜け出したい、帰りたい、大半のプレイヤーがそう思っていた。

「さて、君たち特殊能力者スペシャリストに集まってもらったのは――――――彼らのようなものを助ける、特殊部隊チームになってほしいからなんですね」

「……は?」

「え? 今なんて……」

「チームって……」

「どういうことだよ……」

 案の定な反応だ。ざわめき、どよめきのごった返し。それはまるで不安を煽る潮騒である。

 壇上から、またコツコツと靴の音がする。リンがヘスの元へ歩み寄り、彼からマイクを受け取った。

「そう、君たちには、学びたくとも学べない、そんな状況に、意図せずして陥ってしまった者たちを救う、ヒーローになってほしいのだ」

 リンはきらめく真剣な表情で、凛として胸を張って言った。内心では呆れていたり、整理しきれてない者はいれど、リンの語気は、笑う者を、一人として出さなかった。

 特殊能力部隊スペシャリストチーム。国境なき戦士団。そんなもの、普通に考えればコミックなどにしか存在しないようなものだ。

 しかし、今ここに集うプレイヤーは、力を得ている者たちだ。それは、フィクションをノンフィクションに、夢を現実にする。見させられた映像フィルムと同じ、現実リアル

「当然ながら、これは命令ではなく、お願いだ。AXISアクシスと違い、我々の管理下にある環境ではない。命がけの行いだ。

 会場には静かな驚嘆。そして風に吹かれ擦れ合う砂のような会話。

「そこで、君たちに選んでもらいたい」

 四本腕二足歩行のアンドロイドチームが会場へ入り、鋼のパズルのような、つなぎ目の入ったスティックを全員に手渡した。

 スティックに付いた楕円のスイッチを押すと、つなぎ目が青く光り、アンケートが書かれたホログラムが表示された。


 希望する方をお選びください

 1.能力を無くし一般人へ戻る

 2.特殊能力部隊(S・T)の結成、志願


 二番目の選択の下には、派遣される予定の国の名前と、チームの任務を達成して貰える報酬が書かれていた。

 [可能な範囲の望みにお応えします]。


 回答者達に違和感が襲いかかった。アンケートのスティックが手から離れず、声が出せないのだ。

 沈黙の従者と化したラウズとタイラーは、互いの目を合わせ、互いのアンケートを覗いてみた。が、見えるのは砂嵐のモザイクだった。特に隠す必要があるアンケートとは思えないが――

 一部プレイヤーのアンケートの二つ目は、一句読んだような別のものとなっていた。国の名前も、ちょうだいする報酬も、最初から記されていなかった。


 2.能力は自分の為に使いたい


 アンケートに答えれば解放される――と、誰もが思わっていた、が、そうは問屋がおろさなかった。

 一番、二番、もうひとつの二番。合否の仕分けさながら、それぞれに用意された部屋へ分断されるのだった。アンケートスティックも手から離れず、口も聞けない状態のまま。

 一番にタッチして、呪いから解放されることを選択したユーザーが集められた部屋は、細長い楕円の窓以外、白しかない部屋だった。

 窓を隔てた小部屋は、リンと共にいた女性の秘書が、閉じこめられたみたいに一人だけ。奥の壁は、ベージュの四角いパネルが敷き詰められたようだ。

 全員が部屋に入ると、ぷしゅっと音を立て、ドアがスライドして姿を現した。

 秘書が小さなスティックを取り出しスイッチを押した。閉じこめられた者たちは、アンケートスティックを手離せるようになり、口をきけるようにもなった。

 秘書が右横の壁から生えた、土筆に似たマイクを伸ばし、色気の権化みたいな潤った厚い唇に引き寄せた。

「皆様には、多大な迷惑をかけたことを深く、お詫び申し上げます」

 と、言い終えると、背後の壁を手のひらで押した。押された一枚のパネルは、ホタルの尻のように光る。

 しゅーっとろうそくの火を吹き消すような音と共に、天井から霧が噴き出され、ユーザー達に優しく降りかかる。体にいい影響を与える、と錯覚させる香りもついていた。

 ――二十秒後、全員が寝息をたてていた。

 秘書が霧の発射スイッチ横のパネルを押す。閉じられた扉が開き、白衣をまといガスマスクを着けた従業員が、ぞろぞろと入ってきた。最後尾に、中華鍋をひっくり返しかぶったポリバケツ、と言える、一風変わったロボットがいる。

「それでは、よろしくお願いします」

 秘書がそう言うと、全員が作業に取りかかった。

 夢を見ているユーザーの肉体は、挿し込みソケットが埋め込まれているものもあれば、ないものもあった。

 バケツロボットは、かしゃっとシャッター音に似た音を立てて、穴だらけになった。均等に並ぶその丸い口から、笛の音色で踊るコブラのように、コネクター付きのコードが伸びていく。

 従業員たちは、バケツロボットから伸びてきたコードの先端にあるコネクターをつまみ、ユーザーの挿し込みソケットに繋いでいく。

 寸胴が被った中華鍋の帽子が、穏やかに青く光り出した。ただ呆けて見つめていられるような、海のような青さである。

 有線、無線による記憶消去アウトプットが完了した。今、眠りこけているユーザー全員、AXISアクシスにより得られた力も、AXISアクシスをプレイしていた記憶も無くなったのだ。

 彼らは、後々にそれぞれの、サングラスのない自室で目覚めることになった。


 屋上から二つ下の階の会議室。反重力で、黒曜石製に見える、黒い円卓――真ん中の空洞に、ホログラムのメトロポリス――が浮かんでいる。同じく足のないイスが、円卓に沿ってずらりと並んでいる。

 アンケートの二番を選択したプレイヤーが集められた。イスに腰かける者、壁に寄りかかる者――

 世界の為、報酬目当ての自分の為に、力を使うことにした特殊能力者スペシャリストたちということだ。その中に、ラウズ、タイラーの二人も。

 ヘスが、全員に最初に務めてほしいミッションについて話し始めた。リンは手を後ろで組み、出入り口に立ち様子を眺めている。


 アンケートの、もうひとつの二番を選んだ特殊能力者スペシャリストは、別の会議室に集められていた。

 室内は薄暗く、ぶーんと重い虫の羽ばたきに似た、空気清浄エアチェンジャーの音がよく聞こえる。

「さて、君たちが先ほど、何を考えていたか」

 リンの声が言った。

「夢見るバカな金持ちの言うことなんざ聞けるか! 世界を救うとか、世迷い言以外の何でもない! 正直、この力は私利私欲を満たすために使いたい……」

 身振り手振りを交えて、芝居がかったように言っている。プロ顔負けの演技力である。

 一拍置いて口を開いた。

「このメトロポリスを壊す、革命を起こしたい」

 何人かが静電気を受けたようにぴくりと反応した。

「君たちプレイヤー一人一人の情報データはこちらの手中にあるからね。所属する会社や組織も、果ては性癖まで――っと、失礼」

 一人が口を開いた。

「ここでまとめて捕らえようって魂胆かい? あんたもこのビルも犠牲にしてさ」

 リンは、「まさか、とんでもない」、という意を込めて両手を上げた。

「ここがなくなるのは結構だが、私じゃなく、兄者を巻き込んでくれ」

 兄者、という言葉が、リン以外の室内全員の動揺を生んだ。

「まさか……双子?」

「ははっ、さすが。勘も優秀なようだね」

「アンドロイドだったら、芝居じみた動作なんて無駄なこと、省くでしょうしね……。そんなアンドロイドも造れるでしょうけど」

 話を区切るように、別の一人が口を開いた。

「ここでこんな会話してていいんか?」

「安心したまえ、カメラもマイクもない。ただ改めて、別の場所で話を進めたいとは思う」

 全員に、目の前のリンの双子からのメールが届いた。

「日を改めてそこで話そう。このことを口外したり、来ることを拒めば――どうなるか気になるなら、試せばいいさ」

 くっくと不適な笑いで締めくくった。

 もう一人のリンが醸し出す空気カリスマは、首を指先で締め付けられ、持ち上げられ、奈落に落とされそうな気分にさせた。

 特殊能力者スペシャリストたちはそれぞれのやり方――つばを飲み込む、汗をぬぐう、指をうねうねと動かす――で、自分の気を落ち着かせた。

 リンが鼻歌を歌っている。タヌキとキツネの男性ハーフ・ファーのガムラン・テクノ・ユニット、“リヴ・ドローム”の、“ゴールド・チャンプ”だ。


 今宵もメトロポリスの摩天楼は、月もぼやける宝石箱と化していた。

 交差点で信号待ちのドライバーが、カーラジオから流れ出した曲に「おっ」と反応を示した。ジャズのスタンダード、“ムーンライト・セレナーデ”。

 ドライバーはふと、建築途中のビルを見上げた。埋まる予定の隙間を携えた、曇天の塔である。

 そして、屋上から数えてひとつ下のフロアでは、リンと特殊能力者スペシャリストたちが、会議ミーティングの真っ最中であった。

 広げられたホログラムマップのには、バツの字、矢印、計画のしるしが刻まれている。

 多種多様な文化を寄せ集め、倫理が欠落した、“アメーバ・ピザ”――メトロポリスの、破壊と再構築。革命。今、ここに集う力を解放すれば――

「さて、そろそろ時間だな」

 リンが袖口をずらし、腕時計を見てそう呟いた。

 無数の足音が近付いてくる――恐らく、全員がブーツを着用している――ちゃりちゃりと金属が揺れている、こすれている音が一緒だ――

「動くなーッ!!」

 警官隊ポリスのリーダーが咆哮と呼べるほどに言った。銃口とライトが、能力者スペシャリストに集中する。

 三方塞がりとなった。残る一方は、道路と強烈なキスをかわしてミンチになれる、ガラスのない大口の窓枠だ。

「どういうことだ……」

 チーターの目、牙、尻尾を持つ、イタチの男性ファーリーが言った。

「君たちのような特殊能力者テロリストの芽を摘む為だよ」

 警官隊の中から、リンの声が言った。隊のあいだを縫って、リンとヘスが姿を現した。

「そういうこと」

 もう一人のリンがそう言って、兄の元へ歩み寄る。双子、まさに瓜二つだった。

 もし、イングがこの場にいれば、違和感の正体が判明し、清々しい気分になれただろう。

「これでも元役者でね。無冠の帝王なんて呼ばれてしまったが……」

「そういえばあんた、兄を恨んでるとかそういう言葉は一切なかったね」

 イワトビペンギンの女性ファーリーが、つばを吐き捨てるように言った。

 隣にいる弟――同じイワトビペンギンの《ファーリー》――は、噛んでいたガムを吐き捨て、苦々しくリンを睨んでいる。

 姉弟のたてがみが、ライトにより、カラーリング――サーモンピンク、ライムイエロー、エメラルドグリーン――がやたらと目立っている。

 この場は降伏するのが最良の選択、と思われる。

 だが、能力者スペシャリストは全員、それを選びたくなかった。

 裏切られたことにより生まれた、はらわたが煮えくり返るほどの怒り。さながら地獄の溶岩の運河――なぜ、ここまでの怒りが? 長く築いた信頼が打ち砕かれたわけでもない。だが、生と死の選択の前では、不要な疑問であった。

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