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1st ズーディアック

色々なもの影響受けてます。それが如実です。

感想、批評、アドバイス、ありがたく頂戴します。

 電光看板ライトスタッフが、まとわりつくような、生ぬるい酸性の霧雨に濡れている。

 コバルトブルーで周りを染め上げ、ひび割れたスクリーンに――今日だけで何度目になるのか――ある一企業の、変わらない常套句セールスコピーが、左から顔を出し、右へ吸い込まれていく。


 選択しろ、神経と時間を勘定して。

 決定しろ。思考と妥協を犠牲にして。

 進行しろ。心身と寿命を代償にして。


 真横に居る極彩色バイオカラーのネオンサインが、点滅して消灯を躊躇している。霧雨を妖しく彩っている。


 陰気な薄暗さが、《下流層区域(アンダートーン)》の、ほぼ全域にこびりついてる。原因は分かり切っていた。見上げた目と鼻の先にある――《中流層区域ミッドレンジ》の充実した土地グランド、内臓そっくりに入り組んだ高速道路ワールド・ウェイが見下しているからだ。


 《アンダートーン》の《酒場横町(アルコールストリート)》は、いつも通りの、最低な歓迎の空気で満ちてる――アルコール、吐瀉物、タバコ、ドラッグ、カルキ、汗、最低の寄せ集めだ。

 《アルコールストリート》は、個性溢れる店舗で充実している。誰でも必ず一件は、お気に入りを見つけている。外観、客層、店内BGM、マスターの人柄――

 後付けでセッティングされたスピーカーは、鼓膜にすぐ馴染むボリュームで、ミュージックを垂れ流している。


 古ぼけたカウンターバーがある。出入り口の上に、レッド、ブルー、ホワイト、三色のネオンのAが水平に並ぶ。その下に、同じ三色のスプレーで、“Smokin’ Acesスモーキン・エース”、と書かれていた。

 隅が破損したスピーカーは、血を沸かし、衝動を掻き立てる、ロックミュージックを吐き出していた。

 時代錯誤の、バイカーギャング達が、同志らしく肩を組み、瓶ビールを浴びて飲んでいる。

「ハイだ」

「ローでいくぜ」

 旧式遊戯アナログゲームの、トランプのハイアンドローで、一喜一憂している。

 “スモーキンエース”から数フィート進んだ先に、エラー画面に似た、モスグリーンの店がある。

 脳を優しく揺するレゲエが流れ、出入り口や窓から、白いスモークの濃霧が溢れ出ていた。

 出入り口横に、木彫りの看板がぶら下がっている――“No Last Rastaノー・ラスト・ラスタ”――

 女性客が、マリファナの副流煙を、看板に浴びせる。それを見て、

「アハアハアハハハア」 とネジを無くしたように笑った。


 耳をすますと、音楽、会話、笑い声、それら以外にも何かが聞こえる。

 横っ面を殴る音。

 腹を蹴る衣擦れの音。

 痛みでうめく声。

 静脈にヤクを打ち込みハイになってる笑い声。 互いの性器をジョイントし、抑えられない喘ぎ。

 あらゆる汚い余計なノイズがミキシングされている。 だが、どの店の客も、誰一人として気にとめていない。ここでは、単なる環境音ネイチャー・ララバイに過ぎないのだ。


 コミックのキャラクター顔負けのヘアスタイル、アンバランスな色合いのファッションの、《人間ヒューム》のカップルがいる。

 お揃いで千鳥足で歩いていた。

「ねーえ、もうガマンできないんだけどお」

 それを聞いた男が、左のこめかみを、親指で強く押しながら、

「んむふふ、ちょっと待ってな――」

 と言うと、右の手の平の感情線に埋め込まれた、小型映写機リトルモニターから、立体映像地図ホロマップが現れた。

「えーっと……」

 現在地を知らす、イエローのアイコンが点滅する。

「おっ、ここが近いじゃーん」

 すぐに見つかった行き先を、指で軽く押しマーキングした。

「うっし行くか」

「うん。えへへへえ」

 お互いに、ズボンの上から、ゆっくりと尻を撫で回す。再び千鳥足で歩き始め、目的地ラブ・ホテルへ向かっていった。


「――ってことがあってさ」

 骨も噛み砕けそうな歯牙をちらりと見せる、男性のイヌの《半獣人ハーフ・ファー》が微笑む。

「へえ、そんなことがあったの」

 人間大の、女性のトカゲの《獣人ファーリー》が微笑み返す。

「それから――」

 イヌの男性ハーフは、湿った黒いイヌの鼻を、指で擦りながら、次の話題に移った。

「――へえ、そうなの」

 トカゲの女性ファーリーは、エメラルドグリーンのウロコの腕をさすり、自分の目と、つぶらな黒い目を合わせた。

 雨天のテラス席で、それぞれが注文したカクテルを飲み交わす。異人種同士の、異性の気の合う友として、おしゃべりを続け、いつか愛おしく感じる過去を、作り続けていった。


 老いぼれた《ヒューム》のホームレスが、

「なるほど、そうくるなら……」

 とつぶやき、少し考え、にやりと笑う。

「こう、だな」 《ヒューム》は、プラスチック性の、旧式遊戯アナログゲームの、将棋ジパングチェスのコマを動かし、快音を響かせた。

 対戦相手のオオカミの《ファーリー》が舌打ちし、

「そうきたかジジイてめえこのヤロウ……」

 と言い、右手の爪であごを掻く。

「さあ、どうする」

 鳥獣戯画――カメラもない時代、ウサギ、カエルの《ファーリー》の様子を描いた絵がプリントされた、薄汚いTシャツで、老いた指先の汗を拭き取った。

「両脚を奪われた分、賢さを得たかの」

「こっちだって左腕取られてるってのによ……」 オオカミ《ファーリー》は、がら空きの左わき腹を掻き出す。


「ねえ、一緒に飲もうよ」

「人数はいっぱいいたほうが楽しいからさ」

 ウォーターブルーのオウムと、シマウマの男性の《ファーリー》の二人組が、ナンパをしていた。

 飲みかけの酒ビンを片手に、黒いレザージャケット、ダークブルーのジーンズを、ペアで着ている。

「えー?うーん……」

 と頬に手を添える、ロバの女性の《ハーフ・ファー》と、

「どうするう?」

 と言うインコの女性の《ハーフ・ファー》が、ロバ《ハーフ・ファー》と目を合わせる。お互いにのみ聞こえる小声で、

「ルックスは悪くないよね」

「うん、そうね」

 とにやつきながら相談する。

 シマウマ《ファーリー》が、

「危ないところへ連れてったりしないからさ、安心してよ」

 と言いジャケットの裏を見せる。君たちを危険に晒すものは持ない、とアピールした。

 さらに腰のベルトに手をかけ、

「何なら下も確かめる?」

 と、パンツを降ろそうとする。

「アホ」

 オウム《ファーリー》が、尻にキックをかます。シマウマ《ファーリー》は仰け反りつつ、

「おま、加減しろよ……はしゃぎすぎちゃった。ホント、ごめんね」

 と謝り、パンツの裾のホコリを、軽く取っ払った。

 オウム《ファーリー》が、女性ハーフ・ファー二人組が、お腹と口を隠しながら、笑いをこらえてるのを見て、

「《アンダー》でもすごく健全な店があんだよ。健全だけど、退屈はしない、そんなとこ」

 飲みかけの酒ビンの中身を少量、クチバシの中へ注ぎ、飲み込みながら、羽の指でクチバシをぬぐった。

 《ハーフ・ファー》の女性の二人組は目を合わせ、ほんの少し悩んでから、すぐ首をタテに振り、それぞれ決めた男性ファーリーの腕に飛びついた。

 健全で、退屈しない店には、すぐに到着した。


 白いコンクリート製の、シンプルな店舗だった。入口の上の、”Taurusタウルス“のネオンサインが、アシッドジャズと共に、淡いパープルの光で歓迎する。

「へーえ、こんな店があったんだあ」

「ショー・バー?ふーん」

「さ、入ろうぜ」

 鳴り響くドアベルに釣られ、女の子の《ヒューム》の、グラスを磨く手が止まった。

「いらっしゃいませー」

 どんな強面ヘビーフェイスだろうと、確実に釣られるスマイルで言う。ナチュラルブラウンの、セミロングヘアが、軽やかに揺れる。

「また来てくれたんだ」

 磨き抜いたグラスを、ホルダーに優しく置く。

「よお、カシルちゃん。ボノイのダンナも」

「よう」

 イノシシの男性の《ファーリー》が、丸サングラスのズレを直した。野山もずらせそうな、隆々たる巨体を揺らし歩み寄る。

「一見さんを連れてきたのか」 親しく温かみのある声でそう言うと、最後に空いていた席へ案内する。テーブルのミニ端末ターミナルから、ドリンクメニューを開く。

「ゆっくり選びな」

 と言う。その声は父性を感じるものだった。肩の力が抜けたスマイルで、カウンターへ戻っていった。

「さーて、なににすっかな」

「結構種類あるのね」

「私これにするー。あなた達のおごりよね?」

「え、あ、当たり前じゃん、なあ?」


 清潔クリーンに保たれた店内は、年齢、人種、バラバラの客層で満席だ。

 タトゥーに侵食された、ティーン六人組がいる。

「――でさぁ」

「あはははウケるー」

「ムービーあんけど、見る?」

「あんの?見る見る!」 ミックスナッツ、フィッシュアンドチップスを口へ放る。

 ジョッキビールで、口ヒゲの上に、泡ヒゲを付けたオールドがいる。

「ぼくが若かった頃はね――」

 みっともなく、リアルから逃げるように、昔話に花を咲かせていた。

「うんうん――それにしても――」

 弱々しい怒りの表情で、憎しみの矛先――現代リアル政党ポリティ若年層ティーンズ――直接ぶつけたい不平不満を、ゴミでしかない愚痴として、ボロボロこぼしている。

 カウンター席の、くたびれたサラリーマンが、自前のプレゼントを眺め、物思いにふけっていた。

「………………」

 燃えるような色の、ブランデー・カクテルを、千里の道を行くように、少しずつ口に運んでいた。

 店内中央に、傷だらけの床の、十数人は余裕で並べるステージがある。夜に似たブラックカラーの、グランドピアノが存在感を放っている。

「レディ〜スエ〜ンドジェントルメ〜ン」

 ウサギの《ハーフ・ファー》の女の子が、ステージに姿を現す。

「サーラちゃーん!」

「待ってたよー!」

「結婚してくれー!」

 男性客からの、黄色い声援を浴びる。サーラの頭部の、ピュアホワイトのウサミミが揺れた。

「ウフフッ」

 サーラは、男性客に向け手を振りながら、微笑み返す。

 誰も気付かない、小さなため息をつく。性欲奴隷セクシャル・ルーザーどもが――

 額から鼻までを隠す、ゴールドのラインで模様が施された、ウサミミと同じカラーの仮面のズレを直す。

 子どもほどに小柄で、性欲を奮い立たす、グラマラスボディをよじらせた。

「ありがと〜みんな〜、でも〜まずは〜、落、ち、着、い、て、ね?」

 と厚めのリップを動かす。あどけなさが残る声が、盛りのついた男性客に、油を注いだ。

 気持ち悪いわねホント――


「え〜、おほんっ。それではただ今より〜、私たち〜、雑技団チームズーディアックの〜公演ライブが始まりま〜す。団長ボス〜なにか一言どうぞ〜」

 カウンターのボノイにマイクを向ける。ボノイは、照れくさそうに俯き、手を横に振った。

「えっ、団長ボス?」

店長マスターじゃないの?あの人。兼業?」

「そうだったんだ……」

 サーラは、軽く驚く客を全く気にとめず、マイクを自分の方へ戻した。

「あららザンネ〜ン。それでは皆さま〜大きな拍手でお迎えくださ〜い」

 店内で流れていたBGMが、大きな歓迎の拍手に紛れて消えていく。


 ピュアレッドのステージ衣装の、マーチングバンドが、乱れぬ隊列で、ステージへと現れた。最後尾のピアノ担当は、樹木に似たダークブラウンの、ピアノ用の丸椅子に、ゆっくりと座った。

「ようこそ皆さん!」

 二つの声が重なり合った。嫌みのないやや高めの少年の声と、爽やかでかわいらしい少女の声だった。

 アクロバティックに、ステージに舞い上がり、スノーホワイトのマント姿を見せつける。

「今日は来てくれた皆さまに――」

 サーラほど小柄な、男の子のハツカネズミの《ハーフ・ファー》は言う。

「ちょっとしたスリルを――」

 かなり長身の、それでいてスマートな、女の子のサルの《ハーフ・ファー》が笑った。

「贈らせていただきます!」

二人同時に、マントを取り払う。マーチングバンドの、生演奏が始まる。

「ラウズとモルの〜ブレードハッスル〜」

 とサーラが、最初の演目を告げた。


 二人の両手には、サイズも、フォルムも、全てが異なる、刀剣が握られていた。

 ラウズが刀剣をジャグリングし、

偽物フェイク、と思う方もいるでしょう。ご安心ください」

 と言うと、サーラが、

「いくよ〜、ほ〜い」

 と男の拳ほどのオレンジを、下手で放り投げた。

 ラウズの左手の、外連見のないショートソードで、オレンジを深々と突き刺す。

 刃を伝って、オレンジの果汁が滴り落ちている。

「おおー……」

 観客席からは、小さな感嘆と、まばらな拍手が鳴り響いた。

「モル、いくぞ」

 突き刺したオレンジを、ミミズに似た、細長い尻尾で抜き取る。

 隙間が出来たオレンジと、血のように赤い目を、相方のモルに向ける。

「いいよー!どーんとこーい!」

 ラウズは汁が溢れるオレンジを、尻尾でそのまま投げた。

「ほいっ!」

 オレンジは、右手に構えたナイフに、刺さることはなかった。左手から、ふさふさのサルの尻尾に飛び移った、ダガーナイフに突き刺さる。

 平たいキレイなサルの足で、器用にオレンジを抜き取る。

「モル」

 右手のロングソードを、モルに向かって、回して放り投げた。

「ラーウズ!」

 左手のナイフを、同じように、回してラウズへ投げた。

 ラウズが投げたロングソードは、モルの右手に納まる。

 モルが放ったナイフも、ラウズの左手に納まる。

「モル」

 ラウズの右手から、モルの尻尾へ、剣が移る。

「ラウズー!」

 モルの左手から、ラウズの左手へ、剣が移る。

 バラバラのサイズの、刀剣の渡り鳥が、スピードアップしていく。二人の両手と尻尾の拠点を、ハイペースで飛び交っていた。

 回転ロールの向きも、x軸からy軸、y軸からz軸、z軸からx軸と縦横無尽に変わっている。下手をすれば、体の一部がオサラバするだろう。

 沸き上がった歓声は、満席の人数以上に聞こえる。大きな拍手は鼓膜を破裂クラッシュさせんばかりに響き渡る。指笛が、一際目立って鳴り響く。それらは店を軽く揺さぶり、ライブの一部と化す。


「カンパーイ!」

 店内は、ズーディアックのメンバーと、タウルスのスタッフだけとなった。

 グラスとグラスの音が、心地よく響き渡る。

「しかし、燃える剣とは驚かされたぞ」

 ボノイがラウズとモルの肩を、優しく叩き、軽く揺する。

「モルのアイデアだよ。」「カンフー映画ムービーをみて思いついたの!」

二人は交代直前に、酒を吹きかけた刃に着火し、燃え盛る刀剣でジャグリングしていた。

「うん、度胸ハートと努力は買うぞ。だが、普通の刀剣でさえ危険が伴っている。あれだと、お前たちに、ギャラリーに、店に、なおさら大きな被害が及ぶ可能性が高まってるぞ?そいつを忘れるなよ」

 ボノイは、二人の頭を撫で、手の平で軽く叩く。

「もっちろん!ねー?ラウズー」

「うん、分かってるよ、ボス」

 サーラの、持つタンブラーの氷が鳴る。

「ホントに分かってる?焼け死ぬなんてごめんよ、私」

「信用してないのか?」

 とラウズ。

「あたしたちだから大丈夫よ!」

 とモル。

 サーラは呆れたように嘲笑する。

「やれやれだわ、あっ――」

ウォールクロックへ視線を移すと、ちょうど空になったタンブラーを、カウンターに置く。

「ボス、私そろそろ行くね」

「そうか、気をつけてな」 サーラとボノイがハイタッチをする。

「またねみんな、カシル」「うん、またね」 サーラとカシルがハイタッチする。

 モルがラウズの、ネズミの耳元で、

「またあそこに行くのかな?」

 と言うと、ラウズは、ウォッカ・ロックを一口だけ飲み、

「だろうな。」

とだけ言う。ウォッカ・ロックが、食道を潤していく。

 打ち上げが終わり、宴の後の名残惜しさが、タウルスを包む。酸性の霧雨も、察知したように止んでいた。

「みんな気をつけて帰れよ」

 ボノイが、キッチンで仕事をこなしていた妻と、ズーディアックのメンバーを見送っている。

「次も楽しみにしてるからね!」

 カシルと、その両親――日替わりマスターの父と、アルコール担当の母も、ボノイ夫婦と共に見送っていた。

 一人のメンバーが、

「また会いましょう、ボス!皆さん!」

 と言うと、別のメンバーが続けて、

「次もギャラ、忘れないでくださいよ!」

 と冗談混じりに言い、周りに軽くど突かれ、笑い声が広がった。


 ラウズとモルは、他のメンバーとは違う、別の帰路に着いていた。

「今日もいっぱいもらえたね!」

 しゃがんでいるモルが、現金キャッシュのギャラが入った、小さな茶封筒を、月へ突き上げる。

「そうだなー」

 腕を組むラウズの、グリーンのカーゴパンツのポケットに、ギャラがおじゃましている。

 ラウズとモルは、年金生活者用集合住宅リタイア・アパートメント屋上の、円柱型の給水タンクの上にいる。

 二人の目の前に、飛び移れる距離で、高速道路ワールド・ウェイがある。太陽が不在でも、多数の浮遊自動車(ホバー・ビークル)が行き交う。

「そろそろだ――」

 ラウズは、首に下げていたゴーグルを装着する。

「ほいな!」

 ラウズから投げ渡された、クリアーレンズのサングラスをかける。ギャラをラウズに投げ渡し預ける。

 すらりと伸びた、むき出しのサルの下半身と、ストラップレスのキャミソールでは、どこにもギャラをしまえない。

 ラウズが身構えた。

「行くぞっ!」

「おーっ!」 給水タンクから、こうべを垂らすライトに飛び移る。

 そのままライトから、バスの天井へ飛び降りる。風と慣性とクラクションが、二人に襲いかかった。

「気をつけろよモル、今日は雨だったからな!」

 ラウズは周りにかき消されぬよう、大声でモルに言った。

「大丈夫大丈夫!」

 モルが親指を立て笑う。ラウズも釣られて笑った。

 バスの右後方から、レッドのラインが車体下腹部に入った、流線型のシンプルなモノレールが横切ろうとした。

 バスが右へ車線変更する。モノレールとの距離が、足を伸ばせば届くほどになった。

 モノレールのしっとり濡れた屋根へ、ひょいと飛び移る。バスの乗客のざわめきが、モノレールの乗客へと感染する。

 何事もなかったように、屋根の水気を払い座り込む。

「今日も時刻通りだな」

「お疲れさまでーす!」

 と、モルが運転席に向かって敬礼する。ラウズは、《ミッドレンジ》の《繁華街リトルトレジャー》を眺めた。

 右折するバスが、左折するモノレールの上を交差する。ゴーグルとサングラスのレンズに、月と星が、朧気に映りこんだ。

 月の位置がほんの少しずれていた。レッドブラウンのレンガの時計塔クロック・タワーが近寄っている。眠たげにぶら下がった長い針が、微かに上を目指し揺れた。活気のないアパートや、気だるそうなストアの林の中から、頭二つ空へ向かって伸びて、その存在感を放っていた。

「よっし――」

「行きますか!」 二人は一緒に立ち上がり、淡々と目的地へ向け飛び移っていく。

 モノレールからライトへ。

 ライトから廃アパートの屋上へ。

 廃アパート屋上から別の屋上へ。

 影で隠された、時計塔クロック・タワーの控えめなヨーロピアンウィンドウへ。

ウィンドウを開け、木製の足場に飛び移る。

 壁のスイッチを押すと、頼りない点灯が二人を迎えた。

 無数の歯車ギアの生きたハシゴを、二人は来た道を行くよう、スムーズに登っていく。

 吊されたライトが点き、ぼんやりとしたオレンジカラーが広がっていく。正円の文字盤の背後の、二人が住み着いたスペースが明るみになる。現代リアルタイムに取り残された部屋だ。

「ふーっ、ただいま、っと」

「たっだいまー」

 かつては新品だったカーペットを歩く。その下の煤けたフローリングは、小さく軋み、二人の体重を受け入れる。

 シックなチョコレートカラーのデスクの上に、職人技が光る木製フォトフレームがある。一枚のモノクロ写真が収まっている。かつての利用者の、老人男性の《ヒューム》が、笑顔を浮かべていた。

 置かれているもの全て、彼の遺品である――

 存在感アピールバツグンのブックシェルフには、かつての住人の多趣味さが伺える。

 日に焼けて味が増した、二人掛けのベッドとソファもある。

 花模様のシックなランプは、仄かな灯りを提供してくれる。

 ラウズとモルの衣服が詰め込まれたクローゼットが、片隅を陣取っていた。

 スリムな足の丸いテーブルには、テレビのリモコンと、ラジオが――

 二人は古めかしさなど全く気にせず、全てありがたく利用していた。

「先にシャワー使うねー!」

 と言うモル。ラウズは、

「おう」 とだけ言った。

 モルがスモークのかかったガラスドアを閉め、ラウズはソファ横で平積みになってる、一番上のしおりが挟まった小説ノベルを取る。

 ソファに飛び込み腰を落とし、しおりがキープしてくれていたページを開く。

 どこからか、迷い込んだハエの羽音がする。

「……」

 ラウズが次のページをめくる。ネズミの尾の鞭が、不意に風を切った。

「……」

 ハエはレンガの壁と衝突し破裂する。当たった感触の残る場所を、ソファで拭き取った。シャワーの音が止む。

「ふー、さっぱりさっぱり!」

 とモルが、ゴールドブラウンの、ベリーショートヘアを拭きながら出てくる。

「交代だな」 とラウズ。

 モルの《ヒューム》の上半身は、立派なバストがむき出し――生まれたままの姿だ。ラウズは小説ノベルで見ないように隠す。

「風邪ひくぞ、ほら」

 ラウズは着替えのホワイトのタンクトップを、尻尾で掴み投げ渡す。

「サンキュー!」

 ラウズのリフレッシュタイムが始まった。


 モルがベッドに横たわり、閉じそうな目蓋のまま、耳栓を手のひらで弄んでいた。

 ラウズは、次に読む予定の随筆エッセイの表紙にしおりを置いた。

「ふうっ――」

 ぱたんと閉じた小説ノベルを、きちんと元の隙間スペースへと戻す。

「さて、と……」

 と呟くラウズ。

 デスクの引き出しを開ける。二人が住み着いたばかりの頃、とあるものが入っていたが、今は別のものとなっていた。

 エッジの効いたフォルムのサングラスを取り出す。

 テンプルには、AXISアクシス、と、深々とレーザーで刻まれていた。

 反対側には、シリアルナンバーが同じく刻まれている。

 レンズがラウズの両目を覆い隠す。

 モダンに同化したイヤフォンを伸ばし、外れないよう耳にしっかり押し込む。 耳から両目を跨ぎ耳へ繋がる、横一文字のラインが鈍く光る。

「またそれやるの?」 モルは不満そうに、寂しげに言った。

「おうよ。だから先に寝ててくれ」

 蝶番に位置するスイッチを押す。

「行ってらっしゃーい……」

 と言ってモルは、大きなサルの耳に、耳栓を押し込み、目を閉じて夢へ溶けていった。


 《賭博町ダストベガス》は、《アルコールストリート》の隣接地で、名が体を表している場所である。治安も仲良く似通っていた。

 紙切れ、空き缶、空きビン、汚く飾られている、場外勝馬投票券発売所ウインズがある。

 「ざっけんじゃねえよテメエなにしてんだコラア!」

 クマの《ファーリー》が、ヤマが外れ、ゴミと化したチケットを、紙ふぶきに変えながら叫んでいる。

 負けたワニの《ハーフ・ファー》の横で、ウシの《ファーリー》のカップルが喜んでいる。

「うるせえんだよ!」

 腹いせに放ったパンチが、彼女の頬にめり込んでしまった。

「なにしてくれてんだテメエおいコラたこコラ!」

 しっちゃかめっちゃか、てんやわんやの、血みどろの乱闘騒ぎへチェンジしていく。

 どいつもこいつもバカ丸出しね――

 大騒ぎを尻目に、サーラが早足で過ぎていく。

「ずーっと昔は、夜間賭博ミッドナイト・ギャンブルなんて無かったらしいけど、ああなるなら無かったままにすればいいのに――」

 などと軽蔑や疑問が渦巻いているうちに、

「あ、でも、もし無いままだったら、あの人に会えなかったわよね」 と頭の中で言い、目的地の前で立ち止まる。


 剥げたペイントのドアが待っている、地下へと続く階段だ。微かに音が聞こえてくる――

 フェンスに何かがぶつかり揺れている――

 大勢が足で床を踏みならしている――

 闘争本能ファイティング・スピリッツが吐き出させる咆哮――

 ドアを開けた先には、フェンスに囲まれたリングがある――ギャンブルも兼ねた、地下格闘場ファイト・クラブだ。

 リングの中では、二人のファイターが、殴り合い、蹴り合い、締め合い、血を流し、汗を飛ばし、白黒つける為に競い合っていた。

 リポーターはいないが、レフェリーがリングの中で、孤軍奮闘していた。 取り囲むギャラリーは、思い思いのエールとブーイングを飛ばしている。

「そこだ!いけ!」

「目だ!目をねらえ!」

「急所でKOだよー!」

 サーラが、目当てのファイターのチケットを受け取る。

チケットを渡した、黒人の《ヒューム》のおばちゃんが、

「また来たね!間に合って良かったわね!」

 とふくよかな笑みを見せる。

「ありがと」

 サーラも微笑み返し、チケットに目を移す。

 目当てであるファイターの顔が、クリアにプリントされている。

 ここで試合終了オール・オーバーのゴングが響く。

 派手なファイトを見せてくれた二人のうち、一人の腕がレフェリーに上げられた。

 コールとブーイング、アルコールと破れたチケットが飛び交う。

 レフェリーが肩を優しく叩き、健闘をたたえ、リングから控え室へ押していく。

 小休止から、控え室のドアが開き、次のファイターが入場する。

 一人目は、片腕と片足が人工義肢サイボーグの、《半機械人(ハーフ・ボーグ)》の男性だ。

 二人目の姿が見えると、

「キャータイラーさまー!」

 サーラが黄色いシャウトを上げ、それと同時に他のシャウトも響き渡る。

 サーラ含む駆けよるファン達は、レフェリーに体を張わせ止められた。

 両腕が人工義肢サイボーグの、トラの《半機械獣人ハーフ・ファーグ》である。

「………………」

 鉄拳アイアンフィストを合わせ、瞑想をしている。

 短く刈り上げたヘアーの隙間を縫い、一滴の汗がうなじをなぞる。背中に施された、吠え猛るトラのタトゥーを通過する。

 対戦相手が、小声で尋ねる。

「終わったら、またあれか?」

 それを聞いてタイラーは、トラの目を相手の目と合わせる。

「………………」

 アンサーとして、口の端を少しだけ上げる。

 タイラーの脳裏に一瞬だけ、あるものが映った。

 控え室のロッカーの中――

 たすき掛けバッグの中――

 イヤフォンの着いた、エッジの効いたサングラスだ。 ボノイの大きく無骨な手のひらに、立体映像写真ホログラフィーが浮かんでいる。ベッドに座り、それを眺めていた。

「どうしたの?」

 ボノイの妻が、立体映像写真ホログラフィーを眺めるに声をかける。

「あの二人が何も言わず聞いてこずで、新しいものを見せただろう?危険ではあったがね。成長したんだと思ったら、少しな……」

 ボノイに肩に、妻は優しく手を置き、一緒に写真を眺める。

 三人で仲良く肩を組んでいる青年と、青年達のうちの一人と、手を握り合う少女が写っている。

 真ん中の少年は、ボノイと似ているたくましい肉体で、眩しい笑顔を見せている。

 ボノイ似の少年の左隣には、トラの《ハーフ・ファー》の青年がニヒルに笑っている。トラの歯牙がちらりと見えていた。

 もう一人の、カシルと似通った青年は、カシルと手をつなぎ、キスのように口を尖らせ、ウインクしている。

 現在より幼いカシルが、楽しそうな笑顔で、ピースサインを突き出している。

 ボノイは、大きく鼻でため息をつく。その目は微かに、涙が浮かんでいた。

「そろそろ、寝ましょうか」

 と妻が言うと、

「そうだな」

 と答えると、立体映像写真ホログラフィーが、サイズを縮めながら、手のひらに吸い込まれ消える。

「そろそろヒヨシくんに新しいコスチュームを依頼するか」

 目をこするボノイ。

「ハンドメイドですからね、時間もかかるでしょうし」

 ボノイの隣に移る妻。

 右手の甲のスイッチを押し、夫婦仲良く寄り添い、就寝する。


 《ミッドレンジ》の《リトルトレジャー》に、一件の服屋クロウズ・ショップがある。シンプルな外観の小さな店だが、ショーウインドウには立派な商品が並んでいる。

 成功者が着るであろうスーツ、モデルが喜びそうなカジュアル、女の子が確実に目を輝かせるダンスドレス、男の子が絶対に駄々をこね欲しがるヒーローコスチューム――

 薄暗くなっている店内の奥から、ミシンの音が聞こえてくる。

 ヒツジの《ハーフ・ファー》の青年が、依頼されたタキシード・スーツを制作中だ。

「はあ……ふう……ありゃもうこんな時間かあ」

 その声は特徴的なアクセントが含まれていた。

 欠伸をして見上げたウォールクロックが、早く休めと青年を見下ろしていた。

 現在の様々な娯楽レクの中で、ネットワークゲームがある。さらにその中ひとつが、急速に荷担者プレイユーザーを増やしていた。

 それの運営本社が、《上流層区域アッパークラウド》にそびえ立っていた。

「……ふーむ」

 白衣を着たヘビの《ファーリー》が、ひとりのユーザーの活躍プレイを眺めている。

「この子ならスキルゲットは確実かもしれんなあ」

 ユーザーが拡大されたモニターから目をそらす。

 細長い舌の先端がちらりと顔を出す。聴覚にセルフォンのコールが響く。

「やあどうも」

 今度は初老の男性の声が響く。無論、周りには何も響いていない。

「スキルゲットしそうなプレイヤーがいましてね。」

 彼にしか聞こえない、疑問への返答だった。

「特徴と名前は――おや、この子、恐らく《人工アルツ》ですね。《ナノ・ネット》はないかと。GPSも……ああはい、特徴は――――――」

 淡々とその特徴を告げていく。通話先から、しばしの沈黙が訪れた。

「――あれ、どうしました?」

 返答は数秒でやってきた。

「そうですか。はい――はい、かしこまりました。」

 再び舌先を出し通話を切る。


 一人の初老の男性が、ガラスの壁の下の都市を眺めている。

「ふう――」

 クリスタルのテーブルに、ワインが残ったグラスを取り、通話で乾いた喉を潤した。

 飲み干すタイミングで、背後から呼びかけられる。

「どうした?」

「ヘスから連絡が来てな。」

 送られた通話内容レコードを聞き終えて、

「……もしかしてその荷担者ユーザーは、イングが言っていた少年ではないか?」

 と言うと、同意見の笑みを浮かべる。

「明日は営業していたな。連絡してみよう」

 男性は、ガラスの壁に背を向けた。

 彼方のカラスの《ファーリー》の目に、その背中が映っている。


 朝の日差しが、住民を次々と突き刺していく。それぞれの一日は、望もうとも望まずとも、始まるものである。

 オオカミの《ファーリー》の男性が、気だるく起床する。大口の欠伸は、まだ寝ていたいという悲鳴だろう。

「うー、飲み過ぎたかな……鼻が効かねえ……」

 イングは独り言をこぼし、だらしなく乱れたベッドを直す。

 鼓膜に姿のないウェブラジオを流し、手前に浮かぶ、ウェブニュースのホログラムを眺めている。

「ゴールド、プラチナ値上がり……いいね」

 湯気の立つブラックコーヒーを啜る。

 分厚いハムと半熟ダブルのハムエッグが乗った、程良い加減のトーストに、ブラックペッパーを少量振りかけ、口の中へと持って行く。ペッパーの香りが、朝の空っぽの胃を誘惑する。 ここでなんと、聴覚に着信の横槍が入る。

「誰だよこんな時に……」 イングは不機嫌に着信先を確認する。すぐにハムエッグトーストを置き、こめかみに指をあてる。

「これはどうも、また何かお目当てが――は?ええそうですね――はい、分かりました。ではまた――」

 通話を切り、イングは首を傾げるが、「それよりまずは」と、すぐにハムエッグトーストを手に取り、口内へ案内する。

 着信によりちょっぴり狂った、いつもの朝食を済ませ、タバコに火をつけ一息つく。

 イスの足に身を預けているスーツケースを開ける。

 ブラックボディのミニルーペを、何かが詰まった小袋をテーブルに置く。

 ゴールドリングを小袋から取り出した。大粒のダイヤモンドが、煌めいて存在感をアピールする。

 ルーペを通して眺めると、レンズに文字が浮かび出す。しかし、滲んで読みにくくなっている。

「あれ、参ったな……仕方ねえ、マホ姐さんとこいくか」

 ルーペとリング、小袋をスーツケースへ戻す。

 好みであるダークブルーの、新品のスーツに袖を通す。

「いい仕事してるね」

 タバコを灰皿に押し付ける。いつもよりも早い時刻の外出となった。

「時は金なりってな」

 開店に間に合うかどうか、時間との戦いが始まった。


 寄せ集めたガラクタで、《なんでも屋》とアピールしている店がある。

 見た目は十代の、ポニーテールの女性の《ヒューム》が、カウンターで一人、鼻歌を漏らしつつ何かを作っている。

 店には所狭しと、古今東西あらゆるものが、壁に並んでいる。乱雑に置かれている。ケースに飾られている――

 酒ビンを持った、陶器のタヌキのオブジェ。

 西洋の鉄の甲冑。

 人工義肢サイボーグ両腕アーム両脚レッグ胴体ボディ頭部ヘッド仕込武器ハイド

 樽の中に入れられた番傘ジパングレラ、鞘に収まった長物。

 アニメ、コミックのキャラクターのフィギュア。

 USB。

 ホルマリンと共にビンに詰められた脳。隣には目玉。さらに隣に胎児。小腸。肝臓。心臓。割愛。

 ガン

 海賊が持つであろうサーベル。

 木彫りのクマ――

 名に恥じてはいない品揃えである。

 入り口のドアに付いたカウベルが鳴る。歪んでいるせいか、珍妙な響きとなっている。

「いらっさーい」

 来客は、彼女の知る二人組だった。

「どもー」

「やっほーマホさん!」

 二人を迎えたかわいい笑みは、

「おんや、君たちかい」

 どこかニヒルで、余裕が感じられ、風格にもなっていた。


 このメトロポリスで、騒動スクランブルが胎動している。

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