カンケール
ゲートの先に見えたのは先ほどのバチカンそのものだった、見える景色はまんまサン・ピエトロ大聖堂広場そのままだ中央にあのデカイ柱も建っている。
は?
えーーと、自分達はバチカンの郵便局から奥に入ってエレベーターに乗って地下に下がった筈だよな?
なんで地上と同じ景色なんだ?
地上と全く同じ空、景色、だが一つだけ全然違う部分がある、全く人が居ないのだ。
地上のサン・ピエトロ大聖堂広場に沢山居た観光客が全く居ない。
いや、よく見たら少し離れた場所にマントを纏った人が立っている。
呆気に取られているとタブレットを抱えたマントの青年が話しかけてきた。
『あれ? ミコト様、こんなルートからいらっしゃったんですか?』
『お久しぶりですマティア、元気そうですね、ご自身で物資の管理ですか?』
『ハイ、物資や資金管理は代々第12使徒の役割ですから他の者や機械には任せておけません』
マティアと呼ばれた青年はこちらを伺う。
『ミコト様、彼が例の?』
『ハイ、その例の彼ですわ』
マントの青年は深々とお辞儀をした。
『ナカジマ ユウヤです』
自分もとりあえずお辞儀をする。
『ミコトさん、彼は一体』
『彼はバチカンの人柱マリアに仕える12使徒の一人、マティアと申します』
マリア? 12使徒?
『ヨシュア様の血を引く人柱マリアとそれを支える12使徒、それがアロン家になります』
『ヨシュアって誰なんですか?』
『えーーと、一般的にはイエス・キリストと呼ばれています』
は?
ん?
ミコトさんは何か? みたいな顔してる。
え? キリストってあのキリストか?
『つまりあれですか、キリストの血を引くマリアって女性がここバチカンの人柱で、その部下がこの人達12使徒だと』
『その通りです』
うーーむ、あれだね、ミコトさんサラッととんでもない説明したよね。
キリストってお子さんいたんだね。
てかマリア様って実在するんだね。
うーーん、うーーん、うーーん、何というか、自分はキリスト教ってクリスマスのイメージなんで急にそんなこと言われてもなんか実感沸かんな、けどスサノオさんとかいるし、五皇的にはあんまり驚くようなことじゃ無いんだろうなあ。
なんか色々聞きたいことあるけど素直に受け入れよう、うん。
『ハハハ、驚きました? 冗談みたいですよね』
なんて言いながらマティアさんは頭を掻いている。
『えーーと、マティアさんはもしかしてスサノオさんみたいな霊的な存在なんですか?』
とりあえず最低限の質問をする。
『いえいえ、我々は初代12使徒から続くれっきとした人間です』
『普通に12使徒って人達の子孫ってことなんですか?』
『その通りです、代々マティアその名だけを受け継いで来ました』
そうなのか、なんかお前は人間なのかなんて失礼な質問をしてしまったような。
『なんか変な質問してすみません』
俺は頭を下げる。
『いやいや、むしろ反応が薄くて助かりますよ、信仰心の厚いキリスト教徒だと倒れるか嘘を付くなと怒り出すからね、ハハハハハ』
まあ無理も無いよなあ。
『ハッ! もしかしてこの先にはマリア様がいらっしゃるんですか?』
『ハイ、今はちょうど作戦会議中なので大聖堂におられますよ』
マリア様かあ、さぞかし美しい女性なんだろうなあ……
『大聖堂、そういえばここは一体全体何なんですか? 地下なのに地上と同じ景色なんて……』
『そうですねえ、それでは長くなりますし大聖堂に向かいながら私が説明いたしましょう』
マティアさんはそう言いながら歩きだした。
マティアさん、ミコトさん、徳重さん、アト、そして自分の五人で大聖堂に向かって歩く。
ここから見える景色はバチカン周辺の町並みまで地上と同じように見える。
マティアさんは語り出す。
『まずこの地下空間はアンダーノアと呼ばれています』
『アンダーノア?』
『何故アンダーノアと呼ばれるかと申しますと、ここには地上のバチカン市国と寸分違わぬ建物と資料が再現されているからです、それで旧約聖書にあるノアの箱舟にかけてアンダーノア、人類の文化を危機から守る箱舟、アンダーノアと呼ばれるのです』
ノアの箱舟はなんか聞いたことあるな、大洪水から動物とかを救った大きな船だっけ?
『再現ってことはこっちはレプリカなんですね』
『そうです、こちらは言わば地上の記録、人類史の記録になっております』
『人類史の記録かあ』
『ハイ、バチカンのような宗教施設には古来より世界中の様々な情報や芸術作品が集まって来ます、それらをコピーして地下に保存しているのです』
『なんで地上じゃなくてワザワザ地下に造ったんですか?』
『その点は私にもハッキリとした理由は分かりませんが、なんでもこの地のデシメーターに対抗する為らしいです』
ふーーん、なんでだろう? まあ確かに地上にあるよりは地下にある方が安全ぽい気はするなあ。
しかし地上と変わらない景色は続く、本当に凄いな。
『それにしてもこんな地下施設作るなんて相当の年月と人手がかかりますよね』
『ああ、実は人手はあまりいらないんですよ』
『人手がいらない?』
んな馬鹿な。
『ええ、あそこを見て下さい』
『あそこ?』
マティアさんが指差す方に視線を移すが特に何にも無い、あるのは赤い壁だけ。
なんか不自然な位置に壁がある気がするが、特に変わった様子は無い。
んとととと。
と思って眺めていたらピシリピシリと賽の目じょうに亀裂が入り赤い壁はバラバラと崩れてゆく。
単に崩れただけかと思いきや、崩れた壁がひとつずつ動きだした。
A4用紙位の大きさのブロックからニョキニョキと足が何本か生えワラワラと一斉に動く、まるで蟹の大群だ。
『あ、あの蟹の大群みたいのなんなんですか?』
『あれは作業用オートマータ、カンケールと申します、ここではあれらが何百万台も稼働しておりまして、建設、土木、運搬、芸術作品のコピーなど様々な業務を行っております』
なんかうん、可愛いけど少しキモイな。
『カンケール、まんま蟹って意味ですね』
『おや? ナカジマ様はラテン語が分かるのですね』
『いや、ラテン語というか、何というかその、アトに色々いじられて恐らく世界中のありとあらゆる人間とコミュニケーション取れるようになってしまったというか』
たぶんその気になれば犬猫なんかとも意思疎通できるんじゃないかな?
『ほうほう、なかなかナカジマ様も大変そうですな』
マティアさんは後ろを歩くアトを畏怖の表情で見つめる。
うん、本当はもう自分は自分じゃないかも。
おお、大聖堂が近づいてきた。