第二話 カモメ
く―――
ク――――――
く―――――――――
カモメだろうか?
いや、やはり外見こそカモメのような姿をしているがよく見れば足が4本付いている。
しかしまあ良い天気だ。
強い日差しと乾燥した空気は懐かしいイタキを思わせる。
私は待つことには慣れている。
そうずっと……
そうずっと……
ずっと……
私の人生は待つ人生だった。
子を二人抱えひたすらに待つ人生だった。
あの時代女の仕事は待つことだ。
ひたすらに待つ。
ただひたすらに。
その点でいえば私は他の女に比べて恵まれた人生だったのだろう。
待人は帰ってきてくれたのだから。
待人帰らず。
主人の身を案じ女は待つ、だがその待ち人の行方すら分からず、帰ることもなく、還るとしても息もなく。
主人を待ちながら蹂躙され死んでいった女も人類の歴史には大勢いるのだ。
だから今の自分に疑問を持つ。
何故なのだろう?
大地の神は何故に私達を選んだのだろう?
はっきりいえば私はこの世に未練など無いのだ。
微塵も。
相互の理解や意思の疎通が上手くいかず彼との結末は最悪の終わり方だったが、十分に満足した人生であったし私の人生は他の大勢に比べれば言ってみればマシなのだ。
私の隣で寝こけているこの阿保ヅラを十分に拝むことができた。
人類の歴史上、他に未練タラタラの奴、人生をやり直したい奴など腐るほどいるはずだ。
かつてキルケの言っていた幸福の時というやつだろうか?
もしそうだとしたらずいぶんと律儀な話だ。
記憶は曖昧だが若き日の身体と心を取り戻している。
人間の心、気持ちというやつは年齢によってコロコロと変わる。
歳を取り死の恐怖を浴びた心は若き日の心とは違う、まるで別人のように変わる。
今の自分は老いた心と若い心が混然一体となっている。
不思議な気持ちだ……
『うーーーーん』
やっと起きたか。
なんだか起こすのも癪だったので放置しておいたが、まる一日も寝こけるとは思わなかった、こっちも半分意地になってたよ。
『うーーーーーーーーん』
パチパチなんて感じで彼は瞼を動かす。
『あれ? あれれ?』
まだ寝ぼけてるのか私に気が付いていないようだ。
ゆっくりと辺りをオデッセウスは見渡す。
『おっ、ペネロペ、おっす』
オッス……
『オッスじゃないわよ』
彼は事態がまったく呑み込めていないようだ。
この星に二つある太陽の一つを見上げながら彼は口を開く。
『ここは何処だ?』
『ここは私達の宇宙から3つほど隣の膜宇宙にある星』
『ほほう』
ほほう、なんて言ってるがたぶん全然分かってないなこれは。
『ずいぶん遠くに来たんだな』
『ああ、お前が私の静止を聞かずにヤツに挑んだせいでこの有様さ』
『そうか』
謝るタイプじゃないのは分かっているが少しは反省してほしいもんだ。
『ここまで逃げればヤツの動きにも対応できる、いかなヤツとて宇宙間移動は時空を揺らす必要があるからな』
オデッセウスはボーーーッと海を見ている。
『綺麗な海だな』
『ふん』
本当にコイツはマイペースだ。
『なあペネロペ、お前はどれくらい前の記憶があるんだ?』
『そうだなほとんどの記憶は残っている、まあ、あいまいな部分もあるがな』
『そうか』
『ところでオデッセウス、この間の戦い方を見ていて思ったんだがもしかして生前の記憶や戦闘経験など全部忘れてるんじゃないか?』
なんか変な汗かき出したぞこいつ。
『あ、ばれてた?』
『ばれてますーー』
オデッセウスは相変らず海を見ている。
『恥ずかしながら全然記憶無いんだわ、俺』
『まいったな……』
うーーん、これは困った、しばらくこの星で勘を取り戻すしかないかなあ。
などといろいろ考えを巡らせていると彼は視線をこちらに向けニッコリ微笑んだ。
『けど、一つだけ覚えてることがあるんだぜ』
『一つだけ?』
『ああ、あの時誓ったこと』
『あの時?』
『ヴァティの岬で誓っただろ?』
『……………』
『あっ』
ああ、思い出した。
もし生まれ変わったらまた二人で……
ふぐぐぬぬ。
『なあペネロペ? お前は覚えてる?』
『ヴァティの岬? 覚えてないわ』
彼は心底がっかりした様子でこちらを見上げる。
『おいおい、そりゃねーーよ』
あーーーあーーーーあーーーー忘れた忘れた。
『とりあえずアンタ、全く記憶とか戦闘経験値が無いならこの島で特訓しなきゃいけないわね』
『お? 酒と訓練と性交の日々か?』
『バカ! まあ、酒は許すわ』
『ガーーン、性交は無しかあ』
『あいつを倒せたら穴が開くほどやらせてあげるわよ』
『おりょ? なんか機嫌良くない?』
『良くないわよ! さあ準備するわよ』
へいへい、なんて言いながら彼は起き上がる。
しかし神様も本当に律儀なのかいい加減なのか。
砂をパッパと払う彼の後方。
この星に二つある太陽の二つ目が強い日差しと共に地平線から姿を現した。