畔
お屋敷から歩いて数分、琵琶湖を見渡す高台まで登る。
そこは公園のようになっていてベンチと柵が設けられていた。
今日は天気も良く対岸の景色まで見える。
風はやさしく、人間はこういったものを眺めるために生きているんじゃないかと思うくらいの、美しい青さが目の前に広がっていた。
『お父様……お母様……親子でよくこの景色を眺めた……』
ミコトさんは誰に言うわけでも無く呟く。
『この世の常として、得るものがあれば必ず失うものがあります』
ミコトさんは湖を見つめながら話を続ける。
『裕也様も執務室の写真でお気付きだと思いますが、私達飛来家の人間は寿命が長くありません……』
蝶がひらひらと目の前を横切った。
『それは……その……スサノオさんとなにか関係があるんですか?』
『我々飛来家の当主はスサノオ様が大地の神と契約なさった年齢で寿命が尽きる定めにあります』
『契約時の年齢とちょうど同じ年齢で亡くなると……』
『そうです。スサノオ様は30代半ばで契約なさったので多少の誤差はありますが、それからの当主はみな30代半ばで亡くなっています』
『つまり……それは……ミコトさんも?』
『そうなります』
『………………』
言葉が無かった。
まだ10年以上先とはいえ30代半ばで死ぬのが確定しているなんて……
普通に生きれば80歳くらいまで生きられる現在、30代半で死ぬなんてどんなにお金持ちになれても大抵の人間は拒否するだろう。
ミコトさんはみずからの両肘を抱えるようにして顔を湖に向けている。
『スッ……スサノオさんにも話を聞きたいんで呼んでもらっていいですか?』
『草薙剣は徳重に預かってもらっています』
『えっ?』
オレの知る限りではミコトさんが一時でも草薙剣を手放したことは無い。
ミコトさんは湖を向いたまま話を続ける。
『当主になってから草薙剣を肌身離したのは今日が初めてです。徳重自身も含めて人払いをお願いしました』
『それって、今はここに二人だけってことですか?』
『そうなりますね』
ううっ、なんだか改めて言われると緊張してきた。
いつもはなんだかんだで徳重さんがどこか近くにいるんじゃないかとか、スサノオさんが実体化しないでミコトさんの傍にいるつもりだから、本当の意味での二人きりなんてのはありえなかった。
おそらくアトも今は傍にいない。
急に人払いをしましたなんて言われると否応にも意識してしまう。
『裕也様』
『ハッ! ハイ!』
『残念ながらこの話には続きが御座います』
『続き?』
『はい』
『今現在、飛来家の人間は私一人です、この意味が解りますか?』
『意味?』
意味と言われても……
当主になると30代半ばで亡くなってしまうのが飛来家の定めらしい。
当主……当主……
あれ? そう言えばミコトさんは『飛来家の人間は今現在一人』と言った。
『当主ってやっぱり一人なんですよね?』
『そうです』
『じゃあ当主では無い方の親御さんは一体……』
『母は父と供に亡くなりました』
『それって……つまり……自殺したとか?』
『自殺ならどれだけ救われる話でしょう……残念ながら自殺ではありません』
どういうことなんだ?
ミコトさんは湖を向いていた顔をこちらに向けるが、俯いているので表情はよく分からない。
『つまり我が飛来家の当主と契りを結んだ者は、当主と同じ定めを背負うことになるのです』
『契りってことは……』
『そうです。母は父と結婚して私をもうけ35歳で亡くなりました』
『…………』
ヤバイ、変な汗が出てきた。
『この世の常として、得るものがあれば必ず失うものがあります』
ミコトさんは先ほどの言葉を繰り返す。
『我が飛来家当主の力は何処から来るのか、柱神を操り核種変換を行う常人には無い力、それは歴代当主と伴侶の生命力に他なりません』
オレの喉がゴクリと音を立てる。
『つまりは命を削って生み出された力なのです』