ハワード・ヒューズ
『ハワード・ヒューズ? いや、全然知らないです』
『20世紀アメリカの大富豪ですわ』
『アメリカの大富豪?』
『ええ』
『なんでアメリカの大富豪の話を? コレに関係あるんですか?』
『この飛行艇は昔ハワード・ヒューズが造らせたものを再現したものなんです』
20世紀にこんな馬鹿でかい飛行艇を造った人がいたんだ……
『凄いですね……』
『機体設計やアビオニクスは我々の技術でまとめているので、完全では無いのですが、外観はなるべく再現するように造らせました』
ミコトさんは非実用的なものは好まないと思っていた。
『どうしてこんなに大きな飛行艇を造ったんですか?』
ミコトさんはフフッと笑った。
『私、ハワード・ヒューズという人の生き方に憧れているんです』
『生き方?』
『ええ、人生とか生涯とでも申しましょうか』
『男の人なんですよね?』
『もちろん。プレイボーイでハリウッド女優と数々の浮名を流した方ですわ』
ガーン! 馬鹿な! ミコトさんのイメージが!
『そんな! ってえーーとミコトさんはプレイボーイ好きってこと?』
思わずオロオロしてしまう。
そんなオレをみてミコトさんはクスクス笑っている。
『いいえ、チャライのは嫌いです』
ミコトさん……チャライて……けど……ヨカタ……
『私が憧れるのは、まあ、ある意味プレイボーイという部分も含まれると思いますが、彼の人生、生き方がとても自由であったからなんです』
『自由ですか?』
『はい』
一般ピープルのオレからしてみれば、ミコトさんはとんでもないお金持ちだし、美人だし、その気になれば世の中のどんなことでも出来るんじゃないかと思えるんだが。
『彼は一見無謀にも見えるような映画制作をしたり。自分の好きな航空機の開発に巨額の資金を注ぎ込み、こんな実用には不向きとも言えるような巨大飛行艇を建造したり。親から引き継いだ資産をまさに好き勝手に使って様々な成功を収めていったんです』
へーーもの凄いボンボンがいたもんだ。
『晩年は精神を病んで孤独な生活を送りましたが、それでも彼のように赴くままに自由に生きてみたいと憧れてしまいます』
自由か……
『ミコトさんはあまり自由が無いってことですか?』
『子供の頃は比較的自由だったのですが、当主となってからはよほど重要なことでなければ屋敷から離れることもままなりません』
いつオロチが大国柱を狙って来るか分からないもんなぁ。
それはけっこうツライかも。
『こうしてハーキュリーズでお出かけするのも久しぶりなんです!』
ミコトさんは手のひらを合わせて、それこそパワーッと音でも出そうな感じにニヤニヤしている。
自分の惚気顔に気づいたのかハッ! といつもの凛々しい表情に戻った。
『私としたことが惚気すぎましたわね』
オモロイなこの人。
それにしても女性は本当に旅行好きだ。
うちのオカンも旅行好きでオヤジがたまに愚痴をこぼしている。
なんでもオカン曰く、旅行は現実逃避が出来るらしい。
オレは旅行中どうしても現実の生活が頭を過ぎる。
ある意味遊びに集中しきれて無いのだ。
だからオレはこうして、旅行などでテンションが上がる人を見ると、正直羨ましく思ってしまう。
残念ながらオンとオフを上手に切り替えることが苦手なのだ。
まあ厳密に言えば今回は旅行ではないんだが……
『それに私自身のこの身も言わば……』
その先はなんだか言葉が続かないようだ、急にテンションが下がっている。
『どうしたんです? ミコトさん』
『いっ……いえ、なんでもありませんわ』
メチャクチャなんでもありそうな態度だったが、これ以上は詮索しないほうが良さそうなのでここまでとする。
話題を変えよう。
『それにしても憧れているって理由で、こんな大きな飛行艇を造ってしまうなんて、到底オレには理解できないですよ』
『子供じみてるでしょ?』
子供じみてるとかそういう次元の問題では無いのでは?
アトはさっきからまったくしゃべらない。
アトは用が無ければしゃべらない、本当に無口だ。
試しにアトにも聞いてみよう。
『オーーイ、アトさん』
『なんだ?』
『アトはこの飛行艇についてどう思う?』
『別に』
予想通りの答えだよ。
それから1時間程経った頃だろうか、さっきのメイドさんがまた現れた。
『お嬢様、ただ今着水いたしました』
えっ? もう着いたの? はやっ。
またも全然音もしなかったぞ!
もう山口県か……なんだか全然実感沸かないなぁ……