草薙剣盗難事件
『紀元668年に一度だけ草薙剣が飛来家より持ち出されたことがあります。当時朝鮮半島にあった新羅という国から来た道行という僧侶が草薙剣を盗み出したのです。まあ盗み出したと言うと少し語弊があるのですが』
『語弊?』
『スサノオ様が一時期いらした辰韓がその後新羅という国になるのですが、当時スサノオ様が朝鮮半島の情勢を知りたいと新羅から道行を呼び寄せたのです』
スサノオさんはますます小さくなってる。
『そして道行から話を聞くとまんまと乗せられて新羅へ付いて行こうとなさったんです』
『え?』
スサノオさんはカァーッと赤面しながら。
『だって霊体では寄代となる草薙剣から一定の距離しか動けないし、久々に辰韓の地を見てみたくて……ちょっとくらいいいかなーーって』
だってって! オイオイ! ミコトさんは説明を続けた。
『草薙剣と天叢雲剣を持ち出し、朝鮮に渡ろうとした途中で道行がオロチの手のものだと判明。なんとか撃退したといったところですわ』
そんな大騒動があったのか
ミコトさんはなおもウーンと考え込みながら。
『あのとき道行オロチは完全に倒したと聞いてましたが……さすがに敵もタダではやられなかったというわけですわね』
『道行って僧侶がそのときドサクサに紛れてすり替えたと……』
『ここからは推測ですが。恐らくは霊的に近い形代を土台に贋物を作成、逆に熱田神宮に本物を封印、その後、源平合戦の際、壇ノ浦に沈んだと考えられます』
『源平合戦の際?』
『はい。吾妻鏡という歴史書には壇ノ浦の戦いの際、二位ノ尼は宝剣を持って、按察の局は安徳天皇を抱き奉って共に海底に没すると記述があり、その後日の記述にも八咫鏡、八尺瓊勾玉は御座すが宝剣は紛失と記されています』
あの有名な平家滅亡の戦いにそんなエピソードがあったのか……
『スサノオ様も何かを感じるとのこと、恐らくは壇ノ浦かと』
『それじゃあ次の目的は壇ノ浦に向かうってことで?』
『はい、早急に向かいます』
『徳重』
ミコトさんは徳重さんに指示を出す。
『大国柱があるこの地を長い間留守にする訳にはいきません。目的地も海域ですので移動には飛行艇を使います』
『かしこまりました。それではハーキュリーズを用意させます』
ミコトさんはニッコリ微笑んで。
『それでは裕也様、アト様、2日後壇ノ浦にご同行願います』
オレはハイと答えながらも、さっきから黙ったままのアトをチラリと横目でみる。
アトは表情をまったく変えずに『わかった』とだけ呟いた。