お風呂その2
ふう……今日は結構疲れた……
湯船に浸かりながら今日の出来事を思い返す。
その時だ、浴室の扉がガララと開いた。
誰が入ってきたんだろう? また徳重さんだったら少しめんどいなあ……
なんて考えてチラリと目線をやるとそこにはスサノオさんが立っていた。
柱神って風呂に入る必要あるのか?
などと疑問を孕みつつ、湯船から潜望鏡よろしく顔を半分だけ出しているとスサノオさんと目が合った。
『おーーっ、裕也殿』
なんて言いながらニッコリ笑って手を振っている。
『どーーも、どーーも』
なんて言いながらこちらも手を振り返す。
しかし……改めて見ると凄いなスサノオさん。
いつものスーツ姿でもなんとなく窺い知れたのだが、身体の造りがハンパ無い。
全身が洗練された武器のような身体なのだ。
筋肉質だが余分な見せ掛けの筋肉は無いように見える、削ぎ落とされた実用の筋肉なのだろう。
ガッシリという感じでもなくヒョロッとした感じでもない。
戦いのアスリートとでも言えばいいのだろうか?
身長は190cmを超えるであろう褐色に銀髪の髪。
大きな切れ長の目には青い瞳が輝いている。
まったくその気が無いオレでも思わず見惚れてしまう。
オレがボーーっとスサノオさんを見ているとスサノオさんは怪訝そうな顔で。
『私の身体がなにか変なのか?』なんて聞いてきた。
ハッ!? っと我に帰る。
『いえいえ! なんでもありません!』
さすがに今のはマズイな。
『裕也殿はもしかして男色の気があるのか?』
ぶふおっ!!!!
『まったくありませんよ! だけど思わずスサノオさんの身体に見惚れてしまって』
『見惚れる?』
『なんというか凄い鍛えられているなと思って』
『そうなのか? 意識的に鍛えたことなど無いのだがな』
『マジですか……』
『ああ、あの頃は大変だったからなあ』
『そういえばスサノオさんはその……なんというか今の肉体くらいの年齢で亡くなったんですか?』
『そうだな……神との契約により寿命を削られてな』
ありゃ、なんかまずいこと聞いてしまったようだ。
スサノオさんの顔が急激に曇った。
しかしよく考えたらオレは今、日本神話の英雄スサノオ神と風呂に入っているのである、凄すぎて実感が湧かないのだが、この答えも歴史家や考古学者が聞いたら鼻血出して喜ぶんじゃなかろうか。
『ええとぉ……亡くなったときの年齢で柱神になるなら高齢で亡くなった場合、呼ばれて飛び出て来るのがお爺さんになっちゃうんですよね、それだと戦いには不向きになっちゃいそうですね……』
『そうとも限らん。呪術に長ける者ならば高齢で精神的な奥義を会得しうる、まあ、柱神の性質上高齢での柱神化は無さそうだがな』
なかなか簡単に、人の最盛期というのは判らないということか。
『よく考えたら、こうしてオレと普通に話をしてますけど、言葉はどう覚えたんですか?』
『言葉?』
『ええ、スサノオさんが生きた時代と今の時代じゃ、話す言葉も全然違うんじゃないかと思うんですけど』
『裕也殿は私の本体を見たよな?』
『小牧山で戦っていた甲冑の巨人ですよね?』
『そうだ、あれが柱神の本体が実体化した状態で、今の私が柱神の精神体が実体化した状態なのだ』
『本体と精神体?』
『本体はあんなデカブツなのでおいそれとは実体化できない、だが精神体のほうは人間の大きさなので実体化しても影響はほとんど無い』
本体と精神体か……
『私は普段、大国柱を依代としているが精神体だけならば比較的自由に行動することが出来る、それでも精神体での行動はチカラを消耗するのであまり頻繁にはできない、なので何十年に一度の間隔で現世に現れて情報を得たり学習をしたりしている』
『ある程度今の世界のことも知っているってことですか?』
『そういうことだ、それにしてもここ200年くらいの人類の進歩は凄まじいものがある、正直、覚醒するたび驚かされるよ』
『ちなみに前回はいつ頃覚醒したんですか?』
『ちょうど10年くらい前だったと思う、ミコト殿がまだ小さい頃だったからな』
幼い頃のミコトさんか……可愛いかったんだろうなあ。
『ああっ……そう言えば、日本神話に出てくるアマテラス神とか生前一緒だったんですか?』
『アマテラス?』
あれれ? オレは変なこと言ったかな、うろ覚えだが日本神話ではアマテラス神が一番偉い神様だったような……
仏教が釈迦で、キリスト教はまんまキリストだよな。
『ああ、今現在伝わっている日本神話はほとんどが天武天皇の時代に作られた創作だよ』
『えーーっ、マジですか?』
『だからアマテラスだとかツクヨミだとかそんな人物や神はいないし、神武東征なんて話も実際には無かったんだよ』
『じゃあ本当のスサノオさんはどんな人生を歩んだんですか?』
失礼かもしれないが興味本位で聞いてみる。
『私か? そうだなまず私の故郷は日本ではない……驚いた?』
『全然驚きません』
肌、髪、瞳、全ての色が日本人離れしとるがな。
スサノオさんはショックと言わんばかりに残念そうな顔をした。
『驚いてくれよーー裕也殿』
『見た目まったく日本人に見えませんよ』
『ははは、実は私の出身地は中東なんだ』
『ちゅっ、中東?』
こりゃまた意外な場所だ。
『セレウコス朝の頃に中東から中国の秦朝、始皇帝に一族もろとも生口として連れて行かれたのが始まりだ』
『生口?』
『奴隷などと同じと思ってもらってもかまわないが、もう少し珍重されていたよ』
『珍重って、なんか人間にはあんまり使わない表現のような……絶滅危惧種やめずらしい動物じゃあるまいし』
『我々は人種という意味では貴重だったのさ、古代シュメル人の末裔だからね』
『シュメル人?』
『初めてこの世に文明をもたらした一族、実際にはウンサンギガという名らしいのだが、私から3500年以上も前の御先祖様のことは私自身もよく知らない、私が生きた紀元前200年頃はもう純粋なシュメル人はほとんどこの世にはいなかった』
『国が滅んだんですか?』
『まあそれもあるが、混血などで血が薄れたのさ』
3500年もの年月が流れれば自然とそうなるか……
『私達は比較的純粋なシュメル人の一族だった、それを面白いと思われて始皇帝への献上品として中東から秦朝まで連れて行かれた』
『中東から中国なんてえらい遠いなあ……』
『ああ、遠かった。私はまだ子供だったし父に連れられるまま始皇帝に面会したよ』
たしか始皇帝って初めて中国を統一した人物だったような……
申し訳ないが興味が加速する。
『始皇帝ってどんな人物だったんですか?』
スサノオさんは厳しい表情になった。