六畳一間
『本当にこのお部屋でよろしいのですか?』
ミコトさんはなんだかご機嫌ナナメな様子だ。
『えっ……あっ……なんだかこれぐらいが落ち着くかなーーって』
ではお好きな部屋をと言われ、オレが屋敷を駆けずり回って一番落ち着きそうな六畳一間を探し出し、ここをしばらく僕の寝床にしたいです! と申し出たところ、ミコトさんは今まで見せたことの無い拗ねた子供みたいな表情をした、それこそプクーと擬音が出そうな感じである。
『ハァーー……先程案内したお部屋のどこが不満なのですか?』
『先程ねぇ……』
御屋敷に到着してすぐにオレの部屋を決めて欲しいという話になった。
御屋敷の中にもゲストルームみたいな部屋がいくつかあり、そのどれもがホテルのスイートなルームばりに豪華絢爛な造りになっていたのだが正直落ち着かない。
だってねぇ……天蓋付きのベットなんて一晩くらいならいいかもしれないけど、しばらく御厄介になる予定なのだ、布団が恋しくなるに決まっている。
『そこは戦前、使用人向けに使われていた部屋ですよ?』
『どうりで趣がある』
純和風、土壁の部屋がオレの心を和ませる。
『本当にそこでよろしいんですか?』
ミコトさんがジト目で最終確認を取る。
『押入れもあるし、ここが一番いいかな……』
『わかりました、それではこのお部屋にいたしましょう』
なんとか納得してくれた。
『それにしても……私も色々考えてお部屋を用意しましたのにーーシクシク』
申し訳ない、お金持ちの感覚には全然慣れないのである。
『なにか他に必要な物はありますか?』
そう聞かれて考える、特別な物では無いけど……
『パソコンとスマホ、ネット回線があれば他には……』
『ネット……ですか』
またもミコトさんがジト目になる。
今時の健全な高校男児にはインターネットが必要不可欠だ!
絶対に必要だ! フン! フン!
『承知しました、すぐに手配します』
ホッと内心胸を撫で下ろす。
『ただし有害サイトのフィルタリングをキツめに設定しておきますね』
かはっ! なっ! なんと!?
『ふぃ……ふぃるたりんぐ……とかミコトさん結構パソコン詳しいんですね……』
『ハイ、あっぷるつうの頃から嗜んでおります』
ウソコケ! 歳いくつだ!
『それではまたのちほど』
ミコトさんはニッコリ笑いながら引き戸を閉めた。
パタン!
あっ
ちょっと待ったポーズのまま一人ぼっちになったよ……オレ。
部屋のこと怒っているんだろうか?
それにしてもこの年頃の男子が持つエロルギッシュな情熱大陸をもう少し理解して欲しいのである……シクシク。
夕食はお屋敷の中にある展望レストランみたいなところに用意されていた。
琵琶湖が一望でき夜は少し神秘的な雰囲気さえ漂う。
食卓は意外にも四人掛けのテーブルが用意されている。
長い十人掛けくらいのテーブルも脇に見えるが、このほうが落ち着くし話しもしやすいでしょうとミコトさんが用意させたらしい。
一汁一菜。
ミコトさんの食事は思ったよりもずっと質素だった。
なんかこう長テーブルにズラリと高級食材をふんだんに使った料理が並ぶものだとばかり思っていたのだが実際は全然違った。
まあ二人しかいないのだからもったいないし、そんなはずはないか。
なにか希望のメニューなどございますか? と聞かれミコトさんと同じでいいですと答えたのだが正直失敗した。
足りにゃい……これでは健全な高校男児の一日の摂取カロリーには全然足りない……
『少なければ追加できますが?』
『すいませんお願いします……』
『希望はなにかありますか?』
『そうですね……肉料理とか……』
『徳重』
ミコトさんが徳重さんになにやら指示を出す。
しばらくして切り分けられたステーキが運ばれてきた。
『佐賀牛になります』
なによ……このサシ!
バカにして!
この子! あたいをバカにして!
なんて肉片に最大限の敬意を払いつつ口に運ぶ。
――――――――――――――――――っ!
スマン! 正直今までバカにしてたよ!
SAGA!
海苔しか獲れないと思ってたよ!
SAGA!
生きてて良かったよ!
SAGA!
ついでに追加したご飯と一緒に一心不乱にかきこむ。
ハッ!?
気が付くとミコトさんがニコニコ楽しそうにオレを眺めていた。
ヤンチャな子供を見守る母親といった感じだ。
ごっくん!
とりあえず口のものを飲み干し。
気まずいので何か話し掛けようと考えるが何も思い浮かばない。
えーーと、うーーと……
『そっ……そう言えばミコトさん、食事の量はそれで少なくないんですか?』
ミコトさんは自らの空いた器を見る。
『いろいろ付き合いなどもありまして、どうしても屋敷ではサッパリとしたものを少量で済ませてしまいがちになってしまいます』
普段からこういうものを食べ慣れていると逆に受け付けなくなるのね。
何事も適量適度が重要なんですな。
それにしても夜に湖畔でこんな食事はまるきしデートだな。
ミコトさんはこちらをずーっと見てるし。
なんだか意識してしまってモジモジしているとミコトさんが口を開いた。
『先日お話させて頂いた件ですが、転入の手筈が整いましたので来週月曜日から登校して頂きたいと思っています、よろしいでしょうか?』
『全然OKです』
『服装などはいかがなさいます?』
『制服とかあるんですか?』
『一応校則では服装に関しては自由になっていますが学校推薦の学生服があり、大抵の生徒はそれを着用しています』
『ガクランじゃまずいかな?』
『校則的には問題ありませんが……』
規則を破っていないのなら問題はなかろう。
『じゃあ、できればこのガクランのままでお願いします』
『承知しました。私もガクラン好きなので理事長として許可します、傷んだ部分も直しておきますね』
『あっ、ありがとうございます理事長って変な感じですね……』
理事長が連れて来た季節外れの転校生か……
我ながら完全に謎の転校生の出来上がりである。