父にあったもの
全員で言われた通りに駐車場に出てみる。
なにをする気だこの人……
『オマエ達の息子はコレに乗って戦っていたんだ』
アトはヤレヤレといった感じで指パッチンをした。
音も無くエピゴノスが目の前に現れる。
でっ……デカイなこうして見ると……
顔のあたりはエピゴノスの足元から人が見上げてもよく見えないくらいでかい。
ホテルと同じくらいの大きさがあるんじゃなかろうか。
なにより異様なのがこんなに大きな物体が音も立てずに突然目の前に現れたことだ。
空気さえ揺らすことなく、まるで以前からそこに立っていたような感じで、イキナリ目の前にビルサイズの巨人が現れたのである。
『これは……あの小牧山の巨人か……』
オヤジはエピゴノスの見上げながらそう呟く。
『アンテナみたいなものと一緒にいた巨人だわ』
オフクロはオヤジの背に隠れるようにして見上げている。
どうやら二人とも小牧山でパラボラアンテナと一緒にエピゴノスも見たようだ。
オヤジとオフクロの会社の位置は小牧山から数キロだ、それぞれの会社から戦いの様子が見えても不思議では無い。
『裕也……オマエがコレに乗っていたのか?』
『その……アトに助けてもらって……そのままコレに乗って戦うことに……』
『そんな馬鹿な……何故、裕也が……』
アトはオヤジを見据える。
『すまないな、アイツはオマエの息子じゃないと動かないんだ』
え!? そうなの? 確か乗れとは言われたが、エピゴノスが俺じゃないと動かないとは言われてないよな?
『アトさん、エピゴノスって俺じゃないと動かないの?』
『そうだ、もうアイツはお前が乗らなければ動かない』
なんでだ? 機体に登録でもされたのか?
暫くオヤジはアトを見つめる。
『貴方は小牧山のバケモノと同じような存在なんですね』
『そうだな……』
指パッチンでビルの隣にロボットを突然出したり、オヤジもアトが小牧山のバケモノと同じような、常識で測りきれない存在だということを理解したようだ。
『裕也、オマエは本当に戦いたいのか?』
そうだ……俺は一体どうしたいんだ?
今まで流れにまかせて行動してきたけど本当は俺自身どうしたいんだ?
『オレは…………』
言い澱んでしまう。
アトに助けられてこんな訳の分からない状況になってしまっているけど。
本当はこんなこと俺がしなくてもいいんじゃないか?
あんな怪物と戦う必要はないんじゃないか?
逃げ出してもいいんじゃないか?
さすがにアトも逃げたから殺すとか、身体を瀕死の状態に戻すとか、そんなことはするまい。
エピゴノスが俺以外に動かせないのは困るかもしれないがスサノオさんだって戦える。
このおかしな状況から抜け出すには今が一番いいんじゃないか?
そんな考えがアタマをグルグル駆け巡る。
そんなグルグル回る意識の中に、
崩れた学校が、
佐々木の上半身が、
壊滅状態の小牧市が、
アトの声が聞こえる。
そうだな……あの時約束したんだ俺は……
俺が戦うことによってみんなを助けるって……
『俺は……俺はアトと一緒に戦いたい……』
口から自然に漏れた。
『アトの話じゃ世界中であんな化け物がこれから動き出すらしい』
やっぱり捨て置けない……
『今までなんの取柄も無く生きてきた俺だけど、みんなを助けることができるなら戦いたいんだ』
オヤジやオフクロのことをなんにも考えていない発言かもしれない。
『いいかなオヤジ?』
オヤジは俺をマジマジと眺めフッと微かに笑う。
『裕也、オマエの最大の武器はなんだと思う?』
最大の武器? なんだそれ?
オヤジはおかしなことを聞いてきた。
武器……武器……
『オヤジ……俺に武器なんて無いよ』
『いいや……ある! オマエだけじゃない私にもあったものだ』
『オヤジにも?』
『そうだ』
益々解らない。
オヤジの特技なんて聞いたこともないし……
『分からないよ』
『だろうな』
オヤジはコホンと咳払いをして少し恥ずかしそうに答えた。
『それは若さだ』
若さ?
『若さが武器?』
『そうだ……若いうちは気が付かないものだがな。歳を取ると本当によく解る。若さというものは無限の可能性だ』
『可能性?』
『大人になると色々としがらみで身動きが取れなくなったり、歳や身体の衰えでやろうと思っても出来ないことが増えてくるんだ』
『そういうもんなのか?』
『ああ、子供の頃の夢や希望が現実の中で失われていき、自分の目指した夢がもう叶わないことが解ってくる、目指していたものが取るに足らないものだったなんてこともある、そして自分の器を知る、だが今のオマエは違う、今のオマエは無知だが可能性は無限だ、オマエがやりたいならやってみろ!』
めずらしくオヤジは一気に捲くし立ててしゃべった、なんかオヤジとこうして人生観みたいなものをじっくり話すのは初めてでテレ臭い。
『かあさんもそれでいいだろ?』
オフクロは少し戸惑いながらも『お父さんがそういうなら……』と納得してくれた。
『けど本当は母さん反対よ、せっかく生きてくれていたんだもの』
なんだかまた泣き出してしまった。
話がまとまったのを感じたのかアトがパチンと指を鳴らす。
その瞬間エピゴノスは現れた時と同じように音も無く姿を消した。
『それでは裕也様をしばらくの間お預かりいたします』
ミコトさんがオヤジとオフクロに深々と頭を下げる。
『こちらこそ不出来な息子ですがよろしくお願いします』
オヤジはそういうとオレの頭をガシリと掴んでお辞儀をさせた。
おとーさん痛いです……
『お二人は今後どうなさるおつもりですか?』
『家も幸い窓ガラスが割れたくらいで比較的無事でしたので、帰って片付けをしようかと思っています。それに被害を受けた会社の復旧作業もありますし、そう時間も空けられません』
『そうでしたか、それならば私共で御自宅までお送りいたします、急ぎますか?』
『ええ、家もそのままの状態なので気になります』
『ではすぐに御用意いたします』
そう言うとミコトさんはなにやら指示を出した。
『徳重、ご案内を』
『ハッ、かしこまりました』
歳は60歳くらいだろうか?
ミコトさんの傍にいる執事っぽいおじいさんが返事をする。
『もう帰るのかよオヤジ』
会えたと思ったらまたすぐお別れで少し寂しい。
『家がムチャクチャのまんまだからな』
『そうか……本当はオレも帰って手伝いたいんだけど』
『まあ母さんと二人でなんとかなるさ』
『あんまり無茶するなよ二人とも』
オヤジはキョトンとした顔をしたあと。
『今のオマエに言われたくないわ!』
なんて言い返してきた。
まあそーですよね。
最後にオヤジがそっと耳打ちしてくる。
『正直、戦うとか巨人とかなんだかよく分からないが、学校も潰れてしまったし、しばらく飛来さんの方でオマエは御厄介になっておけ』
やっぱり話をよく理解してなかったな……オヤジ……
『そのなんだ……オマエもそこそこの年齢になったんだしそのーーなんというか……』
『なんだよハッキリ言えよ』
『飛来さんをモノにしとけ!』
『は?』
なに言ってやがりますかこのオヤジは。
『あんな人とはもう一生二度とお近付きにはなれんぞ』
『いや……まだ会ったばかりだし』
『物凄い資産家のお嬢様らしい』
『それはなんとなく解るが……』
『オマエがミコトさんと結婚でもしてくれれば……』
『……』
『父さんと母さんの生活も楽になる』
物凄くリアルなお話しですねお父さん。
『なにか不都合でも?』
ミコトさんがオレとオヤジを覗き込む。
『いや! 今生の別れかもみたいなーアハハハハッ!』
今生の別れはマズイだろオヤジ!
『アハハハッ! おっ! オヤジも気をつけて帰れよ』
オヤジとオフクロは徳重さんが呼んだ部下の人に連れられて部屋に戻っていった。
オレに若いうちはやりたいことをやれ! なんて言いながら結局はミコトさんが資産家っぽいから許可しやがったなオヤジ……
『本当に良い御両親ですね』
ミコトさんが去っていくオヤジとオフクロを見つめながらそう言った。
『ええまあ……そーですね』
さっきの会話がなければと心の中で追加して相槌を打つ。
『裕也様には今後飛来家で過ごして頂く為に、色々と決めて頂きたいことが御座います』
『決めること?』
『はい。お部屋選びから必要なモノの手配、学校をどうなさるかなど山積みです』
『ああそうか学校か……』
学校は壊滅してしまったし、オレの処理は今後どうなるんだろう? などと考え込んでいると。
『よろしければ我が飛来学園への転入手続きをいたしますが?』
ミコトさんからそんな提案がなされた。
『飛来学園?』
『屋敷から徒歩10分程に我が飛来家で運営している、小、中、高、大学、一貫教育の学園が御座います』
ホヘーー学校までやっているのか。
『生徒の数はさほど多く無いのですが、全寮制で約半数の生徒が留学生になります』
とりあえずこの際なんでもいいか。
『よく分からないですけど、とりあえずそこに転入でいいかな……』
『ハイ! 承知いたしました』
なんだかミコトさんはえらく上機嫌に答えた。
『ちなみに私は学園の理事長兼生徒会長の扱いになっております』
ブフォ!
生まれて初めて聞いたよ理事長兼生徒会長って肩書き。
まあ自分の家で運営している学校に入学したらそうなるか。
『変ですよね……』
なんだかミコトさんは瞳をウルウルさせながら逸らしている。
『いやっ、別に変だと思って無いですよ! ただアリなのそれ? って思っただけで』
『飛来家の家督を継ぐ者の掟として学園理事長だけはどーーしても外せないのです』
なんだか理事長イヤそうだなミコトさん。
『私もせめて学園生活だけは普通に……普通に……』
さらに鬱度は増している。
『これでも幼い頃は良かったのですが家督を継いでからは……』
ふっ、深い……深度……深っ……
『そんな些細なことは気にしませんよ……』
『?』
『オレにとって、ミコトさんは一緒に戦う仲間なんですから!』
『仲間?』
『そうです! 仲間です!』
それを聞いたミコトさんはしばらく惚けていたが納得したのかウンウンと頷き。 『そうですよね! 仲間ですよね!』と満面の笑顔を弾けさせた。
あんまり無防備に笑顔振りまかれると、こちらの回路がオーバーヒートしそうになるので困る。
その後これからしばらく御厄介になるであろう御屋敷に戻ることになった。