ラブ&ピース
ふう。
あの後ヨシュアさんは解散を命令して何処かへ行ってしまった。
追いすがる者、泣き続ける者、気を失う者。
皆、様々なリアクションだったがバチカンは大丈夫なんだろうか?
自分は朝食を食べて暫く散歩してテレベ川だったかで一休み、川辺に座り日本から持ってきたブリックにストローを刺す。
フルーツ・オレの甘みが滲みるなあ。
はあ、こんな時になんだが空が青い。
日本から遠く離れた、ここバチカンでも空の青さだけは変わらない。
あの空の向こうに父ちゃんと母ちゃんがおるんやなあ、後で電話しとこ、暫く電話して無いから心配してるだろうし。
そんなことを考えながら川を眺めているとヨシュアさんがひょっこり現れた。
『おや、また会いましたな、ナカジマ殿』
『あ、こんにちはヨシュアさん』
『隣良いですかな?』
そう言うとヨシュアさんは隣に腰を下ろした。
『槍の件、本当にありがとうございます、貴方がああしなければマリアは納得しなかったでしょう、私には槍を破壊する力はありませんから』
『いや、普通のことですよあれは』
『人間その普通が一番難しいのです、私の生きた時代には、その貴方の普通がありませんでしたから、神の為に、王の為に、皆々命を捧げる事は名誉とされましたから』
ヨシュアさんは遠くを見つめている。
『私は神にこの身を捧げる代わりに祈りました、人々がお互いを理解する世界を、私の祈りに少しでも耳を傾けてくれることを、2000年ぶりに目覚めてみれば随分と歪んだ形で願いが叶っていたようですが』
どんな宗教も始まりは純粋な思いがあったはずだ、しかし時間が流れるにつれてその想いは権力や金に染まる、人間の弱さが本来の姿を変えてしまうんだろうなあ。
『そうですか、結局ヨシュアさんはみんな仲良くやってくれって言いたいんですね』
『ええ、えへへへ、あれですよ、あれ』
ヨシュアさんは空を仰ぐ。
『さっきそこで街の人が着ていた服に書いてあったんですけどね、ほら、ラブ&ピースってやつですよ』
ヨシュアさんはニッコリと微笑んだ。
『ラブ&ピースですか、ハハハ』
『あーーっ! いたーーーっ!!!』
声のする方を見ればバチカンの偉い人達が大挙してこちらに走ってくる。
『おっ、これはまずい、それでは私はもう少し街を探索してきますので』
ヨシュアさんはそう言うと飛び起き走って行ってしまった。
『あっ!? お待ち下され!!!』
―――ドドドドドドドド―――
砂煙を上げてみな追いかけて行く。
天才放浪切絵画家みたいだな……
『ふう、なんかイエス様って気難しい人かと思ってたけど、普通のおっちゃんだな』
『私達の主人を普通のおっちゃんとは言ってくれるわね』
『!?』
振り向くとマリアがこちらを睨んでいた。
マリアはそのままさっきまでヨシュアさんが座っていた場所に座る。
『全く、いきなり解散しろだなんて、世界中でどんだけ失業者が生まれるのかしら』
確かに、解散したら世界中のキリスト教関係者が無職になってしまうわな……
『ナハハハハ、それは地味に大変だな』
『何がナハハハハよ、あっ! あんたそれもしかして日本のブリックじゃない?』
マリアは自分の持っているブリックを指差す。
『ああ、これ? そうだけど』
『へえ、これがそうなんだ、少しちょうだい』
『は? まあいいけど……』
マリアはブリックを受け取るとグイグイ飲み出した。
『ああ、美味しい、ありがとう』
うう、半分以上飲まれた……
てかこれ間接チューやろ、ええのかな……
『というか、マリアはその気になればブリックなんて取り寄せていくらでも飲めるだろ……』
『フッ、アンタ分かってないわね、真のセレブというものは自然の出会いに身を任せるものよ、金で全て解決したらつまんないじゃない』
『そういうものなのか……』
『ところでアンタ、よくも私のこと馬鹿って言ってくれたわね』
はて? マリアのこと馬鹿なんて俺言ったかな?
『お前何を言ってるんだ? 俺がそんな言葉を、ハッ!』
―――誰が放すかこの馬鹿が!!!!!―――
あっ、言ってるわ、俺。
『あ、あの、あれはついカッとなって、うーーむ、そのスマン』
『この私に馬鹿なんて言い放ったのはアンタが初めてよ』
『すみません……』
『罰としてアンタ、一日私の荷物持ちやんなさい』
『荷物持ち?』
『そう、私の役目も終わったから、自由に海外旅行とか行けるようになったのよね、だから今度日本の秋葉原に買物行くとき、アンタが私の荷物持ちやるという事でいいわね?』
『えーーっ、ちょ』
『分かったわね! 約束よ!』
マリアは怒っているはずなのに今まで見たことないほどの笑顔だった。
ドロドロドロドロドロドロドロドロドロドロドロドロドロドロドロドロ
『マリアったら、あれだけ裕也様におかしな事をしないで下さいねと念を押したのに』
川辺に座って楽しそうに話をしている裕也様とマリア様をお嬢様は草葉の陰から恨めしそうに見ている。
いやこれは睨んでいる。
『徳重、何といいますか、今回、私、恋のビッグウェーブに乗り遅れたのをひしひしと感じるのですが』
『お嬢様、今からでも遅くはありません! 一波行きますか!』
『そうやって予めサーフボードを用意してしまう有能さは考えものですわね!』
『しかしお嬢様はファーストヒロインゆえ、この先も暫くは厳しい状況が続くかと……』
『ファ!? ふ、ふ、ファーストヒロイン? なんですかそれは!』
『まあ、五皇ですし、あと三家ありますし』
『ぐぬぬぬ、主人をファーストヒロインとか呼ぶ執事! どうかと思いますよ!』
『セカンドヒロインが現れた今、サードヒロイン、フォースヒロイン、ヒィフスヒロインが現れるのは自明の理かと』
『つ、つ、次は万世史記の予言だと、北米か中国ですわね、中国はお姉様ですから問題ありません、しかし、北米は危険な香りがします!』
『これは暫くお嬢様の出番はありませんなあ』
『暫くは槍働が続きそうですわね(T ^ T)』