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短編集

ガーネット

作者: stenn

相変わらずのノリ……。

『ダイヤモンド』とはパラレル……で。

性格と設定が少し違うから……。

 子供のころ。私はきれいなものが好きだった。幸い家がお金持ちで何でも手に入れる環境にあったから私は両親に様々なものをねだったし、両親も咎めることなく私にさまざまな物を買い与えた。


 嫌な子供だったと思う。世界は私を中心に回っているのだと信じていたのだから。


 もし、あの頃に戻れるのなら、自分と両親をぶん殴りたいと心底思う。


 ――絶対殴る。


 私は目の前の借用書を眺めながら盛大にため息をついていた。


 父が事業に失敗して母と蒸発したのがついこの間。その後で送られてきたのは目の前にある大量の借用書や、請求書だった。ありとあらゆるものを差し押さえられ、屋敷を追い出され狭い借家に詰め込まれてもなおも減らない借金に私は頭を抱えるしかできなかった。


「結局、私に残ったのはあなただけだね」


 古びた小さな部屋には備え付けの粗末なベットが一つと日用品が入ったトランク一つ。窓から外を眺めても隣の家壁が見えるだけと言うつまらない部屋だった。


 ベッドに座りながら私は隣に立っている人形のような青年を眺める。そう――人形のようなと言う形容詞がよく似合う綺麗な青年だった。金色のサラサラとした髪。銀色の両眼。整った顔立ち。綺麗な人で、彼は表情無く私を見つめた。


 ……子供の頃見かけて――どうしてもって……お金で……。


 ……。


 あははは……はぁ。


 最低。笑えない。よくやったよねぇ私の両親も。


 死ねばいいのに。私。


「……他の者達と行ってもよかったのに。私には払うお金などもうないのよ? 父様も母様もいないし。私は働きに出ないと」


 そう言えば……名前ってなんだっけ? 


 ……まずい。


 声すら聞いたことない気が……。


 ていうか、何で付いて来たんだろう? この人。ほんと。使用人はすべて離れて行ったのに。


「俺、働くの嫌なんで。これからも養ってくれるんだよね?」


 初めて聞いた声は落ち着いてとてもきれいな声。だけれど言っている内容はどうなんだろう。私が当然のような顔をしているけれど――それは。


 空気が凍るような音がしたのは……気のせいだよね。


「……ええと。聞いてなかったかしら。私には払うお金など無いって」


 私の語尾を無視するようにして彼は窓枠に腰をかけた。景色こそ無いものの開いた窓からはさわやかな風が入って来た。


「養うだけでいいよ。俺正直、あんたの家に拾ってもらって嬉しかったんだよなぁ。働かなくてもいいし――あんたは俺の事忘れてくれてるしさ」


 ええ。忘れてました。家を追い出されるまで。忘れてましたとも。屑でごめんなさい。と言うよりこの男も言っている事もそうとう屑な気がする……。


 にこりと笑いかけるく……青年。形の良い唇が言葉を紡ぐ。


「と言う事で責任とって養ってね。アルノアお嬢様」




 お嬢様――とてもいい響きなんだけど、私はお嬢様的な特技は何も持っていない。金持ちといってもただの成金。この国にいる貴族や上流階級に付いていける知識もマナーも教えられなかった。言葉使いだけは何とかと言った感じだろうか。なので簡単に言うとただの使えない小娘でしかない。


 なので――。


「きゃあ!」


 町にある小さな食堂で働き始めて一週間。


 足元に落ちているのは白い皿。粉々になったそれを茫然と眺めていると奥から厳つい亭主が走って来る。


「おらぁ! アルノア! またやりやがったな! 一体何度目だ? 今週分の給料じゃ足りねぇじゃねぇか! 来週の給料から差し引いとくからな!」


「え?」


 それをされるとさすがに――食べる物が無くなる……と言おうとして亭主に睨まれた。ともかくごめんなさいと謝ってその場を収めたがこのままでは借金支払どころか暮らしていく事もままならない。そう言えば――家賃支払いがまだだったなと考えながら私は大きくため息をついていた。


 せめてあのく……青年――レイモンと言うらしい――も働いてくれればいいのに。いや。出て行ってくれると少し助かるかもしれない。


 あの狭い部屋に二人と言うのは相当きついし……なぜか私が床で寝ているんですが……。二人で眠るわけにはいかないしね。いや、好みでいたら好みで無い女子がどこにいるんだと言いたいくらい好みなんだけど。子供の頃からそう言うのって変わらないんだよね。多分。


 ……。


「いっ――」


 指を切った。赤い血を見ながら何となくむなしさが込み上げてくる。


 縁談が決まってたんだ。本当は。金の切れ目が縁の切れ目できれいに立ち消えたけど。とてもいい人で――。


「嬢ちゃん。お金に困っているんだってな――スレイブのところの嬢ちゃんだろう?」


 ふと思考を割るようにして近くで飲んでいたお客さんに呼び止められた。よほど暇なのかこのところ毎日通い詰めてはお酒を飲んでいる中年の男だった。


 ただ、どうして私の事を知っているのだろうか? それが不思議で私はただ目を丸くして男を見つめる。


「ああ――悪い。親父さんの知り合いなのさ。小さい頃の嬢ちゃんとも何度かあってるはずだけど……まぁ、いいさ。そんな事より仕事を紹介しようか? 金にもなるし、知り合いも手が足りねぇって困ってんだよ」


「仕事――」


「なに、大したことはねぇさ。夜少しだけお客の相手をすればいいだけだし、変なことはしねえ。それで一日一万ほど稼げるんだ。悪い話ではないだろう? 借金の足しにもなるし――」


 それってすごくない? と私は思った。ここの給料が一日二千程度だから――。私は頭の中で計算してごくりと息を飲んでいた。


 それがあれば……。


「アルノア! いつまで喋ってる! こっちは忙しいんだ!」


「はいっ!」


「じや、いい返事を待ってるよ。おじさん帰りに迎えに来るから」


 ――後でレイモンにごはん一人で食べてもらう様に連絡しないと。そう考えながら私は店の中に奔っていた。




 夕飯は何時も二人で食べてる。私は作らないと言うより作ると何か違う物が出来てしまうのでレイモンに任せきりなんだけど、彼は何時もおいしい物を作ってくれる。おいしそうに食べるととても嬉しそうな顔をしてくれるしその時ばかりは屑と言う事も忘れて私も嬉しくなっちゃうんだ。一種の癒しとでも言うのかな。


 そんな癒しを失うのは少し寂しいけど、仕方ないよね。『いつか』はあることだし。


 お金の為だし。


「は? ナニソレ? 聞いてませんが?」


 共同調理場でフライパンを動かしながら睨むレイモン。初めて見る苛立たしげな表情に少し戸惑ってしまう。


 何となく、浮気を追及されている夫の気分で私は肩を竦めて見せた。


「いや、仕事がね? だからもう行かなきゃいけなくて」


 おじさん待たせてるし。というか、なんだか沈黙が酷く怖い。彼は考えるように腕を組むとじっと私を見据えた後で手に持っていたお玉を私に差し出した。


 思わず掴んでしまう私。


「俺が行く」


 エプロンを解き、これまた私に押し付け、纏めていた長い髪を解くと金の髪が流れるようにさらりと落ちた。


「は? でも、募集は女の人で」


 働くのは嬉しいけれど。それに女の人に見えなくも無い――悔しいけど私より美人だし。彼は怒ったように私を一瞥する。


「……なにか?」


 怖い。


「いえ、ナンデモナイデス。イッテラシャイマセ」


 頼もしい背中を見つめながら見送るしかなかった。




 次の日、レイモンは帰ってこなかった。仕方ないので書置きをして仕事に出かけると私に『仕事』を紹介してくれたおじさんが待ちかねるように私を見つけて駆け寄って来た。


 何となく申し訳ない気分でいっぱいだけれどおじさんは気にする様子も無く一枚の紙を差し出した。


「え?」


 何、その笑顔。逆に怖い。

「あの男のおかげで損害だよ。お客さん酔い潰すし――で、その損害。毎月決められた額を払ってくれればいいから」


 ……。


 この人私にお金がないこと知ってたよね? 鬼? 鬼なの? というかレイモンは何をしてくれたんだよ。 そして負債は私に――っておかしいよね? おかしくない?


「あ、あの。私とあの人は――」


「夫婦って聞いたけど? 嬢ちゃんと。言ってくれればいいのに。おじさん祝福したよ? ま、それとこれとは別で、連帯責任ってことで」


 ……。


 ……。


 レイモン……私に負債を負わせようと適当なことを。握りしめた紙切れがプルプルと揺れる。


 がその紙切れがふと宙に浮いてから粉々になるまでの事。別に魔法でも何でもなく、いつの間にか隣に立っていたレイモンが破いていたと言うだけだ。


「レイモン――いい加減に」


 何かが爆発しそうだった。けれれどそれを遮るように彼は掌で制止する。その目はおじさんを冷たく見据えていた。


 なぜかおじさんは驚いたような双眸でレイモンを見ている。その口許は何かを言っているようだったが聞き取れなかった。


「よくも、こんなくだらない仕事――法に触れるような仕事をアルノアに振ろうとしてくれたな?」


 声は低い。銀色の双眸は強く輝き、張りつめる空気は怒っている事を物語っていた。


「法?」


「黙れ。お嬢様は後で説教だな」


「……ハイ」


 何の事だか分からないけれど、ぴしゃりと言われれば黙るしかない。逆らうとろくな目に合わない気がする。


「おま、え。――殺したはずだろ? どうして、いき、ている?」


 声が震えている。まるで恐ろしい物を見ているかのように。それをあざ笑うかのようにレイモンは喉を鳴らした。


「さぁ? どうしてだろうな? 知るか。馬鹿。そんな事より、てめぇの店潰しておいたから。今頃警察の方々が嬉々として頑張ってるでしょ? ああ。ここも知らせておいたから」


「……ひ!」


 それが本当なのか嘘なのか私には分からなかった。しかし本当と感じ取ったおじさんは慌てて踵を返して人ごみの中に消えて行ってた。


 にしても、『法』って何だろう。聞こうと私は顔を上げていたがレイモンはすでに大あくびをしながら『かえる』と呟いている。


 どう見てもさっきまでの気迫は感じられず、いつもの屑だった。


「レイモン!」


 言うと彼はゆっくりと振り返り私をその両眼でとらえた。


「ばーか」


「――つ!」


 何でそうなる。こうなれば夜に問いたださなければ。心に決めて私は仕事に励んだ。




「で? 聞こうじゃない」


 とっぷりと日も沈んで、蝋燭の明かりだけが揺れている。小さな机の上には質素なパンとスープ。それを口に運びながら私は目の前で静かにパンをかじっている青年に挑むようにして目を向けた。


「ああ。簡単に言うと、あれ『売春組織』――考えれば分からねぇ? 普通――大体金額が大きいだけで怪しいし」


 ――。


 ……え? そうなの?


 まったく怪しいとは思っていなかったんですが。父様とも知り合いだと言うし。


 不思議そうに見る私に彼は半眼で眼を向けた。冷たい。限り無く目が冷たい。


「これだから。――そうなんだよ。最近は締め付けも厳しくて、全体的に裕福が増えてきたせいか供給が少なくて。っていうか。売春の意味から言った方がいいか?」


「お断りします――って説明もしないからね」


 そんな事くらい知ってるし。もう十八だから。むくれると彼は軽く喉を鳴らし笑う。


「ま、そう言う事。まったく。人の身体にべたべたと。酒で潰してやったわ。あのオヤジ。汚い手でアルノアには触れさせ――な」


 何かに気付いたらしくレイモンは口を噤んでパンを口に押し込んだ。もしかして、その『オヤジ』に身体を触られたことがトラウマになってしまったのかもしれない。



 ……。


 私の――所為だよね? 代わりに行ってくれたから。


「あの、ごめ――」


「んぁ?」


「責任とるから!」


「……!!!!」


 私の言葉に思いっきりスープを口から噴き出して咳き込むレイモン。少し面白いんだけど、何? なんか変な事を言ったっけ?


 でも、責任は必要なことだと思うんだけど。お嫁さん貰えなかったら困るじゃない。責任もって女の人と結婚を――って意味なんだけど。


「せ、せせせせせせせ?」


「驚かなくても。責任もって奥さん探すから心配しなくていい――と」


 あ。凍った――と思ったら復活して無言で噴出したものを拭いている。それでもってなんだか少し怒っているような。それは自分自身に苛ついている様にも見えた。


 ため息一つ。彼は天井を仰いでいる。


「レイモン?」


 重い重い沈黙。何だろう。とても居心地が悪い。考えているとゆっくりとレイモンが言葉を紡ぐ。


「なぁ。アルノア」


「――ん?」


「俺、あいつらのアジトから少しちょろまかしたんだ」


 ……。


 ……その犯罪の告白聞きたくなかったんですが。私にどうしろと? 捕まれと?


「まあ。それは追々返すとして」


 そうしてください。心が休まります。


「……俺と結婚しない?」


 ……。


 ……。


 なんて? 今。最近耳が遠くて。ゴリゴリと米神をもんでみる。痛い。多分問題ない気がする。


「ええと。負債は負いません。連帯責任なしで――というか、今度は何をしたのよ? 私お金ないんだってば」


 言うと困ったように笑うレイモン。それはなぜかどこか泣きそうにも見えた。


「困ったな――本気なのに。俺ホントはアルノアと別れたくなくてここに居るんだけど――どうでもいいなら、とっくに去ってるっての。金の切れ目が縁の切れ目だしな。ほんとコレ」


 なんか、怪しい。限りなく、怪しい。――けど信じたい思いもあって私は黙って聞く。だって子供の頃の私も今の私もこの人の姿かたちはとても好きなんだよ。性格は酷いけど。酷いけど――嫌いじゃなくて。悪い人でないことも知っているし。


 ……屑っぽいけど。まあ、それはお互い様だよね。


 だから――信じたい。


 この人が私を好きなのかもって信じたい。


「本当は去ろうと思ったんだ。どうでもよかったし忘れてるみたいだし。でも久しぶりに会ったあんたはとても――きれいでさ。でも危なくて……支えたいって思ったんだ――アルノア」


 銀の両眼が私の心臓を射貫く様に見つめた。刹那に頬が赤くなるのを感じる。それを察したのか柔らかく笑うと、彼は私の前に膝立ちになって手を取った。


「俺の責任とろうか?」


「――せきにん」


 軽く手の甲に触れる唇。その唇から熱が落ちるように手の甲がじわりと熱くなった気がした。手が震える。怖くて――ではない。


 嬉しくて。泣くほどに嬉しくて。


 それがとても意外だった。


「俺も――俺のできることをする」


 愛している。


 そんな言葉にごまかされて、養う、働くどうこう、聞くことも無くその夜は更けていった。

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