第88話 キング。4
「師匠!あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「……あけおめ」
この間弟子になった他店舗の店長、水川なんちゃらが店にやってきた。話が濃すぎて名前はもう覚えていない。
新年の挨拶をしに来たんだろうが、呼吸するように前出しができるまで来るなって言っただろ。できるわけないんだから一生来んなよ。
「師匠!聞いてください」
「なんだ」
「以前師匠から頂いたアドバイス『呼吸するように前出しをする』……それが一体どういうことなのか1週間仕事を休んでずっと考えていたんです」
「お、おう」
……そんなつまんねえこと考えてないで働けよ。
「……そしてようやく気づくことができました。『呼吸するように前出しをする」とは、いつでもどこでも前出しができるということですよね……?」
「……は?」
「見ててください」
そう言い、水川なんちゃらが大きく深呼吸し、突如動きだした。
洗礼された無駄のないリズミカルな動きは、まさに商品がないにも関わらず本当に前出しをしているように思えた。……なんだ……何なんだこれは。……俺は一体何を見せられているんだ。
「ど、どうですか!師匠!!」
「え……あ……えっと……」
……いやいやいや。前出しの意味ないだろ。何だよ、このパントマイム。誰が得するんだよ。
「お、お前は前出しの本当の意味を理解していない」
「ほ、本当の意味……?」
「……次会う時に『前出しとは何なのか』考えてこい」
「……わ、わかりました!失礼致します!」
この課題を与えていくシステムが追々自分を苦しめていきそうな気がする。