第1話 投げる。
「店長。今日めっちゃ暇っすね」
こいつの名前は赤坂守。あだ名はあかっち。こいつはバイトを始めて3ヶ月で俺より接客ができて、俺よりレジ打つのが早いクソ生意気なやつだ。
「たしかに暇だな」
「あ、せっかくの機会だから質問していいっすか?」
「珍しいな」
こいつは教えたら何でもすぐできる。後輩としての可愛さが全くない。最近は、俺の知らないことまで知ってる辺り、何なんだこいつ感が否めない。
「カラーボール投げたいんすけど」
「マジかよ」
っつか質問じゃねえ。
「だめっすか?」
「いや、ダメってか……今じゃねえだろ」
コンビニを経営して今年で5年目になるが、カラーボールを投げたことは一度もない。そもそもカラーボールというのは緊急時に逃げた相手に投げるもんだ。なかなか使う機会なんてない。
「今じゃないとか言いますけど、このまんまじゃいつまで経っても投げられないすっよね」
「なんでそんなにカラーボール投げたいんだよ」
「Twitterに載せようと思って」
「勘弁してくれ」
このご時世、ただでさえ色々と問題になってるのにやめてくれ。こいつほっといたら絶対アイスケースの中で寝たりすんだろ。
「え?じゃあバイト辞めますよ?」
「いやいや、待て待て。落ち着け。ゆとり全開かよ」
「どうしてもカラーボール投げたいっすよ」
「世の中には、やりたくてもできないことがいっぱいあるんだよ」
「どうしても投げたいんっすよ」
こいつどうしても投げたいしか言わねえじゃないか。もうちょい交渉してこいよ、おい。
あかっちは俺の話をスルーして、棚に置いてあるカラーボールを手に取り、嬉しそうに眺めていた。
「よっしゃ。投げますよ」
「待て待て。許可した覚えはないぞ」
「俺、実は中学も高校も野球やってて、甲子園にも行ったことがあるんすよね」
「さり気無く、速い球投げるアピールすんな」
「店長、いきますよ」
「俺に向かって投げんのかよ!?」
あかっちはそこそこ早い球を投げてきた。
ふざけやがって。ここは店長とアルバイトの格の違いを見せつけるしかない。
俺はカラーボールをキャッチし、あかっちに向かって全力で投げる。
あかっちは華麗に避け、壁にカラーボールがぶつかり破裂し、中の塗料がべっちゃりとついた。
「あーもう、店長何やってんすかー。写真とろっと」
「……」
その後、俺は一人で掃除をした。