第136話 忘れ物。2
俺は雨は嫌いだ。
理由は単純明快で、床掃除がかなり面倒だからだ。当たり前だが来る客は皆、靴が濡れている。そのため濡れた床をモップで拭いて……また客が来て……また拭いて……こんなことを永遠に繰り返さなければならない。ドアの前にマット置いてんだからそれでしっかり拭いてから店に入ってくれ。頼むから。
「あの……ちょっといいですか?」
「どうしました?」
「店員さんに相談していいものかわかりませんが……盗まれてしまいまして……」
俺がしょうもない愚痴を考えてると、40代前半ぐらいの男性が声をかけてきた。……盗まれたという単語を聞いて、一瞬ドキッとしたが、恐らく傘のことを言っているのだろう。今日の天候は雨。こんな天気だと残念な話だが、傘を盗むやつは非常に多い。自分の傘だと勘違いして、持って帰る人もいるんだろうけど……わざと盗むやつはマジで警察に捕まればいいと思う。
「盗まれたのってもしかして傘ですか?ビニール傘で大丈夫なら、うちの店に予備があるんでお貸できますよ」
「いえ……傘ではないです……」
「あ、あれ?何を盗まれたんですか?」
「……妻です」
「え?」
何を言っているんだこの人は。やばそうなオーラがぷんぷんする。
……あれ?前にもこんなやりとりをしたような……気のせいか?
「私には結婚して15年目になる妻がいます。私は妻の事を愛してくれていましたし、妻も私のことを愛してくれていました」
「は、はあ」
「しかしある日、妻が私の携帯を勝手に見て、こんなことを言い出したんです。誰よ、この女って。私は会社の後輩だと弁解しましたが、妻は聞く耳を持ちませんでした。浮気をしていないのに疑われたことに腹を立てた私は、妻が風呂に入っている最中に、仕返しのつもりでこっそり妻の携帯を見たんです。そこにはなんと着信履歴に知らない男性の名前がありました。私は妻に問い詰めました。誰だこの男って。妻は言いました。あなたには関係ないでしょって。呆れて言葉が出ませんでした。……私はこの男に最愛の妻を盗まれたんです。二人で幸せを誓ったあの頃は――」
「オッケーです。もう大丈夫です。お腹いっぱいです。大体事情はわかりました」
「私はどうすればいいですか……?」
「うちの店では対応できないんで、キャバクラにでも行って、奥さんのことは忘れてください」
 




