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開いていく、

 

 

 そう言われても、とあたしは思った。

 こまる。

 霊に干渉できるとかできないとか、その言葉の意味するところがさっぱりプーだ。

 よく聞く悪魔祓いとかそういうことができるってことだろうか。おはらいとか。あとはコックリさんとかダースベーダー……いや待てそれは間違いだ。とにかく。


「……そう言われてもな~」


 これがあたしの答えであった。

 本気のひとことだったのだが、店長は椅子に座った体勢のままがくっと前のめりにつんのめった。

 もしかしてこの人、意外とボケ体質?


「ぶっちゃけ現実味に欠けるよ。店長を信じないわけじゃない、むしろあたしは結構そういうの信じちゃうタイプだし。でも、なんてーの、危機感が感じられないわ」


 喋りながら適切な言葉を見つけ出したのであたしは両の手をぽんっと打ち鳴らした。そうそう、危機感だ、危機感。

 危険が迫っているという店長の忠告は正直怖い。

 だが、それを肌身に感じる次元にはまだあたしは居ないのだ。

 ていうか今日の今日まで幽霊を見たことも無かったのだからそれが当たり前だろう。そもそも世間一般の人はほとんど霊なんて見たこともないと思うけど。


 だがそう思った心の内をありのままに伝えると、店長は何故か、おそろしく深い溜息をついた。

 そして言った。お決まりにして超絶ムカつくあの一言を!


「……深沢」

「はい?」

「この──バカヤロウがッ!!」


 意 味 が わ か ら な い !


 あたしはキレた。

 いま置かれている状況も話していたことも意識の外に飛ばし、取り合えず店長にハイキックをお見舞いする。

 んがっ、経験を踏まえてか今日は上手く飛び退って逃げた店長。

 小ざかしいわっ。

 あたしはさらに追いかけた。飛び降りた椅子に足をぶつけてよろめいた店長の手首を掴んで捻りあげると、空いた足でモモを蹴った。

 なんで腿かって、スネはすんごい痛いから。弁慶の泣き所っていうくらいだし、さすがに遠慮してあげた。

 が、店長は当然ながらうめき声をあげてその場に崩れ落ちた。

 

 やーいざまみ!


「全く、口を開けば人のことバカ馬鹿って、あんたの方がよっぽど馬鹿でしょ!? 二十八歳社会人経験済みの美大生舐めんなよ!」

「な、舐めてねえっ……てかお前、マジで怪我したらどうすんだよ……傷害沙汰だぞ!」

「はあ? 手加減してるに決まってんでしょ。あたしは元看護師よ、そんぐらい考えてるわ」

「お前が看護師とか、世界はいつの間に終わりを迎えていたんだ……」

「黙れ!」


 崩れ落ちてすら口数の減らない店長をあたしはさらにつま先で蹴飛ばした。うめき声を上げてホールの床を這う様子はまるで震えるイモムシのよう。ふん、当然の罰だ。

 あたしはこれでも国家資格持ちのれっきとした外科勤務看護師だったっての!


「とにかく! アンタもう少し口に気をつけたほうがいいよ店長! しばらくそのまま反省してなっ」

「おいっ、俺は、そういう意味じゃなくっ……」

「あーもーいい。聞きたくない」


 いつまでもここで遊んでいるわけには行かないので、あたしは店長を見下ろすとそう宣言し、店を出て行くことにした。

 ヤコには後ろ髪を引かれてしまうが、課題の締め切りは刻々と迫っている。

 それに店長の言った通り、あたしには彼らに干渉する力は無い。だとしたらヤコに何をしてあげることもできないのだ。

 悔しいけどそれが現実。

 あたしが今しなきゃいけないことは、どんなに下らなく思えても、絵を描くことでしかない。


「んじゃぁねー、オニトリ店長、またあした!」


 ヤコと別れる切なさを払拭するため、あたしはわざと明るく挨拶をして店を後にした。

 背中の後ろから、


「待て、深沢っ……どこ行くんだっ!?」


 惨めったらしい店長の声が追いかけてきたが、ひらひらと手を振って無視! 

 大学に決まってんでしょ。

 店を出ると日はすっかり落ちていて、肌に触れる暗闇を前に背筋をぞくりと駆け上がる恐怖を感じたけれど、あたしに立ち止まっている余裕はない。

 大丈夫だ、大丈夫。

 今のところ『キケンな奴』とやらから被害を被ったわけじゃなし。

 今日も何事ともなく課題を進めて、いつもどおり家に帰れるはずだ。

 

 あたしはそう考えるとぶるぶる首を振り、暗闇の中に飛び出した。

 

 涼しい初秋の風が髪を揺らし、シャツの襟をはためかせていく。

 いつもより高く脈打つ心臓を感じながらひたすらに駅までの暗い道を駆けて行くあいだ、ふと思い出したのは切り裂かれた青い花の絵。

 

 誰かが無残に破壊した、あたしの課題。

 

 そういえば、あれを切り裂いたのは誰かって大地と話したとき、あたしは何て答えたんだっけ──?


「……」


 あたしは足を止めた。

 ふいに、ざあっと音を立てて空気の温度が急降下したからだ。

 肌が粟立ち、心臓の鼓動がさらに高く冷たく跳ね上がった。


「何……」


 あたしは眼を見開いていた。

 喉が一瞬で干上がった気がした、声が出ない。

 目の前の闇が濃度を濃くしていく。同時に、全身を圧迫する異様な『もの』を感じた。

 なんだこれは、と思った。

 何かがあたしの周りで起きている。

 いや、違う。


 あたしに何かが起きているのだ。


「え……や……っ!?」


 ずるりと、手足に重い蛇が絡みついたかのように、じわりと身動きが封じられたことにあたしは気づいた。

 封じられた、そうとしか言い様の無い感覚だった。

 それは音を立てずにやがて喉元まで這い上がり、あたしの呼吸を止めようと、今度は首筋に絡みついた。

 だがあたしは抗った。いやだ。


 文字通り全身を押しつぶそうとする恐怖の中、体の奥底にきらめく自分自身を見失わないように意思を燃やす。

 嫌だ、離せ、縛るな!

 誰もあたしを拘束するな、誰もあたしの自由を奪うな。


「──……触るなッ……!」


 あたしは、あたしは深沢透だ!


 出ない声を懸命に搾り出してそう絶叫し、あたしは見えない拘束を破って駆け出した。




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