雨の日のこと。
天気予報が嘘をついた。
どしゃ降りの雨を見ながら、そう思った。
朝の天気予報では、一日中晴れだといってた。
夕方までは、確かに晴れだった。
でも、六時過ぎると途端に雲が出てきてすごい勢いで雨が降ってきた。
普段なら、六時過ぎまで学校にいることはない。
だが、今日に限って委員会があった。
相方は、休み。頼まれた仕事をやっていたら遅くなり、そして外に出るとどしゃ降り。
…最悪。
今日に限ってなぜこうも嫌なことが重なるかなぁ。
空を睨み付けてみた。
意味、無いけどさ。
なかなかやみそうにない雨。
一人暮らしのため、迎えに来てと頼める家族もいない。
あーあ、濡れて帰るしかないか。
覚悟を決めて、持っていたタオルを頭にのせて走り出そうとした。
「なにしてんの?」
が、後ろからかけられた声により出来なかった。
渋々、後ろを向くと笑いを堪えているような変な顔をした男子がいた。
「ぶはっ!なにその格好。ウケるんですけど!」
「わ、悪かったわねっ!傘がないからしょうがないでしょ!」
目があった瞬間、笑い始めた男子に怒鳴る。
あぅ…。恥ずかしい…。
きっと、今の私は顔が真っ赤なのだろう。
「あははっ。このどしゃ降りの中、傘をささずに帰るとか自殺行為でしょ。風邪引きてぇの?」
「しょ、しょうがないでしょ。傘持ってきてないし、私一人暮らしだから迎えに来てもらえないし…。」
彼の言葉に弱々しく反論する私。
私だって、こんなどしゃ降りの中傘をささずに帰りたくないわよ…。
はぁ…とため息をつく。
「ふぅーん。……傘、貸してやろうか?」
「……………え?」
目の前にいる彼は、今なんといった?
「だーかーら、傘貸してやろうかって。」
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
思わず、叫んでしまった。
彼は、不機嫌そうにでも少し赤い顔で私を見つめている。
そりゃ、貸してくれるのはありがたい。
すでに六時過ぎているし、雨が降っているからほとんど生徒はいない。
貸してもらえるとしたら、彼ぐらいだろう。
けれど!だけど!
ライバルと言える関係。
いつも、話せば言い合いになる確率が高い。
いきなり、そんなこと言われても素直に頷けるわけが…。
「な、なにか、裏がありそうね…。」
「ねぇよ!あー、その、なんだ。お前に休まれると色々困るから。し、仕方なく傘貸してやるよ。」
「え…あ、ありがと。」
差し出された傘をおずおずと受け取る。
あぁ…、顔があつい。きっと、真っ赤だ。不意打ちの優しさなんて卑怯だ。不覚にも、ドキドキしてる。
「あ、そういえばあんたは傘あるの?」
「あるわけねぇだろ。二本も持ってねぇよ、普通。」
「え、じゃあ…。」
「濡れて帰るけどそれが?」
キョトンとした顔で見つめてくるあいつ。
いやいや、私に傘を貸したために濡れて帰るなんて申し訳ない。
「一緒に帰ろ!」
「は!?」
「そうすれば、お互い濡れずにすむでしょ?」
「え、いや、でも…。」
彼は、ほんのりと赤く染まった頬を誤魔化すかのようにパタパタとあおぎながら視線を泳がす。
私は、不思議そうにそれを見つめていたがはたと気づいた。
一緒に帰ると言うことは、一緒の傘にはいるということ。
密着する。距離が近い。
結論、恥ずかしい。
ライバル的な存在のやつでも、男は男だ。くっつけば、ドキドキするし緊張もする。
ど、どうしよう…。
わたわたと慌てる。チラリと彼を見ると、手で口を覆い隠し明後日の方向を見つめていた。
「わ、私に傘を貸したために翌日風邪を引いて休むなんてことになったらいけないなって思っただけなんだから!!本当はあんたと、あ、相合い傘なんて嫌だけど!貸してもらった恩があるから。そ、それだけなんだから!」
「わ、分かってるよ!あー、お前って本当に可愛くない奴だよな。まったく、珍しく優しくしてやろうと思った俺がバカだったぜ。」
額に手を当てて、ため息をついている彼の姿を見て少し胸が痛む。
同時に落ち込む。
あーあ、何であんなこと言っちゃうかなぁ…。
「ま、早く帰ろうぜ。ほら、傘貸せよ。」
「え?あ、うん。」
彼は、何もなかったような表情で私から傘を受けとるとさす。
そして、傘を少し左に傾けると私に向かって手招きをした。
私はおとなしく、彼の左側に並ぶ。
そして、無言で歩き始めた。
傘は大きい方だけど、二人並べばやはり狭い。
濡れないように身を寄せあうけど触れないように。
少しでも触れたら慌てて離れる。
私、少し変だ。
前は、触れたぐらいでドキドキしなかった。
こんなに近くにいても、緊張なんてしなかった。
相合い傘なんかしているから?
きっと、そうだ。
そうにちがいない。
私の家につくまで、終始無言だった。
住んでいる、アパートの前につくと向き合って顔を見ずにお礼を言う。
彼は、あぁ。といって帰ろうとする。
少し、顔をあげると彼の右の肩が濡れていた。
私が濡れないようにするために傘を傾けていたから…?
私は、とっさに呼び止めて鞄からタオルを取りだし差し出す。
「これ、使って。」
「は?なんで?」
「だって、右肩濡れてるもん。」
「え?…あぁ、ほんとだ。」
「だから、使って。…それじゃ!」
「え、あぁ、ありがと。それじゃ、また明日!」
タオルを押し付けると、回れ右をして走って自分の部屋がある二階にいくための階段を駆けのぼる。
一度も振り返らずに、急いで鍵を鞄から出してドアの鍵を開け、入る。
あぁ、あぁ、やっぱり変だ。
顔が、あつい。
これは、私にとってライバル的な存在の彼が少し気になる奴になった瞬間のことだった。