雨上がり
「あの人誰だと思う?」
ヒカリは言った。
僕は彼女の視線の先に、洋服店のショーウインドーを見た。僕は
「どこ?」
としか言えなかった。
灰色の空から、霧のように細かい雨が降り続いている。
「前から思ってたんだけど、ヒカリの言うその“人”って……幽霊?」
「いやだ、そんなこと言わないでよっ! ……ユウイチは本当に見えないの?」
僕はヒカリから、その“人”のことについて聞いたりもしていた。
でも、全身茶色のロングコートに帽子の男なんて……。
ヒカリはきっと、特別な力を持っているんだろうと僕は思っていた。
「ユウイチが変なこと言うから、あの人のことが気になっちゃうじゃん」
「……よしっ、じゃあ少し見張ってみようぜ」
バス停の屋根の下、僕たちはその“人”をのんびり眺めていた。僕には見えないけど……、ヒカリと同じところを眺めてるんだっ。
きっと僕も、その“人”を眺めているのだろう。
雨がやんだのに気付いたのは僕だった。
「雨やんだね」
とか、ぽつりとつぶやいてみたけど、ヒカリには聞こえてないみたいだ。
僕はちょっぴり不満気。
仕方ないからだんだん青くなっていく空を見上げた。
「あっ、虹だ」
僕は発見の感動むなしくぽつりと言った。
「あっ、ほんとだ!」
ヒカリは意外にも、虹には反応してくれた。
「ああーっ!! あの人いなくなってる!」
「あらら、残念」
「ユウイチのせいだよ〜! ばか〜!」
ヒカリは雨の日が大好きだった。理由は分からないが、なぜかいつもルンルンなんだ。
僕はそんなヒカリが好きだった。だから、だんだん雨の日が好きになっていったんだ。
今日は久しぶりの待望の雨の日。僕はヒカリといつもの道を歩いていた。
「あっ、またいた!」
ヒカリは例の“人”を発見した。
それは、僕もだった。
「……全身茶色のロングコートに帽子……っ!!」
「ユウイチ見えるの?」
僕たちは固まった。
僕とヒカリは寄りそい合うしかなかった。
その“人”がこちらに近づいて来たのだ。
「う、うそだろ!?」
からだは二人とも動かない。もう駄目だ!!
二人は目をつぶった。
が、再び目を開けたときには何も起きていなかった。
雨はやんで、空には大きな虹ができていた。
晴れた日が続き、僕とヒカリはほっとしていたが、少しがっかりもしていた。
そんなある日、雨の訪れがあった。
僕たち二人は、いつもの道を歩いていた。そろそろ例の場所である。
「ユウイチ……」
ヒカリが僕の目を見た。
「……遠回りするか?」
ヒカリは少し考えて、首をたてに振った。
無事、何事もなく時間が過ぎていくように思えた。
「ストップ」
「……どうしたの? ユウイチ?」
僕はミラーに指さした。
「あいつが……」
ヒカリは目を覆った。
僕たちはまた動かなくなった。
その“人”はミラーの中で、こちらに振り向いた。一歩一歩近づいて来る。
「ヒカリ、目つぶってろ」
「うん……」
僕はミラーをじっと監視した。奴はとうとうミラーから姿を消し、僕たちの目の前に実体を現した。
駄目だ、ここで目をつぶったらヒカリはどうなる?
考えろ、あいつが僕たちにしようとしていることを!
ふと、雨がやんだ。
その“人”は立ち止まった。
日光が雲のすき間を直進する。
僕はほっとした。
なるほど、こいつは雨が上がると消えるんだ!!
からだ中の冷や汗がひいた、その時だった。
「えっ、ちがうっ!?」
その“人”は再びこちらに向かって歩き始めた。
もう間隔はニメートルほどしかない。
「……くそっ!!」
僕は目をつぶりかけたがとどまった。
奴の顔を見て、恐怖が消えたのだ。
僕は虹を見たんだ。
「ヒカリ、目を開けて空を見てみろよ」
僕は彼女を促した。
「……あっ、虹だ」
「そう、あれがアイツの正体さ」
ヒカリは少し微笑んだ。
僕は嬉しかった。
「アイツからのメッセージ聞きたい?」
ヒカリはゆっくりと頷いた。僕は笑った。
「……ヒカリのバストはなんぼですかって」
「ユウイチのばかっ!スケベっ!」
「……冗談だよ、冗談」
「もう知らな〜いっ」
「っおい、待てよーっ!」
雨上がりの青空は、たまらなく新鮮だった。