第二十一話 改心
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「らぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
鋭い踏み込みから自身の武器を全力で振るう。どちらもエンチャントが切れている状態での戦い、だが全くの一進一退の攻防。お互いの力はほぼ互角。
「≪紅葉流派 反撃の構え≫」
攻撃を避け、相手の武器に自らの刀を打ち当てて上に反らして、その隙に胴体を切りつける。という、謂わばカウンターである。だがこの構えが外れれば大きな隙ができる、そこに防御ができない状態で攻撃されれば一溜りもない。だからこれは相手が攻撃をしてきて、尚且つその攻撃を避ければ大きな隙が生じるものであれば、もはやこの構えの格好の的である。
「くっ!」
短剣を上に反らされ、大きな隙が生じたが、無理矢理身体を捻って刀を避ける。が、完全には避けきれなかったので腹に浅い傷を負ってしまった。俺はそこに素早く反応し、再び刀を振るう。
しかし、それはシーフも予想していたのか短剣を何とか上手く使って防御する。だが、防御には成功したものの、それ以上体勢を変えられることが出来ずに地面に身体を打ち付けてしまう。鈍い痛みが当たった所を中心に走るが、これぐらいで怯むわけには行かない。俺は追撃を開始した。
地面に仰向けに倒れている状態のシーフに情け容赦無く刀を振るった。まずは胸、斜めに軌道を調整された刀はズバッと勢い良く、シーフの薄く黒っぽい服を切り裂き、その刃は胸にまで届いた。
「ぐっ・・・・・・! クソっ!」
切られる痛みに一瞬苦痛の表情をしたが、またもや切り掛ろうとしている俺を直ぐ様認識して、手に持った短剣を振るって軌道をずらして難を逃れた。だが安心している時間はない、今は早急に体勢を立て直さなければ危険だ。
そう考えたシーフは、刀の起動をずらされて前へ倒れ込む俺の足元に向かって前転をした。俺の股をくぐり抜けて素早く立ち上がった。その姿は野生の獣を連想させた。俺も同じくそのまま流れに身を任せて前転をし、体勢を立て直して立ち上がった。
・・・・・・。しばらく辺りを沈黙が支配する。俺とシーフは互いを睨み合い、攻撃の機会を待った。そしてその数秒後、シーフが先程切られた胸に痛みを感じ、苦痛に顔をしかめながら一瞬、ほんの一瞬自らの切り口から出血している胸をチラ見した。
だが、ここは見逃さない。いや、父さんにどんな一瞬の隙でも見逃さないように毎日のように稽古をつけられていたからだろう、俺がその一瞬に反応できたのは。案外俺って、中々に化け物じみてるな。普通の人間にゃ出来ないことをいとも簡単にこなす、紅葉流派継承者の人間ってのはみ~んなこうなのかね?
そんな事を頭の隅っこで想像してみる。だが身体は既に攻撃のモーションに入っている状態だ、そしてシーフは隙を突かれて若干だが反応が遅れた。よし、これは好都合だ、攻撃が成功する確率が上がった。
「せいっ!」
振りかぶった刀を一気に下へ振り下ろす。それとほぼ同時に甲高い金属音が鳴り響いた、そして今度は鋭く尖った金属が宙を舞い、地面に落ちる。
「なっ!?」
シーフが驚きの声を上げる、驚くのも無理はない、何故なら俺は切ったものはーー
「僕の短剣が・・・・・・両断された・・・・・・?」
ーーシーフの持つ短剣だったからだ。武器を両断されたシーフは理解ができない、と言った表情でその場に立ち尽くした。そして口を開いて、俺に向かい問答をした。
「・・・・・・これは情けのつもりなのか? 僕は君にとって戦う価値もないと? そう言いたいのかい?」
俺はその言葉を聞き、鼻で笑った。どうやらコイツは戦いに夢中で他の事に気がついていないようだな、なら、俺が分からせてやろう。
「フッ、情け? 戦う価値もない? どっちも違うな。俺はただ早めに代わりの決着を着けただけだ、さっさと終わらせねぇと引き分けになっちまうからな・・・・・・」
「・・・・・・一体何を言って・・・・・・ああ、そういう事か。気がつかなかったよ、あまりにも夢中になりすぎてた。普通は分かることだったんだけどね」
そう言って、名残惜しそうに半分のみとなった短剣を地面に投げ捨てて両手を挙げるジェスチャーをし、その言葉を言い放った。
「タイムアップ。降参する、僕の負けだ」
その直後、試合のタイムアップを告げる音が甲高く会場内に響いた。長かったようで短かった、そう思わせる戦いが遂に中途半端な結果で終わりを迎えてしまった。今度会う時、その時はもう一度真剣勝負を申込みたいところだ。
会場は前回とは異なり、より大きな拍手や歓声で包まれる。判定の結果はシーフの降参により、俺達の勝ちとなった。もちろん、拍手や歓声が一際大きいのは決着が着いただけではなく、今日のこの試合で予選が終了とななったからだろう、それに明日には準決勝・決勝が予定されている。なので、恐らく試合の決着と予選の終了により一際拍手喝采が大きいのだろう。
俺はふと、ステータスを開いてみる。午後七時、もう日は暮れて夕食時だ。・・・・・・何だか、それが分かると無性に腹が減ってきたな。後で何か食べるか・・・・・・。
ふぅ、と溜め息を一つ吐き、刀を鞘にスッと収める、すると途端にどっと疲れが押し寄せてきた、多分ロクに休んでいないから今まで溜まっていた疲れが押し寄せてきたのだろう。今日は明日に備えて早めに寝るとするかな・・・・・・。
白衣のシワを整え、肩をぐるぐると回していると。不意に、英介の事を思い出した。先程回復はしておいたので心配は要らないだろう、でも俺は念の為に、と想いフィールドを見渡した。すると、二つの物体が視界に入った、それは壁に寄り掛かって居る英介と魔法使いだった。
だるい足を動かして英介の元に向かう、その後ろにはシーフも着いてきた。足を動かし続け、英介の元にたどり着くと、思い切り両頬を引っ張ってやった。
「ふぁ、ふぁんだぁ!?」
突然の激痛により飛び起きた英介が面白い発音で喋る、だが俺は別に爆笑するでもなく、グイグイと両頬を引っ張り続ける。
「何だじゃねぇよ、何時の間にやられてるんだよ。もうちょい耐えろよ、こっちは大変だったんだからな」
「あひゃむぁるきゃらふぁにゃしちぇ~!」
謝るから話してー! と言いたかったのだろう、恐らく。仕方なく両頬から手を離してやると、英介は直ぐに真っ赤になった自分の頬を摩る。余程痛かったのだろう、少し涙目ながらにこちらに訴えかけてくる。
「うう、もう少しマシな起こし方は無かったの・・・・・・?」
「無い」
「酷い! 悪魔! 鬼! バカやろう! ・・・・・・あ、ごめんなさいすみません許してくださいもう言いません!!」
何喰わぬ顔で即答すると、何故か罵声を浴びせられたので復讐の意味を込めて掌に火球を作ってニヤリと口の端を釣り上げて薄く笑う。
「燃やすぞ?」
「マジでスンマセンしたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
するとお得意のジャンピング土下座で俺に頭を下げた、動きといい、フォルムといい、完璧な土下座だ。まぁ、今日のところは許してやろう。今日は機嫌が良いからな。今日はな。
「まったく、賑やかだね。君達は。もう少し落ち着いたらどうだい?」
不意に後ろから男の声が掛かる。振り向いてみるとそこにはシーフが立っていた。ファサッ、と髪をかきあげるシーフ、その姿は如何にもな感じのナルシストのようだ。コイツ貴族か何かじゃないのか? 何というか・・・・・・まぁ、そんな感じがうっすらとする。これは予感だが。
お前の所為だ、と言わんばかりに俺は英介を睨みつける。そのとき、シーフの後ろから何かがひょっこりと顔を出した、あのヤンデレ魔法使いだ。だが、何故だかその顔は申し訳なさそうに苦笑いをしている。しばらくじっと見ていると、魔法使いが口を開いた。
「え、えっと・・・・・・そのぅ・・・・・・ごめん」
「「はい?」」
丁度タイミング良く英介と言葉が重なる。そりゃあ、唐突に謝られたら誰だってこんな反応をするはずだ。俺達も例外じゃない。俺達二人揃ってポカンとしていると、再び魔法使いが口を開く。
「あ、あの時はキー君がケガしそうになって・・・・・・それで気が動転しちゃって、あの時はどうかしちゃってたんだろうね。でも普段はあんな事しないんだ、自分が言うのもなんだけどね」
「・・・・・・それで、僕らを殺すつもりで攻撃した事を謝りに来たってわけだね?」
英介が静かに口を開く。それに少しビクッとなりながらもコクリと一度頷く魔法使い、シーフはそれを見守っている。
「・・・・・・何だ、そんな事だったのか。いいよ、僕らは気にしてないし。それにヤンデレっ娘は守備範囲だ! なぁ誠?」
グッと親指を立てながら俺に同意を求める英介、俺はそれに対し一つ賛成、一つを訂正した。
「ああ、そうだな。ヤンデレっ娘は俺の守備範囲じゃないけどな」
「誠はシスコンだもんね」
その直後、英介の顎に俺のアッパーが唸りを上げてクリーンヒットする。ガスッととても良い音がした。もう少し強めた方が良かったか? と、俺は地面に倒れていく英介を見ながらそう思っていた。
「で、まぁそういうことだ。気にすんな。んじゃな、ラブラブカップルさんよ」
顎を抱えて悶えている英介を他所に、俺は別れを告げて歩きだした。何歩か歩いたとき、後ろでシーフが俺に向かって声を張り上げる。
「次会うときは決着を着けよう! それまで誰にもやられないことだ!」
それを聞いた瞬間、自然と口の端を釣り上げてニヤリと笑みを浮かべているのが自分でも分かった。何処の漫画のライバルだよ、と思わせるようなセリフだ。だけど、一人くらいはそんな奴も居たほうが良いかもしれないな、ライバル的な存在ってやつがな。
ピタリと足を止め、くるりと振り向く。まだ英介が顎に両手を当てて転がっていた。俺はシーフを見る、あっちも同じように俺を見る。そしてお互いの視線が合ったとき、俺達はニヤリと笑い。言葉を口にする。
「それは俺のセリフだろ?」
「警告さ。僕が君に会ったときに既に倒されてました、なんて事になりたくは無いだろう?」
「それも俺のセリフだ」
「・・・・・・まぁ、お互い負けることは許されない。気を付けることだね」
「そいつも俺のセリフだ」
「・・・・・・君、さっきから同じことしか言ってないけど、それは僕をからかっているのかい?」
「・・・・・・」
「図星かよ!」
漫才でもしているかのようになってきた、そろそろこの辺でやめておくか。俺は一つため息を吐き、シーフに目線を合わせてから言葉を紡いだ。
「じゃ、次に合う時まで負けんなよ」
「君もね。それじゃ」
俺達は同時に背を向けて歩きだした。けれど英介は未だに悶えていた。シーフと魔法使いと別れた俺は疲れを癒すために、エーリと合流してから何か食べる事にした。今日は夕食を食べてから直ぐに寝よう、疲れが溜まっていてかなり身体が重いしだるい。
コキコキと首を鳴らしながら俺は一先ず控え室に行って武器を置いてくることにした、英介をフィールドに一人残して・・・・・・。
余談だが、その後英介が置いて行かれた事に気が付き、全力で追ってきた。後で公衆の面前でジャンピング土下座をしたので、仕方なく許し。合流したエーリと三人で近くのレストランに向かった。
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