第二十話 紅葉流派
この状況を逆転する策を編み出した俺は、まず最初に攻撃されないように動きを止める事にした。バックステップで一旦少し距離を取る、やらないよりはマシだ。もちろん、シーフが妙な事をさせる前に仕留める気で駆けてくる、その駆けている時にとある魔法を掛ける。唱えるのが少しでも遅ければ短剣の餌食だ、魔法名だけの詠唱だが、噛んでしまったり、間違えた時点でシーフの攻撃は確定する。
シーフが動き出した、その瞬間に俺は口を開いて魔法名の詠唱を始めた。噛まないように、突っかからないようにしながら、猛スピードで迫るシーフに攻撃される前に、俺は必死に言葉を走らせた。
「≪エンチャントキャンセル≫」
その魔法を唱えた瞬間、ガクン、とシーフの走る速度が減少した。一瞬、ポカンと何が起こったのか分からない様子の顔をしたが、直ぐに怒りの表情が戻り、一撃を入れようと躍起になって走り続ける。
人間とは自動車と同じで直ぐには止まれないのである、そう、俺が既に片手にあった魔銃をホルスターにしまって拳を構えている事に気が付いていたって、止まれない。
「っ! くそぉ!」
今更足を止めようとしてももう遅い、遅すぎる、既にお前は俺の拳の射程距離範囲内だ! 俺は拳に力を込め、一度引いてから、全力で拳を唸らせてシーフの腹に叩き込んだ。
「おらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「がっはぁ・・・・・・!?」
少し捻りを加えた拳が無防備な腹にめり込む。かなりスピードが出ている所に渾身の拳を叩きつける、スピードで威力が上がっているため、少なからず胃に悪影響を及ぼすだろう。
そのまま更に力を込めて吹き飛ばす、すると半円を描いて宙を飛び、硬い地表の上を二~三回バウンドして何回転か転がった後に漸くその動きを止めた。
「ぐっ・・・・・・貴様・・・・・・一体何をした・・・・・・ごふっ!」
鮮やかな赤の血が口から吐き出される。声は途切れ途切れに掠れて弱々しくなっており、腹から伝わる激痛により上半身を起こせない。手放した短剣がクルクルと回転しながら地面に突き刺さる。
「なに、簡単な事だ。お前に掛かっている全ての補助魔法を一時的に解除させてもらったまでだ、魔法の効力が消えるまで後・・・・・・約十分ってところか。それまでにお前を気絶させてやるとしますかねぇ、短剣もそこに刺さってるし、そんな状態じゃ引き抜くコトだって適わないだろ?」
刀をヒュンッと一振りして、その刀身を鞘に収める。その動作を終えると、俺は勝負を終わらせるためにゆっくりと一歩ずつ、片手に魔銃を握りながら足を進めた。
お互いの距離が一メートル程になった時だった、急にシーフがケラケラと乾いた声で笑い出す。
「あっははははは・・・・・・」
「・・・・・・何が可笑しい?」
何やら様子が可笑しいため、ピタリと足を止める。口を開いて笑う様は何処か不気味さを感じさせる、明らかに普通ではない、そう・・・・・・まるで異質だ。
「っははははは、もう終わりか。ミントに補助魔法を掛けてもらったって言うのに・・・・・・相手が悪かったね。でも・・・・・・これじゃミントに怒られちゃうなぁ・・・・・・よし、決めた」
一人でブツブツ独り言を呟くシーフについて行けなかった、ただ俺は理解できない、といった顔をするだけだった。
「何を言っているんだ・・・・・・?」
その問いに腹を抱えながらヨロヨロとして立ち上がったシーフが答える、未だに口からは血が溢れ出ている、なのに何故立ち上がれる? まだ痛みが完全には消えていないはず・・・・・・それもかなり激痛のだ、胃も傷ついていることだろう。
「決めたんだよ。君、いやキミ達をーー」
そして、ハッキリと宣言した。
「ーー僕の全力を持って血祭りに上げてやるってなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
先程のことなど無かったかのように、全力で駆け出す。そして少しカーブし、突き刺さった短剣を地面から素早く抜き去り、怒声を上げながら短剣を振り上げて俺に突っ込んでくる。
魔銃を瞬時にホルスターにしまい、刀の鞘の部分を掴み、もう片方の手で柄の部位に手を添える。少し腰を低くし、態勢を整え、迫り来るシーフを目に捉える、その動作を見逃さぬように。
ーーいいか? 刀ってもんはただ斬るんじゃねぇ、美しく斬るんだーー
脳内に懐かしい声が再生される。一つ一つ、その言葉を思い出していく。
ーーまぁ見てろ。これが最初で最後の教えだ、岸辺家に代々伝わる流派をな・・・・・・ーー
「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
振り上げられた短剣、俺はその瞬間と同時に一気に鞘を押さえる力を込め、柄を思い切り握って鞘の中に潜む刀身を抜き出した。
「≪紅葉流派・居合切りの構え≫」
岸辺家に代々伝わってきたこの流派、父さんが死ぬ前にその全てを受け継いだ。父さんは言った、無闇矢鱈にこの流派を使うんじゃない。何故か? それは、紅葉流派と言うのは元々は紅葉した木の下で生まれたのが始まりと言われ、その流派の構え一つ一つが美しすぎたため、美しい物は何度も見るとやがてその美しさが薄れていく。という理由で生まれてからたった三年で姿を消したと言われている、だが途絶えたという意味ではなく影に隠れた、と言った方が正しいだろう。
そして決して継承者を途絶えさせることなく現代の俺まで生き続けてきた、そしてまた俺から次の継承者へと伝えられていく、影の中でひっそりと。何時までも、美しい流派で在るために。
「ぜぁ!!」
全力で地面を蹴った俺は、刀を振り抜きながらシーフを通り抜けた。そしてカチン、と刀を鞘に収める。それが終わったとたん、シーフの身体中に傷が一瞬にして出来上がり真っ赤な血が吹き出した。
「ここで! ここで終わって溜まるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
フラついて倒れそうになるも必死に足を使い踏み止まる、そして態勢を立て直し、後ろに回った俺を向くと同時に鋭い眼光で俺を睨み、またもや特攻を始めた。
俺は短く深呼吸をして心を落ち着かせる。今からやる構えは少しでも気分が落ち着いていないと刃の軌道が狂う繊細な物だ、それゆえにその構えを使う際にはこうしてどんな状況でも深呼吸をするのだ。
深呼吸が終わり、心が落ち着いたのを確認し、ゆっくりと鞘に片手を添える。もう少し、もう少しで刀の範囲内だ、それまでその構えを崩すな。そしてシーフが範囲内に入った瞬間先程の構え≪居合切り≫と同じように一気に刀を振り抜き、舞うように振り続ける。まるで踊るかの様に振り続ける、美しく無ければ紅葉流派では無くなってしまう、“紅葉流派を使う時は常に美しく在れ”それが岸辺家に代々受け継がれてきた言葉だ。
「≪紅葉流派 桜の構え≫」
「がっはぁ・・・・・・!?」
身体を仰け反らせ、新しい傷口から血を吹き出しながら吹き飛んでいった。だが、吹き飛んでもなお短剣を離さない。ドサッと硬い地面にその身を落とす。何故短剣を離さなかったのか? それは腕が硬直して離せなかっただけかもしれない、でもーー
「ぐ・・・・・・おお・・・・・・っがぁ!」
ーーこうして短剣を地面に突き刺して杖代わりにして、立つために離さなかったらしい。シブトイ奴だ、弱めにやったから傷が浅かったのか? 一応ここで殺しは禁止されてるから、気絶させるのが決まりなんだけど・・・・・・あんまりやりすぎると死なせる可能性があるな。どうするべきなのか・・・・・・ここまま気絶させてもきっと後で俺を殺しに来るだろう、なら、今の内に解決しておきましょうかね?
「はぁ・・・・・・しょうがねぇか≪オールヒール≫」
自分が指定した数名に状態異常回復、HP全快の効果が有る魔法だ。欠点はMPの消費が多いことかな? まぁ、白衣の御陰で消費を抑えられてるから良いんだけどさ。
天井に向かい人差し指を指すと、人差し指から淡いグリーンの光が溢れ、水の上に水滴が落ちたかのように波紋となって淡いグリーンの光は拡散していった。そしてその光が英介、魔法使い、シーフ、俺の頭上に降り、グリーンの丸い球体が身体を蜷局を巻くかのように回り、完全に身体を包み一瞬更に淡く光りだし、それが収まった時には俺達はMP以外の全てのステータスを回復していた。
「? 貴様・・・・・・情けを掛けたつもりか?」
「情け? ンなもん知らねぇよ。つまりここで決着着けるって言ってんだよ、後でお前が何かしてきたら鬱陶しいからよ。それに・・・・・・怪我人は放って置くのは、俺は出来ないタチでね」
それを聞き、ふっ、とシーフが笑う。その眼からは今までの殺気は嘘の様に消え去っていた。
「ルールは正々堂々と魔法・スキルの禁止だ。補助魔法もな、と言っても既に俺とアンタは効果が切れてるだろうがな。んで、倒れるまで続けるぞ。片膝を付いた状態はセーフ、吹っ飛ばされて倒れた場合は五秒、五秒経っても立たない場合は吹っ飛ばされた方の負けだ。小細工は一切無し、自身の武器と力量のみで決着を着ける、アンタもそれで満足だろう?」
「ああ。実に簡単なルールだ、シンプル・イズ・ベスト、とはまさにこのことだろう」
「逆にルールがややこしくても、それはただ単にめんどくさいだけだ。こういう時は簡単でシンプルなルールが一番って相場が決まってるもんなんだよ」
片手で刀の鞘をゆっくりと撫でながら俺は言う。シーフは英介と魔法使いをしばらく見つめ、何か思い出を語るかのような物腰でその口を開いた。
「お前の相棒、ミントの補助魔法が無ければ俺が負けていた。アンタに比べれば大分マシだったけどな。でも・・・・・・一回本気で殺りあってみれば俺は確実に負けるだろう、俺は魔法が使えない落ちこぼれだ。必死に習得したスキルも戦闘には向かないモノばかり、だが剣の才能が無ければ俺はこんな所には来られなかった。・・・・・・俺はミントが羨ましかった、魔法を使える人間が」
俺は無言でその話に耳を傾けた。いや、傾けざるを得なかった、何故なら無意識の内に身体がそうしていたからだ。だが、いや、という訳でも無かった。
「初めて彼女の魔法を見たときには、他の人間が使っていた魔法よりも何倍も輝いて見えた。でも彼女と居るうちに、だんだんと他の人間の魔法さえも輝いて見えるようになってきた。これは彼女、ミントが魔法について毎日のように説明してくれていたからだ、じゃなきゃ今でもミント以外の人間が魔法を使える事に憎悪を抱いていただろうね。だけど、それも今日で本当に終わりだ・・・・・・」
ゆっくりと、握り締めた短剣を徐々に上に上げていく。そして短剣は真っ直ぐに天井を差し、その切っ先が天井のライトの光で光り輝いた時、彼は、シーフは高らかにこう宣言した。その時の眼は怒り狂っていた時とはまるで違う、そう、濁っていた水が透き通るように綺麗な水になったかのように彼の眼は光り輝いていた。
「さぁ! 悔いのないように決着を着けよう! 正々堂々と、自らの業のみで!」
その宣言が終わりと同時に俺達はほぼ同時に地を蹴り、剣を交えた。
矛盾、誤字脱字などがありましたら報告よろしくです。